45「大陸最強の勇者と戦います」②
リングの上では、オークニー王国の英雄であり、大陸最強の勇者葉山勇人が苛立った様子ですでに待っていた。
彼はサムを射殺さんばかりに睨むと、歪めた口を開いた。
「よくも僕の恋人たちをコケにしてくれたじゃないか」
「ごめんねぇ、俺の婚約者たちはとっても強いんだよ」
「ふざけやがってっ、ったく、あいつらも僕の顔に泥を塗りやがったんだから、もう二軍落ちだな」
「ん? 二軍落ちってなに?」
「あー、ったく、なんでお前に説明しないといけないんだよ。まあいいよ。僕は、恋人にふさわしい質を求めているんだ。だから、お前みたいなガキの婚約者に無様に負けた奴らは恋人から降格なんだよ」
「――は?」
開いた口が塞がらないとはこのことだ。
試合に負けた恋人たちの仇を取るため意気込んでいるかと思えば、実にくだらないことを考えていたようだ。
「呆れるな。お前は、そんなことを女性に言える立場じゃないだろう?」
「はぁ? お前、僕を誰だと思っているんだ! オークニー王国の勇者である僕なら、この程度のことは許されるんだよ! あいつらだって、僕の魅力に集まってきた」
「嘘つけ。魅了の魔眼を使っているくせに」
「――っ、なぜ、それを」
「いや、動揺しすぎでしょ」
こうも素直に反応してくれたおかげで、葉山勇人が魔眼を持っていることが確信できた。
ゆえに、今まで押さえていた怒りがふつふつと再燃焼していく。
「使いすぎなんだよ。手の届く範囲で好き勝手にやってればよかったに、よりにもよってステラ様に手をだしやがって! 相応の代償を支払う覚悟はできているんだろうな?」
「ふ、ふははははははっ! まあいいさ! ばれたのならしかたがない。そうさ、僕は魅了の魔眼を持っている。お前にはわからないかもしれないが、こちらの世界に勇者召喚された選ばれし僕に上から与えられた最高の贈り物なんだよ!」
「大層なものをもらったな。だけど、誰かの心を弄ぶことは許されない」
「そんなこと知るものかよ! 神が使えと授けてくれたんだから、僕がなにしたって許されるんだよ!」
話にならない、とこれ以上の会話を続けることは無駄だと判断した。
幸いなことに、興奮しきっている勇人の声は、リングのみならず会場中に響き渡っていた。
観衆たちはもちろん、審判役のリュードも、そして貴賓席にいる王家に連なる面々も、勇人に侮蔑の視線を送っていた。
唯一、魅了されている女性たちだけが、魔眼を自慢する勇人のことを恍惚に見ているだけだった。
(これで、俺の目的のひとつは果たされた。あとは――)
サムは、できることなら葉山勇人を殺したかった。
二度と、ステラやリーゼに近づかないように徹底しておきたかったのだ。
しかし、クライド国王に殺すなと釘を刺された。
考えたサムは、勇人の悪行を広め社会的に死んでもらおうとしたのだ。
おそらく成功したはずだ。
勇人が魅了の魔眼を持っていることは、多くの人に伝わった。
彼に恋人や妻を奪われた者たちが、その理由を知ることになるだろう。
隣国国王も第一王妃が勇人に入れ込んでいるが、その理由が魅了ならば、許しはしないだろう。
「ステラも、あとリーゼだったか? お前の他の婚約者たちも魅了して、ぐちゃぐちゃに弄んでから捨ててやるよ」
「――黙れ。お前の汚い口で、彼女たちの名を呼ぶな」
挑発なのか、それとも本心なのか不明だが、まだステラを諦めていないどころか、リーゼたちにまで手を出すと言った勇人に、サムが濃厚な殺気をぶつけた。
「――ひ」
とっさに、数歩後退した勇人の顔には大粒の汗が浮かんでいる。
どうやら顎を砕かれ、両足をへし折られたことは、たとえその怪我が治ろうと潜在的な恐怖として植え付けられているようだ。
「ふ、ふん、お前の女が僕の女より強いことは認めてやるよ。だけど、お前が僕より強いなんてことは絶対にありえない! 僕は勇者なんだからな!」
虚勢とも覆える勇人の態度に、サムは失笑した。
「自称勇者が偉そうに」
「なんだとっ、このっ!」
「御託はもういい。かかってこい、白黒をつけるぞ。俺は早く、お前のことを潰したくてしょうがないんだ」
「このガキがっ、笑わせるな! お前、僕に本気で勝てるとでも思っているのか! 僕がなぜ勇者と呼ばれているのかしらないだろうっ!」
勇人が虚空に手を掲げた。
次の瞬間、魔力とは違う別の何かが解き放たれ、吹き荒れる。
「なんだ?」
勇人は虚空から白く輝く長剣を引き抜くと、これみよがしに高々に掲げた。
「わかるか? ダンジョンで手に入れた聖剣だ。誰にも抜けなかった聖剣は僕を選んだんだ。僕だけを選んだんだ! 僕は聖剣に選ばれた勇者なんだよっ!」
「で?」
「え?」
なからどうしたというサムに、勇人が間抜けな顔をした。
勇人が聖剣を持っているのには驚きだったが、だからといってなにも変わらない。
サムがすべきことは、勇人を完膚なきまで叩きのめすことだ。
「聖剣を抜いたからなんだって言うんだ?」
「ぼ、僕は、他の国の最強戦力を倒したんだ! 大陸最強の勇者なんだぞ!」
「だからそれがなんだって言うんだ?」
「僕の力だ! 魅了も、聖剣も全て僕の力なんだ! 勇者にふさわしい僕がもってこそ、価値のあるものなんだ!」
「あ、そう。じゃあ、その力と俺の力のどちらが上か確かめよう」
もう会話をする必要はない。
サムは、身構えた。
「いいだろう! 殺すなと言われているけど、ぶっ殺してやるよ! お前には散々恥をかかされた恨みがあるからな! ガキのくせに、粋がりやがって! お前のような奴がいるだけでイライラするんだよ!」
恨みがましい目で睨まれても、なにも怖くない。
サムからすれば、勇人は力をもって好き勝手やっているだけの子供でしかない。たまたま力が通用しなかった人間と出会さなかったが、サムたちと出会わずとも、いつかどこかで同じことになっていただろう。
「リュード様、試合をはじめてください」
「わかった。それでは、最終試合サミュエル・シャイト対葉山勇人! ――はじめ!」
最初に動いたのは勇人だった。
聖剣を掲げ、身を低くして疾走してくる。
そして、サムに肉薄すると、渾身の力を込めて聖剣を振り下ろした。
「くらえっ、僕の魔法と聖剣の力を合わせた必殺の」
「――キリサクモノ」
対し、サムは、迎え撃つ形で右腕を横に薙ぎ払ったのだった。
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