26「なにやら企んでいるそうです」③




(な、なんで、魅了が効かないんだ? こんなこと初めてだぞ!)


 内心動揺する勇人に向かい、ステラがはっきりと告げる。


「わたくしには大切な婚約者がいます。その方に、他の男性と一緒にいたなどとよからぬ噂が届くことを私は望みません」

「べ、別にやましいことをするわけじゃないんです、ただ話をするだけですよ」

「もちろん、やましいことなどしないでしょう。しかし、誰が見ているかわかりません。万が一、歪んだ情報が婚約者の耳に届いてしまったらわたくしは困ります。申し訳ございませんが、ふたりでお話しするのはお断りさせていただきます。もちろん、葉山様とご一緒にディーラ様たちとお話しする分なら問題ありませんので、そうしていただけると助かります」

「……小さなことを気にする婚約者なんですね」

「わたくしが気にするのです。どうかご理解ください」


(くそっ、この女、どうして魅了にかからないんだよ!)


「いいじゃないですか、そんな器の小さい男なんて。もし僕のせいで婚約者に振られたら、僕が責任を取ってあげますよ」


 勇人は魅了されないステラに焦れてしまい、彼女の手を握りしめてしまった。


「貴様! ステラ様に不敬だぞ!」


 周囲にいる貴族誰かが声をあげたが、知ったものか、ともう一度、ステラと視線を合わせる。

 ステラは勇人を睨むように真っ直ぐに視線を向けていた。


(馬鹿な女め、今度こそものにしてやる。――魅了発動!)


「手をお離しください」


(くそっ、くそぉ! まただ、また魅了がきかない! 発動しているはずなのに!)


 魅了が効かないことを苛立った勇人は、いろいろ面倒になってしまった。


「いいじゃないか、僕は勇者だぞ。この国に僕より強い男がいるとでもいうのか? 勇者で、大陸最強のこの僕に、こうして声をかけられているんだ。断るなんて、しないよな?」

「――なるほど。これがあなたの本性ですか。しかし、あなたが勇者であろうと、大陸最強であろうと、私はあなたに興味がありません」

「……なんだと」

「わたくしは、この国最強の魔法使いであるサミュエル・シャイト様の婚約者です。彼は、あなたよりも強い。そう信じています」

「このっ、大人しくしていればつけ上がりやがって!」

「もう一度、言います。手を離しなさい」

「人が下手に出ていれば……躾が必要のようだな!」


 思い通りにならないステラに、苛立ちが募り、ついには手をあげようとしてしまう。

 勇人が腕を振り上げるも、ステラは怯えることなく睨む目つきを鋭くする。

 それが、尚更腹立たしく、勇人は公の場であることと、相手が王女だということを忘れて彼女を殴ろうとした。

 だが、


「ステラ様から手を離しなさい」

「この腕折ってもいい?」

「いいんじゃないかな、別に。ステラ様を殴るような腕はいらないと思うよ」

「――最低です」


 見知らぬ女性たちによって、邪魔されてしまった。


(どいつもこいつもふざけやがって! 俺は勇者だぞ、主人公だぞ!)


「誰だ、お前たち! 僕を誰だと」

「ええ、知っているわ。オークニー王国ご自慢の勇者様よね。あなた、仮にもエスコートしている女性たちがいるのだから、他の女性に声をかけるなんてみっともない真似はしないほうがいいわよ」


 ブロンドの髪を伸ばした二十歳ほどの美人が、小馬鹿にしたように言う。

 他にも、桃色の髪の中華風少女や、着物を来た和風美少女、そして、こちらを睨む緩やかな髪の美少女までいた。

 勇人は彼女たちが、サムの婚約者であるリーゼ、花蓮、水樹、アリシアだとは知らなかった。


(なんだよ、この女たちは! 人を馬鹿にした顔をしやがって!)


「――このくそ女どもが!」

「おっと、女性に暴言は感心しないね。まずは、その手を離したまえ」

「――っ」


 勇人は驚いた。

 感情的になっていたものの、誰かが自分の腕に触れるまで接近に気づかなかったのだ。

 ステラの手を掴む勇人の腕に、手をおいたのは二十代半ばの優男だった。

 まるで少女漫画から飛び出して来たような、王子様と読んでも過言ではない端正な容姿を持った美青年がいた。


「ギュンター」

「やあ、ステラ。君も災難だね。こんな程度の低い男に声をかけられるなんて」

「サム様がお父様と一緒にこの場から離れていてよかったです。こんなところを見られたくはなかったですから」

「同感だ。サムがこの場にいたら、今頃この少年の腕は繋がっていなかっただろうね。さ、早くステラから手を離したまえ」

「お前、僕に向かって」

「いいかい? 僕は温厚だから手を出すことなく何度でも口で言ってあげよう――離せ」


 ギュンターと呼ばれた青年の眼光に怯んだ勇人は、反射的にステラから手を離してしまった。

 屈辱を覚えた勇人は、ステラを守るように立ち塞がる人間に、苛立ちを込めて問うた。


「誰だよ、お前らは?」

「私たちは――」

「僕たちは、サミュエル・シャイトの妻たちさ!」


 代表してなにかを言おうとしたリーゼの言葉を遮って、なぜか男のはずのギュンターが、広間に響くように大声で言い放った。



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