2「ウルはお転婆だったようです」②
十歳になったウルは、よりお転婆な少女に成長していると同時に、独学で魔法と体術を覚えてそれなりの実力を身につけていた。
また、希少なアイテムボックスというスキルを持っていることが判明したことから、幼いウルに冒険者のスカウトが来ることもあった。
無論、ジョナサンが幼い娘に冒険などさせるはずもなく、スカウトにきた冒険者たちを魔法で追い払っていた。
ウルは退屈だった。
才能を認めてくれている両親が家庭教師をつけてくれたが、はっきり言って学ぶことなどなにもなかった。
座学中心で、すでに知っている知識を、まるで自慢話でもするように垂れ流す家庭教師に辟易し、ついには魔法で痛めつけてしまった。
もちろん、ジョナサンが叱ったが、「私よりも弱い奴に教わることなんてない」と鼻息を荒くするウルに、「……育て方を間違えたのかもしれない」と嘆くことになった。
何人の家庭教師をつけても同じことの繰り返しで、最終的にはウォーカー伯爵の家庭教師になったら再起不能になるとまで言われ、敬遠されるようになってしまった。
このままウルを好き勝手にさせていたら将来が心配だ、と案じたジョナサンが、知己であるデライト・シナトラの屋敷を訪れたのは、夏の暑い日だった。
「ほー、このお嬢さんがジョナサン殿の御息女ですか。噂はいろいろ聞いていますよ。ずいぶんお転婆のようですね」
むすっ、した顔をしたウルを見て、デライト・シナトラ宮廷魔法使いが笑った。
彼は若くして宮廷魔法使いとなると同時にスカイ王国最強の魔法使いの座を手に入れた国一番の魔法使いだ。
彼から最強の座を奪おうとする魔法使いは多数いたが、すべて返り討ちにしている。
国王と王子からの信頼も厚く、まだ幼い王子の子供の家庭教師を務めもしていた。
そんな彼を憧れ、慕い、弟子入りを願う者は多いのだが、全員を受け入れることができるはずもなく、デライト自らが才能をある人材を選別し弟子としていた。
ジョナサンは、デライトが一介の魔法使いだった頃からの知り合いで、なにかと世話をしていた。その縁で、ウルを弟子入りさせてほしいと願ったのだ。
王国最強の魔法使いなら、ウルも言うことを聞くのではないかと思ったようだ。
「ははは、毎日頭を悩まされているよ。さ、ウルリーケ。デライト殿にご挨拶なさい」
「……ウルリーケです」
「おう。俺はデライト・シナトラだ。宮廷魔法使いをさせてもらってるぜ」
「――宮廷魔法使い!?」
父から弟子入りの話は聞いていたが、相手が宮廷魔法使いだと聞かされていなかったウルは、目を輝かせた。
魔法をかじる者なら、誰も憧れる役職だ。
国に選ばれた魔法使いだけが就くことができる宮廷魔法使いに、ウルもまた憧れを抱いていたのだ。
「お嬢ちゃん、聞けば、ずいぶんとやりたい放題じゃねえか。だが、俺が先生になったのならそんなことはさせねえ。ただし、独学では学べない本当の魔法を教えてやるよ」
目を輝かせていたウルだったが、デライトをあまり信用できないようで、胡散臭そうな目を向ける。
ウルの目から見たデライトは、ボサボサの頭と無精髭を生やしたおっさんだった。
お世辞にも宮廷魔法使いには見えなかった。
「……おじさん、本当に強いの?」
「ちょ、おまっ、おじさんっていうなよ! まだ若いぞ!」
「だって、おじさんじゃん! もうっ、そうじゃなくて、おじさんが本当に強いかどうかを知りたいの! 私は私より弱い奴に師事なんてしない!」
「おうおう、師事なんて難しい言葉をよく知ってるじゃねえか。まあ、いいぜ。俺の実力が見たいなら見せてやるから好きにかかってきな」
デライトの言葉に、にやり、とウルが唇を吊り上げた。
その言葉を待っていたとばかりに、魔力を高めて炎を吹き上げだ。足に力を入れると、ぐっと腰を引いて拳を繰り出した。
「――炎よ」
その拳には炎の魔法が宿っていた。
今まで幾人の家庭教師たちを病院送りにしてきたウルの自慢の一撃だった。
しかし、
「ま、その年で独学ならよく出てている方だ。つーか、出来過ぎだ。才能はある。魔力も下手したら俺よりもあるんじゃねえか? だが、なんつーか、所詮子供なのは変わらねえな」
デライトは、魔力をぶつけてウルの炎を霧散させると、彼女の拳を手のひらで簡単に受け止めてしまった。
唖然とするウルの額に魔力で強化した指でデコピンをする。
「いたーいっ!」
「じゃ、俺の方が強いってことでわかっただろ」
「うぅ、はい」
「んじゃあ、今日からお嬢ちゃんは俺の弟子だ。安心しろ、強くしてやるから」
デライトがそう言って片目を瞑ると、ウルの顔が見る見る輝いていく。
そして、大きく返事をするのだった。
「――はい! よろしくお願いします!」
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