6「家出の理由はお見合いです」①
ジャスパー・グレンはすぐに見つかった。
王都から出てダンジョンに向かう街道でモンスターに追われて馬を走らせている人間を助けたら、ジャスパー本人だったのだ。
ジャスパーは、ウルと同世代の少年だった。少し癖のある亜麻色の髪を耳まで伸ばした、小柄で線の細い少年だった。
彼は、ウルと恍惚を浮かべるギュンターを見た瞬間、ぎょっとした顔をして馬を走らせて逃げていく。
「モンスターから助けてやったのに、無礼な奴だな。――炎連弾」
地面に降りたウルは、礼も言わず逃げ出した少年に向けて魔法を容赦無く放った。
もちろん、当てるつもりはないが、逃すつもりもない。
火炎弾は馬の鼻先をかすめ、地面を爆発させた。
「うわぁああああああああああああああああああああっ」
爆風と土埃に馬が転び、ジャスパーが放り出され地面を転がった。
未だ足に頬擦りしているギュンターを蹴り飛ばし、ウルは立ち上がって逃げ出そうとする少年に向かって走ると、思い切り飛び蹴りを食らわせた。
「ぐべっ」
身体強化などはしていないが、それなりの強さの蹴りを食らったジャスパーは、再び地面に顔を突っ込むことになった。
逃げ出さないように背中を踏みつけると、うん、と頷きウルは満足そうにした。
「よし、確保」
「ま、待ってくれ! 頼む! 僕の話をきいてほしい!」
「嫌だ」
「即答しないでくれ! 僕たちは話し合えるはずだ、そうだろう?」
「わざわざ迎えにきてやったのに逃げ出すような奴と話をするつもりはないんだけど」
「頼む。後生だから、僕を逃してくれ」
うっ、うっ、と泣き出したジャスパーにウルは「はぁぁぁぁぁ」とため息を吐いてから、面倒臭そうに尋ねた。
「で、どうして良い年した侯爵家のお坊ちゃんが家出なんてしたの?」
「それは」
「別にあんたに興味はないけど、お父様にその辺聞くの忘れていたのよね。じゃ、簡潔に家出の理由を言って?」
「――見合いが嫌だった」
「は?」
ジャスパーの返答に、ウルは思わず彼の背に乗せている足に力を入れてしまった。
「ぐえぇ」
潰れたカエルのような声を出すジャスパーだが、ウルは足にどんどん力を入れていく。
「いいなぁ」
少し離れた場所で変態がジャスパーを羨ましそうな顔で見ているのは無視する。
「まさか、そんなくだらない理由で、宮廷魔法使いたる私をここまで飛んでこさせたのね。あー、はいはい、なるほど。――歯を食いしばれ!」
「ひぃっ、もう散々蹴ったりしているのに、まだ殴るつもりなのか! この野蛮人め!」
「うるさい! いくら暇でも、ガキのわがままに付き合うなら魔法の訓練をひとりでしていたほうがマシじゃない!」
いくら父親から頼まれたとはいえ、お見合いが嫌で逃げ出した子供の回収などごめんだった。
とはいえ、ウルも何度もお見合いを逃げ出す常習犯なのだが、それを指摘する人間はここにはいない。
「待ちたまえ、ウルリーケ。ジャスパーにも理由があってこんなことをしたんだと思う。まず、話を聞いてみないかい?」
白いスーツから砂埃を払いながら、ギュンターがそんなことを言う。
ウルは不満そうに顔を歪めた。
「えー、とりあえずぶん殴って気絶させて王都に連れ戻せばいいじゃない」
「だが、ここまでしているのだから、なにか理由があるに違いない。あとで、彼が不幸になったのを知って後悔しても遅いだろう?」
「私はこいつが不幸になってもなにも気にしないけど」
「……君のそういうドライなところは愛しく思うが、話くらい聞いてあげようじゃないか。男が泣くほどお見合いが嫌だというのなら、相応の理由があるのだろうさ」
「ま、いいけど。じゃ、手早くしてね」
ウルが許可したので、ギュンターはジャスパーの傍に立つと笑顔を浮かべた。
「やあ、ジャスパー」
「……ギュンター・イグナーツか、お前も僕を地獄に連れ戻しにきたんだな」
「僕は付き添いさ。しかし、地獄とは穏やかじゃないね。ウル、君も気になるだろう?」
物騒な単語がジャスパーの口から出てきたので、ギュンターはウルと顔を見合わせようとしたのだが、彼女はそもそもギュンターを視界にさえ入れておらず、空を眺めていた。
「あー、お腹減った」
「あ、だめだ。まるで興味を持ってない。だが、それがウルらしくていいっ!」
「おい! ウルリーケ・ウォーカー! 僕がこんなにも悲痛な叫びで訴えているんだから、ちょっとくらい話を聞いてよ!」
「はぁぁ。面倒な奴だな。話したいならさっさと話せ。ただし、つまらなかったら引っ叩くからな」
もう王都に戻りたいウルが、ジャスパーを睨む。
だが、彼はウルに臆することなく、口を開いた。
「――僕のお見合い相手は、四十を過ぎたおばさんなんだ」
沈黙が訪れた。
ウルはしらけた顔をし、ギュンターは驚いているようで目を見開いている。
確かに十六歳の少年が四十過ぎの女性とお見合いするのはおかしいかもしれない。だが、貴族の見合いなんてしがらみなどいろいろある。
とくに他人の見合い事情など興味がなかったウルは、容赦なかった。
「よし、撤収!」
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