20「交流会の始まりです」④




「よい、楽にしろ。そうかしこまる必要はあるまい」

「――はい」


 クライドの言葉に、サムたちが顔を上げる。

 サムやデライトは何度もクライドに会っているので、必要以上に記憶ことはないのだが、フランはそうもいかず、緊張気味に体を硬らせていた。


「それにしても、余がこんなことを言うのもあれだが、このようなパーティーは疲れてしまうな。部屋でのんびりと珈琲でも飲んでいたいものだ」

「さすがに、陛下、それは」

「わかっている、デライト。言ってみただけだ」


 苦笑しつつも、どこか疲れた顔をしているクライドにサムが話しかけた。


「お気持ちはわかります。俺も、こういう場は苦手です。それにしても、さっきは凄かったですね。オークニー王国の勇者たちって、普段からあんなのなんですかね」

「……はぁ。本当に凄かった。まさか、両国の国王を前に男の取り合いを始める女性たちがいるとはな、しかもオークニー王国の第一王妃までもが……なんと言っていいやら、言葉がうまく見つからぬよ」

「ですよねぇ。彼が、異世界人ですよね?」

「うむ、彼がオークニー王国の勇者であり、大陸最強を名乗る異世界人葉山勇人だ」


 クライドが肯定してくれたので、サムの推測が間違っていなかったとわかった。


(あれが、勇者か。あんなのが大陸最強か……嘆かわしいな)


 明らかに周囲の女性たちに手を出しているのに、責任を取っていなさそうな男が大陸最強では、その称号も泣いているだろう。

 そもそも王妃に手を出して、どう責任をとるつもりなのだろうか。

 一時の戯れで体を重ねることもあるのかもしれないが、オークニー王国王妃の勇人を見る目は本気の目だった。

 遊びです、などではすまされないだろう。


「……今も女といちゃついていやがる。というか、あれ、いいんですかね」

「構わん。いつものことらしい。ヴァイク殿も嘆いておられた」

「はぁ……お隣の国王陛下がそれでいいのなら、俺が別にどうこういつもりはありませんが……みっともねぇな」


 ヴァイクとは、隣国国王ヴァイク・オークニーのことだ。

 デライトが葉山勇人を囲み痴話喧嘩を繰り広げる女性たちを見て、呆れた顔をした。

 口にこそ出さないがフランも同様に、軽蔑した目を向けている。

 ふたりだけではなく、多くの来賓が勇者葉山勇人と彼の女性たちの言動を見ていた。

 酒のつまみがわりにする者もいれば、失笑している者も、中には今にも取っ組み合いそうな女性たちを信じられないという目で見ている者もいた。


「すでにパーティーの主役は彼らであるな。良くも、悪くもであるが」

「同感です。こうなると、ここにいても意味がない気がしますね。そろそろお暇したいですよ」

「ははは、気持ちはわかる。ならばサム、余と共に抜け出して城下町に繰り出すか? おっと、そんなことをしてしまうと第二のギュンターだと誤解されてしまうので、やめておこう」

「国王様までそんなことを」

「ふっ、すまぬすまぬ」


 国王にからかわれているサムに、デライトとフランの親子がサムを興味深そうに見る。


「そういや、あのギュンター・イグナーツを妻にしてるんだよな、お前。男を妻にするとか、なかなかお前の性癖も病んでいやがるな」

「きょ、興味はないけど、サム君が話したければ詳細を聞いてあげてもいいわよ。夜とかどうしているのかしら」

「……デライト様、フラン様まで」


 最近、誰かと顔を合わせる度にギュンターのことを聞かれる。

 このパーティーでもそうだ。

 顔を合わせた貴族が、ギュンターとの仲を興味津々で尋ねてくるのだ。

 普通、複数人いる婚約者のことや、妊娠しているリーゼに話題がいきそうなのだが、そういう展開にはならない。

 王都でギュンターは良くも悪くも人気らしい。

 挙げ句の果てには、婚約者の末席に息子を、と勧めてくる者までいた。娘ではない、息子をだ。しかも、子供を進めてきた貴族の半分が息子を勧めてきたのだ。

 ギュンターのせいで、サムは「男を妻にして悦に浸る趣味がある」くらいに思われている可能性があった。


「あまり言ってやるな。ギュンターも最近は、かわいらしい婚約者のおかげで大人しくなってきたではないか。あれもあれで心配にはなるが、まあ、問題児が大人しくしているのはいいことだ。ところで、デライトよ、久方ぶりの催しは楽しんでいるか?」

「え? ああ、はい。まあまあ面倒だなって感じです。上質な酒が飲めるのだけが幸いですね」

「ほどほどにしておくようにな。フランがいるので問題はないと思うが、ちゃんと挨拶回りもしておくのだぞ」

「……子供ではないのでわかっています」

「フラン、そなたが父を支えるのだぞ」

「はい、父のことは私がちゃんと面倒をみます」

「うむ。――しかし、デライトが相変わらずで安心している。やはりそなたはこうでないと。屋敷に引きこもるなど、そなたらしくない」

「そ、そのことは忘れてください」

「ははははっ、できぬな。ところで、ダンジョンに潜った成果はどうであった? 聞けば、相応の力を手に入れて戻ってきたと。もとよりそなたには信頼と期待をしており、それは変わらない。今後も、余のため、国のために尽力してほしい」


 デライトは、胸に手を当て、腰を折って頭を下げた。


「ありがたいお言葉に感謝します。陛下と、この国へ、心からの忠誠を誓います」

「――うむ」


 顔を上げたデライトは「柄にもねえことをしちまったぜ」と、苦笑しており、クライドも一緒になって笑みを浮かべている。

 まるでふたりは友人のようだった。

 おそらく、長年宮廷魔法使いとして国に仕えたデライトは、国王とそれなりに親しい関係なのだろう。


「さて、そろそろ余も戻らなければなるまい。妻と息子にヴァイク国王たちの相手を任せてきてしまったが、王としてあまりのんびりもしていられぬ。そうだ、サムにも妻と息子を紹介せねばならなかったな。ステラの母と弟になるのだから、そなたにとっても他人ではあるまい。だが、なかなか機会がなくてな。結婚前に時間をつくるので待っていてほしい」

「楽しみにしています」

「うむ。ところで、だ、サム」

「はい?」

「少し時間はあるか? パーティーを抜け出して会ってもらいたい方がいる」

「え、ええ、構いませんがどなたですか?」

「――母だ」

「えっと、王太后様ですか?」

「うむ。つまり、そなたの祖母になる方だ」


 クライドと亡き王弟ロイグの母親であるので、もちろんサムの祖母にあたるのだろうが、王太后が祖母と言われてもしっくりこない。


「……サム君? え? お、太后様がおばあさまってどういうこと」

「おい、フラン。お前は黙ってろ。あとでリーゼにでも聞けばいいだろ」

「でも、お父様」

「俺だって知らねえよ!」

「そういえば、そなたたちは知らなかったのだな。今ここで言うと、要らぬ聞き耳を立てている者もいるだろう。あとでウォーカー伯爵家かイグナーツ公爵家の誰かに聞けば良い。そなたたちなら構うまい、なあ、サム」

「ええ、隠すことではないので」

「あ、ああ、わかった、よくわからんが、わかった。とりあえず、聞いておく」


 サムに王家の血が流れていることを知らぬ親子は、困惑気味だった。


「それで、サムよ、どうだろうか? 母と会ってくれるか?」

「もちろん、お会いさせていただきます」

「――感謝する。では、いこう」


 サムとクライドは、シナトラ親子と別れると、そっと広間を後にした。



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