53「ナジャリアの民との戦いです」①




「俺のことを知っているのか?」

「おうよ、ヤールの野郎の自慢の魔剣をへし折った奴だろ? はははははっ、あの野郎はいつもスカしていて気に入らなかったんだ。いい気味だぜっ!」

「そりゃよかったよ」


 男はサムを値踏みするように不躾な視線を送ってきた。


「にしても、お前のようなガキが、長が警戒するほどの魔法使いねぇ。才能だか、努力の賜物だかわからねえが――うまそうだなぁ」


 全身が総毛だった。

 男の視線が、興味から別のなにかに変わったのがはっきりとわかり、嫌な汗が噴き出る。

 こうして対峙しているだけでも、男が気味の悪いだけではなく、強いこともわかっていた。


「気持ちの悪い奴だな」

「そう言うなって、俺らに食われることは光栄なことなんだぜ。だが、まあ、今はお前と喧嘩するつもりはねえんだよ。俺の目的は、あくまで異世界人を攫って帰ることだからな。で、だ。ここはひとつ取引といこうじゃねえか」

「取引? 俺とお前が? 笑わせるな」

「まあ、聞けって。異世界人を引き渡してくれれば、なにもせず王宮から立ち去ってやるよ」


 背後で薫子が震えたのがはっきりとわかった。

 もちろん、サムが彼女を差し出すことはあり得ない。


(葉山勇人なら、どうぞ、と言いたいけど、それを言ったら駄目だろうし)


「そんな男なんてくれてやる、と言いたいけど、お前の提案を飲んでやる必要がない」

「……まさかとは思うがよぉ。てめぇ、俺と戦うつもりじゃないだろうな?」

「違う違う、誤解だって。――殺すつもりだ」


 サムが魔力を解き放った。

 この男は、捕縛できる相手ではない。

 ――害だ。

 生かしておいたら、この国へ、大切な人へ間違いなく害を与える存在だと判断した。


「はっ、言うねぇ! いいぜ、戦ってやるよ!」


 男は、意識のない勇人を放り投げた。


「俺の名はアナン。ナジャリアの民の中で、最強の戦士だ! いくぜ、サミュエル・シャイト! てめぇを殺して食らってやるよぉ!」

「食えるものなら食ってみろ!」


 アナンが愚直に突進してきた。

 サムは素早く戦いを終わらせるために、キリサクモノを発動しようとする。

 だが、


「おっと、スキルは使わせないぜぇ!」


 サムの動作を読んだアナンが、とっさの行動に出た。

 近くに倒れている兵士をつかみ上げると、盾代わりにしたのだ。


「――このっ」


 サムはスキルを発動できなかった。

 甘いとわかっていながら、兵士ごとアナンを両断する選択ができなかった。

 そのわずかな躊躇いの間に、アナンに肉薄されてしまう。


「――ぐっ」


 サムにできたのは、身体強化魔法を使い、防御に徹することと、背に庇っていた薫子を横に突き飛ばすことだけだった。


「捕まえたぜぇ、おらぁ!」


 薫子をアナンの攻撃から守った代償に、サムは体を掴まれてしまった。

 振り解こうとしたが、身体強化をしているサムが本気で抵抗してもぴくりともしない。

 おそらくアナンも同等の身体強化魔法を発動しているのだと判断した。


「おらぁあああああああああああああああっ!」


 アナンに抱き抱えられたまま、サムは近くの壁を突き破った。

 背中に大きな衝撃を受け、肺から空気が漏れる。

 アナンは止まることなく、そのまま壁を二枚、三枚、四枚と突き破り、石柱を砕いて、王宮の外へと飛び出した。


「おらよっ!」


 放り投げられたことで解放されたサムは、地面を何度も転がっていく。

 奇しくもそこは、交流試合が行われたリングの上だった。


「頑丈だなぁ、おい! 大概の奴は、これで体が砕けちまうんだがな!」

「この馬鹿力め……頭悪そうな顔をしているくせに、魔法の使い方が丁寧でうまいな……」

「ははははっ、褒めるなって」

「笑ってんじゃねえよ。無茶苦茶しやがって、誰が王宮の修理をすると思ってるんだよ」

「気にするのはそこかよ! 面白い奴だな、サミュエルぅ」

「馴れ馴れしく呼ばないでくれないかな、お前みたいな狂人が友達だと思われたら恥ずかしくて外を歩けなくなる」


 血の混じった唾を吐き出すと、今度はサムが仕掛けた。

 地面を蹴って肉薄すると、限界まで身体強化をした拳を放つ。


「――おはっ」


 拳は容易くアナンの腹部を捕らえた。

 無論、これだけ済ますつもりはない。

 拳が顎を、頬を、腹を連続して捕らえ、繰り出した蹴りが、側頭部に直撃する。

 アナンはサムの猛攻を受けて、リングの上を転がった。が、すぐに何事もなかったかのように立ち上がる。


「ははははははっ、やりやがる!」


 アナンも負けじと地面を蹴ってきた。

 手を伸ばし、掴もうとするアナンに、サムが拳と蹴りで応酬する。

 そんなやりとりを数回繰り返した。

 アナンの手がサムの頬や、こめかみをかすめる。


(この野郎、目を狙ってやがる)


 魔眼収集が趣味だと言うくらいだ、目に思い入れがあるのだろう。

 だが、目をえぐられるような趣味はサムにはない。

 上半身を器用に動かし、アナンの太い腕を避けていく。


「ちょこちょこすんなよ!」

「するに決まってるだろ!」


 苛立った様子を見せたアナンの腕を掻い潜り、腹部に潜り込んだサムが膝をめり込ませた。


「――がはっ、ごほっ」


 渾身の一撃は、アナンの内臓までダメージを与え、血を吐き出させた。

 動きがわずかに止まった隙をサムは逃さない。

 畳み掛けるように、蹴りを食らわせ、肘を当て、回し蹴りで吹き飛ばす。

 再び、リングの上を転がるアナンだが、やはりすぐに立ち上がった。

 だが、平然としているわけではない。

 鼻や口、目から血を流して、肩で息をしている。

 間違いなく、ダメージを受けているとわかった。


「あー、やるな。まあまあ強いんじゃねえか。だがな、所詮はガキだな。成長途中のせいか、身体強化しても地力が足りてねえんだよ。このくらいなら、まあ、痛えが死なねえだろうよ」

「ならお望みどおりに殺してやるよ」


 無詠唱で百を超える火球を生み出したサムは、そのままアナンに向けて撃つ。

 轟音を立ててリングを破壊しながら、高密度に炎が凝縮された火球がアナンにぶつかり爆炎を起こしていく。


「――ははっ! たまらねえな! サミュエル、お前は徒手空拳よりも魔法を使うことだけに集中した方が向いているぜ。いいね、この痛みが最高だ!」


 全身を焼かれながらも、笑顔を浮かべているアナンにサムは寒気を覚えた。


「とんだ変態野郎だな……なら」

「おっと、次は俺の番だぜ!」


 アナンが火傷した手で懐からなにか筒状のものを取り出した。


「なんだかわかるか? 俺のコレクションの魔眼だ。食っても魔眼は手に入らなかったんだが、魔眼そのものに魔力と力がある。でだ、こういう使い方もできるんだよ」


 筒から、誰かから奪った眼球を取り出すと、アナンはサムに向けた。

 嫌な予感がして、地面を蹴ろうとしたサムだったが、


「遅えよっ! ――魔眼よ、その力を解放しやがれ!」


 アナンは言葉と共に、魔眼を潰した。

 次の瞬間、サムの体が硬直し、動かなくなってしまった。



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