46「大陸最強の勇者と戦います」③




 耳障りな金属音が響くと同時に、勇人が構えていた聖剣が真ん中から両断された。


「――へ?」


 からんっ、と音を立てて聖剣の半分がリングの石畳の上に落ちた。

 呆気にとられる勇人だが、そんな彼の右目に切れ目が走り、刹那鮮血が吹き出す。


「ぎゃぁああああああああああああああああああああああああああああああっ!?」


 右目を押さえて悶絶する勇人の姿を見て、サムは感心したように頷いた。


「おっ、その聖剣が本物かどうかわからなかったけど、意外と堅いな。でも、そのおかげで両目を潰すつもりが、右目しか潰せなかった。ほら、いつまでも蹲ってないで立ちなよ。もう片方の目も斬り裂いてやる」

「くそっ、くそぉおおおおおおおおっ、また、やりやがったなあああああああっ! 僕のっ、目をっ!」


 右目を押さえて衣服と肌をべっとりと赤く汚した勇人が、片目で睨み付けてくる。

 だが、なにを思ったのか、背後を振り返ると、治療を終えて勇人の試合を見守っている少女たちに向かって怒鳴り声を上げた。


「――おいっ、僕を守れ!」

「あ?」


 勇人の声に反応したリンド、レベッカ、ブレンダがリングの上に登ってきた。


「おいおい、魅了ってそこまでできるのかよ」

「霧島っ! 僕の目を治せ!」


 少女三人を自分の前に壁のように立たせた勇人は、試合中にもかかわらず霧島薫子に治療を要求したのだ。

 これには薫子も困惑した。


「あんた、何を考えてるの! 試合中でしょ! 治療してほしいならちゃんと降伏して試合を終わらせてからにしなさいよ!」

「馬鹿を言うな! 僕が負けるわけないだろう! それよりも、痛みが酷くて集中できないんだよ! 早く治せ!」

「嫌よ!」

「……治さないのなら、無理やり言うことをきくように命令してもいいんだぞ。それが嫌なら、僕を早く治せ! これは命令だ!」

「――っ、そんな」


 薫子が、勇人に従わなければ彼は間違いなく魅了してでも治療させるだろう。

 躊躇う薫子に、サムが助け舟を出した。


「いいよ、治療してあげて」

「え? でも」

「構わないよ。何度治療しても、同じことを繰り返すだけだ。次は右目を、その次は腕を、足を、斬ってやる。何度耐えられるか見ものだよ」


 もうルールもなにもない。

 勇人が恋人たちを操り盾にした挙句、試合中にも関わらず治療を要求している時点で、交流試合は破綻した。

 審判役のリュードが試合中断をしようとしたが、サムは目配せしてあえて止めた。

 サムとしては、こんなところで終わりにすることはできない。

 まだ勇人は報いを受けていないのだ。


「……聖剣を折ったくらいで良い気になるなよ。僕はまだ魔法があるんだ。それに、女を盾にしたら、お前だって攻撃できないだろ!」

「とんだ屑野郎だな」


 心底軽蔑できる。

 魅了して操り、身も心も弄んだ挙句、自分を守るための盾にするなど、まともな人間には到底真似できないことだ。


「こんな使えない女たちなんて、盾にするくらいがちょうどいいんだよ! どうせ、喜んで従うんだから、気にする必要なんてないんだ! だが、お前はどうだ、攻撃できないだろ?」

「いや、できるけど」


(なにを言っているんだこいつは? 魅了されているのはかわいそうだけど、知り合いでもない赤の他人なんてどうでもいいに決まっているじゃないか。そんなことよりも、ステラ様たちに手を出したお前に報いを受けさせるほうが重要なんだよ)


「はぁ? お前、なにを言って」

「なんで彼女たちに俺が気配りする必要があるんだ? 俺には大切な人たちがいる。だけど、彼女たちはその人たちに含まれない。たとえ、自分の意思じゃなかったとしても、俺の邪魔をするというなら、容赦無く斬り捨てる」

「お前に人の心はないのかよ!」

「魅了して、操っているお前が言うんじゃねえよ!」


 どの口が言うのだとサムは呆れた。

 少なくとも、少女を魅了して弄ぶような人間に、人の心がどうこうなどと言われたくない。


「くそっ、いけ! 僕が治療している間、あのガキの足止めをしていろ! なんなら死んだっていい!」


 自分さえよければそれで良いとばかりに命令する勇人に少女たちは、「わかりました」と返事をして、それぞれナイフや剣などの得物を抜いた。

 サムも身構える。

 魅了状態にある少女たちを斬り捨てることは気が進まないが、別にできないわけではない。

 問題は、交流試合でそれをしてもいいかどうか、だが、あまりもう考えないことにした。

 本来、操られている少女を切り捨てることなどしたくないのだが、魅了が解けないのなら、死んだほうがマシだろうと判断したのだ。

 しかし、わずかに哀れだと思ってしまったせいで、躊躇いが生まれてしまい、動けない。

 そうこうしている内に、治療をするために勇人がサムに背中を向けた。

 次の瞬間、サムは己の目を疑った。


「――な」

「え?」


 それは、こちらを見ていた薫子も同じだった。

 唯一、気づかなかったのは、自分のことで精一杯の勇人だけだ。

 少女たちは、得物を構えると、サムではなく勇人の背中に襲い掛かった。

 止めることなどできるはずもなく、サムはただ唖然と眺めていることしかできなかった。

 その間に、ナイフや剣が勇人の背中に突き立てられたのだった。



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