32「国王様とお話しです」
婚約者たちと一緒に控え室にいたサムだが、メイドに呼ばれてクライド国王の執務室にいた。
「はぁ……サムよ」
「はい」
「やりすぎだ」
嘆息混じりにそんなことを言われてしまい、サムはちょっと不満を覚えた。
「あれでも手加減したのですが」
「……顎を砕いて、足をへし折るのが手加減か、そなたの本気は――ああ、そうだった、真っ二つであったな。斬り殺さなかったことを褒めるべきか、悩むところだ」
クライドは、頭痛を覚えたように額を抑えた。
「まさかオークニー王国から文句でも言われてしまいましたか?」
「いや、そうではない。むしろ、ヴァイク国王からは改めて謝罪を受けた。葉山勇人は少々問題があったが、国一番の戦力ゆえ連れてきたそうなのだが、同盟関係に亀裂を入れかねぬ馬鹿な真似をするとは思っていなかったらしい」
「謝罪するのは当然です。仮にも勇者なんて名乗らせて好き勝手にやらせているのはオークニー王国なんですから」
「違いない」
サムとしては、命を奪わなかっただけでも感謝してもらいたいと思っている。
葉山勇人はそれだけのことをしたのだ。
「国王としては、そなたにやりすぎだと注意せねばならぬが、父親としては――よくやったと褒めてやりたい」
「ありがとうございます」
クライドの表情に怒りが浮かんだ。
彼も彼で隣国の勇者に思うことはあったんだろう。
「あのガキめ、なにが勇者だ、異世界人だ! 余のかわいいステラに汚い手で触りおって! 余が現役ならば、自ら剣を持ってその首を切り飛ばしてやったわ!」
「……まあ、そうなりますよね」
クライドがステラを大切に思っていることはよく知っている。
むしろ、あの場で激昂しなかったことが驚きだ。
「性格に難があることは聞いていたが、まさか他国の王女を、それも婚約者のいるステラに手を出そうとするとは、公の場であんなことをするとは余程の大馬鹿者であるな!」
声をかけたのは百歩譲っていいとしよう。
ステラの美しい容姿を見て、思わず声をかけたくなるのは男なら無理もない。
だが、問題はその後だ。
婚約者がいるからとやんわり断ったステラに、食い下がった勇人が悪い。
あれでは質の悪いナンパと変わらない。
しかも、それを恋人達の前でやっているのだから恐れ入る。
「まあ、見ていてください。ステラ様に手を出したんです。明日の決闘では相応の罰を与えてやりますよ」
サムは、勇人以上に、自分自身に怒りを抱いていた。
葉山勇人が女性関係に問題があることはジョナサンから聞かされていたことだった。
しかし、公の場で、堂々と手を出してくることはないと勝手に思っていたのだ。
自分の危機感のなさに反吐が出る。
勇人との決闘を受け入れたのは、半分八つ当たりでもあった。
「楽しみにしている――と言いたいが、殺すのは許可しない。よいな、本気で駄目であるぞ」
「承知しています。しかし、最低でもステラ様に触れた汚い腕だけは切り落としたいものですね」
「……最近思うのだが、そなたはなかなか過激だな」
「ついでに大陸最強の称号ももらっておきましょう。あんな奴には相応しくない」
「すでに、明日の御前試合に出場する人間の通達があった。葉山勇人をはじめ、彼の恋人と、元オークニー王国最強だった魔法使いの五人だ」
葉山勇人の愉快な仲間たちはさておき、元オークニー王国最強の魔法使いには興味がある。
「俺と、デライト様と、あとはどうしますか?」
サムが尋ねると、クライドはなにやら戸惑いつつも口を開いた。
「非常に言いづらいことではあるが、葉山勇人たちの提案で、そなたの婚約者たちを御前試合に出場させろうという申し出があった」
「はぁ、どうしてそんなことに?」
「推測ではあるが……そなたの婚約者たちと自分の恋人の優劣をつけたいのだろう」
「くだらないですね」
「余も同感だ。だが、いい機会でもある」
「えっと、どういう意味ですか?」
「すでに身篭っているリーゼはさておき、花蓮や水樹たちをサムにふさわしいかと疑問視する声があるのだ。要は、自分たちの娘をサムに嫁がせたい一部の貴族が騒いでいるに過ぎないのだが、確かに花蓮たちの実力を公の場で披露していないであろう」
「まあ、そうですね。でも、ふたりとも強いですよ?」
「知っておる。花蓮は木蓮が叩き込んだ回復魔法だけではなく、身体強化を自在に扱い体術も得意としている。水樹は、蔵人の娘であり、雨宮流剣術の師範代だ。戦わせずともわかる」
ふたりが強いことはわかっているが、その目で見たものは少ないため、これ幸いと実力を疑うことをいう人間がいるらしい。
サムとしては、強さで婚約者を受け入れたわけではないので「何言ってるの?」という感じだ。
そもそも、魔法抜きにして戦えばサムよりふたりの方が強いのだ。
「花蓮と水樹を試合に出すことは良いのだが――」
「言っておきますが、リーゼ様は身重ですから絶対に無理ですよ!」
「相手もそこまで馬鹿ではない。リーゼの出場は求められていないのだが、代わりにアリシアを出すようにとのことだ」
「――駄目に決まっているじゃないですか!」
「余もそう言った。ヴァイク殿もありえないとおっしゃってくれたのだが、向こうの第一王妃がごねていてな。正直困っているのだ」
目眩がした。
アリシアが誰かを相手に戦うなんてできるはずがない。
「わかりました。ええ、覚悟を決めました。ギュンターを正式に婚約者と認めましょう。ということでアリシア様の代わりをギュンターで」
「それが通ればいいのだが」
「まずいですって、アリシア様が戦うなんてことになれば――」
「子竜たちと灼熱竜殿が黙っておらぬだろう」
そう。サムたちは、アリシアも心配ではあるが、彼女が戦うと知った竜たちの反応が怖くてしかたがないのだ。
「……王宮が灰になるだけですめばいいんですが」
「頭の痛いことだ。これから明日の打ち合わせがあるゆえ、アリシアの出場は反対するつもりだ。しかし、なにやらヴァイク国王も明日の試合でなにやら企んでいるようにも思える」
「ヴァイク国王様が、なにをでしょうか?」
「わからぬ。アリシアを決闘に出す出さない以前に、とにかくそなたと葉山勇人を戦わせたい、そんな気がしてならぬのだよ」
サムは実際、彼の話を聞いていないので隣国国王の思惑がわからない。
だが、サムは葉山勇人と戦うことに、どんな意味があろうと構いやしなかった。
「問題ありませんよ。葉山勇人は俺が倒します。それ以外の結末はありません」
「頼もしく、心強くある。期待しているぞ、サム」
「――はい」
「アリシアに関しては打ち合わせで再度反対しておく。いろいろな思惑が絡み合っている故、余の意見がどこまで通るか不安であるが、できるかぎり力を尽くそう」
「よろしくお願いします」
「そうだ。できれば、屋敷に帰る前にステラに会っていってくれぬか? 今回の一件で、責任が自分にあると落ち込んでいるのだ」
「そんなことないのに……わかりました。では、さっそくお会いしてきますね」
ステラとはさきほど顔を合わせているが、ふたりきりでちゃんと話をしたかったのでちょうどよかった。
サムは国王に一礼をすると、ステラの部屋に向かった。
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