3「ウルはお転婆だったようです」③
デライトに弟子入りしてからウルは変わった。
彼を「先生」と慕うようになり、言うことを聞くようになった。お転婆もなりを潜め、元気な少女くらいには落ち着いた。
ただ、生活が落ち着いた反面、魔法への意欲は大きくなりすぎていた。
毎日、早朝にもかかわらず、シナトラ家に出向くと、勝手に魔法を始めてしまう。最初こそ、「はえーよ」と苦い顔をしていたデライトも、諦めて好きにさせるようになっていた。
デライトが目を覚まし、家族と朝食を取ると、いい具合に体を温めたウルがいる。
ここからが本番だ。
読書は好きだが、座学をあまり好まないウルのために、デライトはひたすら手合わせすることにした。
教えるべき魔法を、技術を、その手合わせの間ウルが吸収するまでデライトが徹底して叩き込むというスパルタ式だった。
無論、子供を相手にしているので手加減はしている。
ウルはデライトと戦いながら、彼の魔法と技術を学んでいった。
一度覚えたことを、すぐ応用してしまう器用さはデライトを大きく驚かせることになる。
勝利を掴もうとする貪欲さは十歳とは思えないほどだ。
しかし、デライトはウルに自分と同じ魔法への意欲を感じ取り、大いに気に入った。
他の弟子よりも、ウルに時間を割くようになったのだ。
ウルは、実戦経験の中で大きく成長するタイプだった。デライトは、そんなウルのために、容赦無く叩きのめした。彼女の悔しさも成長のバネだったからだ。
何度も地面に転がり、それでも立ち上がり、歯を食いしばって立ち向かってくる。
いくつもの魔法を受け、痛い思いをしながら学び、自分のものにしていくウルに、デライトは才能を見出した。
いずれ一角の魔法使いになると判断し、毎日彼女が根をあげるまで付き合い続けたのだった。
「ま、参りました」
「いつもそうだが、諦めるのがおせーよ」
「うぅ、今日こそ勝てると思ったのに」
「んなわけねーだろ。どこからその自信が出てくるんだよ。お前さんに負けたら、俺は最強の座と宮廷魔法使いの地位を返却しなけりゃならないじゃねえか」
地面に大の字になったウルにデライトが苦笑する。
「いつか勝ちます!」
「ああ、弟子が師匠を超えることはいいことだ。だが、俺も負けてはやらねえよ」
「絶対勝つもん!」
負けず嫌いな少女は、珍しく年相応の子供らしく頬を膨らませて涙を浮かべる。
が、泣くことはせず、袖で涙を拭う。きっと泣いたら負けだと思っているのだろう。
これだけ負けん気が強ければ、教え甲斐もあるとデライトは内心微笑んだ。
「ま、そのときを楽しみにしてるさ。おい、ナンシー。そろそろ飯にしてくれ」
「はーい」
デライトは妻に声をかけると、動けないウルを担いで食卓へ向かう。
ウルは、ウォーカー家ではなくシナトラ家で過ごす時間が増えていた。
朝早くから夜遅くまで魔法を学び、夕食をごちそうになって帰ってくる。
帰宅したら、お風呂に入って朝まで爆睡だ。
その入り浸りように、ジョナサンが寂しく思ったのは言うまでもない。
弟子入りはさらいい方向に進んでいくこととなる。
ウルは魔法だけではなく、ちゃんと勉強をするようになった。
デライトから「馬鹿が魔法をちゃんと学べるわけねえだろ」と言われたからだ。
他にも、貴族として、伯爵家令嬢としての行儀作法なども、嫌な顔をせず学んでいった。
少しでも魔法が絡めば、途端に意欲を示すウルは、たった一年で家庭教師が「もう教えることはありません」と降参するほどの結果を出してしまった。
両親は、極端な結果に呆れた。
ウルは、これで勉強する必要などないとばかりに、魔法にのめり込んでいく。
毎日が充実しているおかげか、意欲と好奇心が満たされていくせいか、日に日にウルは落ち着いていく。
物腰は柔らかくなり、人に対して当たりが柔らかくなった。
妹たちを構うようになり、デライトの娘のフランと遊んだりするようになった。引っ込み思案なフランは、最初こそウルを苦手としていたが、そんなことお構いなく連れ回した。ただ、残念なことに、フランは同い年のリーゼロッテと親しくなってしまった。
魔法だけではなく、日常でも充実しているウルはよく笑うようになった。自然と、家族も笑顔が増えていく。
デライトも王国最強の名にふさわしい功績をいくつか残し、スカイ王国のみならず、周辺諸国にまで名を轟かしていった。
ウォーカー家とシナトラ家の関係も良好であり、どちらかの家に男子がいれば縁を結びたかったと嘆くほどだった。
――そして、月日はあっという間に流れ、ウルは十六歳になっていた。
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