55「ナジャリアの民との戦いです」③




「では、目的はなんだ?」

「そりゃ教えてやれねえな。詳しくは長に聞いてくれよ。まあ、長が動くときは最後だって決まっているんだけどな。まあ、いいや、とりあえず、見ての通り俺は食事中だ。邪魔するなら、お前らをデザートにするぜ?」


 真っ赤な口を吊り上げるアナンに、誰もが不気味さを覚えて一歩引いた。


「おいおいそんあビビるなって。だけどまあ、少しデザートがほしいのも確かだ。そうだな、そこの女」


 アナンが指を差したのはステラだった。


「――なんですか! それよりも、早くサム様を離しなさい!」

「おうおう、震えているのに気丈だな。そんなお前はサミュエルと仲がいいと見たぜ。お前らの関係は?」

「わたくしはサム様の婚約者です!」


 ステラは人食いに怯えることなく、はっきり答えた。

 にやり、とアナンが笑みを深めた。


「あー、そういうことか。それは申し訳ないじゃねえか。サムと一緒がいいよなぁ。じゃあ、お前も一緒に俺の腹の中に入れてやるよぉ!」

「――ひ」


 アナンの食欲に満ちた目で見られたステラが、怯えた声を出した。


「ふざけんな」

「お?」


 サムが怒りを宿した声を出し、アナンの注意がステラからこちらに戻ってくる。

 サムは限界まで魔力を高めて魔眼の支配から逃れようとする。

 

「お前みたいな奴がっ、俺のステラ様に近づくんじゃねぇええええええええええええええええええええっ!」


 なにかを引きちぎる感覚とともに、サムの体が動いた。

 そのせいで傷口から血が溢れるが、そんなことは知ったことではない。

 サムは、ステラに指一本触れさせまいと、アナンに向かって飛んだ。


「おいおい! 無理やり魔眼に打ち勝ちやがった! 魔法もスキルも全部止めたはずだぜ! どんだけ魔力量持ってるんだよ! やっぱりてめぇは脅威だぜ、サミュエルぅ! この場で食い殺してやるよぉ!」

「それはこっちのセリフだ――キリサクモノ」


 今度はサムのほうが早かった。

 縦一閃に振り下ろされた手刀が、アナンの巨体を両断した。


「……はははは、やるじぇねえか、だが、この程度じゃ俺たちは、止められ」


 言葉の途中で、アナンは左右に別れて倒れた。

 大量の血と臓物をリングの上にぶちまけ、絶命した。


「――どんな奴がきても、俺が返り討ちにしてやるよ。だからくたばれ、いかれ野郎」


 アナンの遺体にそう吐き捨てたサムから、力が抜けていく。

 掴まるものもないため、その場で膝をついてしまった。


「サム様!」


 そんなサムに駆け寄るのはステラだ。


「ああ、そんな、こんなに出血をして……誰か! 木蓮様を! 木蓮様をお呼びしてください!」


 両肩と腕を食われ、血塗れになったサムの体をステラが支え涙を流す。

 婚約者に心配かけまいと、サムが口を開いた。


「ステラ様、あいつになにもされていませんか?」

「ええ、わたくしは平気です! しかしサム様が!」

「駄目ですよ、戦いの場に顔をだしたら。あなたになにかあったら、俺は……」


 出血量が多いせいか、意識が朦朧としてきてしまう。

 体から力が抜け、支えてくれているステラに体重を預けてしまう。


「サム様! サム様!」

「わ、私が回復魔法をします!」

「誰か! 木蓮を呼べ! 王命である! 早くしろ!」


 視界が黒くなっていく中、周囲のそんな声を聴きながら、サムはゆっくりと目を閉じたのだった。



 ※




「アナンは死んじまったか。――悪かったな。やはりサミュエル・シャイトは強敵だ。アナンは少々馬鹿だが、一族でも上から数えた方が早い実力者だったんだがな」


 ナジャリアの民の長は、集落を抜けてとある場所にいた。

 アナンの魔力と生命力が消えたことに気づき、痛ましい表情を浮かべている。


「おおかたサミュエルを食おうとしたのが敗因だろうが、まさかアナンのコレクションの魔眼を使ったのに負けるとは……さて、どうしたら勝てるものかね。あの少年がいる限り、俺たちの目的は果たせそうもない」


 そんなことを呟く長がいる場所は、スカイ王国王都にある墓地だった。


「アナンには悪いが、お前がスカイ王国の気を引いてくれたおかげで本当の目的は達成できた。まあ、理想を言えば異世界人も手に入れたかったんだが、それはいい」


 彼は、とある人物が眠っているはずの墓前の前にいた。


「やはりスカイ王国を手に入れるには、サミュエル・シャイトが邪魔だと言うことがよくわかった。他にも、ギュンター・イグナーツ、デライト・シナトラ、紫・木蓮、そうそうサミュエルの婚約者たちも面倒だ。おっと、あと竜もおっかない。そこで、だ」


 長の足元には掘り返された墓があった。


「――ウルリーケ・シャイト・ウォーカー、お前の出番だ」


 そして、彼の腕の中には、あの日、サムと死に別れたウルの亡骸があった。

 サムが遺体を魔法で凍らせたこともあり、腐敗等は一切していない。

 あのときのままだった。


「俺としてもこんなことをするのは気が進まないんだが、まあ、恨むなら自分の強さを恨んでくれ」


 ウルの亡骸を抱えたまま、彼は墓場を後にする。


「――さあ、ウルリーケ・シャイト・ウォーカーの復活だ」



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