21「祖母とお会いします」①




 サムとクライドは、王宮の中の居住区を歩いていた。

 ステラが住まう場所とは違う、王宮の中でも外れにある一角に足を踏み入れていく。

 途中、数カ所、侵入を防ぐための近衛騎士とすれ違った。


「そういえば、サムよ。グレン侯爵家の当主と跡取り息子がそなたと会いたいと申している。親族ゆえ顔を合わせて置きたいというのもそうだが、そなたを見極めたいのだろう」

「見極めると言われましても、困るんですが」

「グレン公爵にとって、そなたは近しい血縁者だ。だが、最近までそなたの存在をしらなかった。さらに言えば、そなたは王国最強の宮廷魔法使いでもある。どのように接すればいいのかわからぬのだろう」

「そんなに困るなら放置してくださっても構わないんですがねぇ」


 母と祖母なら会う理由があるし、友好的な関係を築いていきたいと思う。

 だが、親戚まで手を広げ出したらキリがない。

 グレン侯爵家は祖母となる王太后のご実家であるのは間違い無いのだが、どう接していいのかわからぬくらいならそっとしておいてほしいと、つい思ってしまう。

 別に関わるのが嫌では無い、だが、困るくらいなら無理して関わらなくてもいいんじゃないかというのが素直なところだった。


「そうもいくまい。下手をすれば、サムとの関係を深めるために娘を――などという展開が待っているかもしれぬぞ」

「そんな馬鹿なことがあるのでしょうか」

「無論、ありえる。グレン侯爵家には娘が三人、上は二十歳から下は十歳までいる」

「そこまでして俺と関係を持つ必要があるんですかねぇ」

「サムはあまりわからぬかもしれぬが、ウォーカー伯爵家をはじめとして、そなたと婚約した娘の家はどこも羨ましがられているぞ。無論、王家もな」

「えっと、なぜですか?」


 自分と婚約してなにかメリットでもあっただろうか、と悩む。

 サムはリーゼたち婚約者たちを、メリットデメリットで考えたことはない。

 もちろん、当初は望まない婚約だった人もいるが、今では縁があってよかったと思えるほど親しくなっている。

 また、そう思わせてくれるほど、よい女性たちばかりなのだ。


「そなたはもっと自分の価値を自覚すべきだな。王国最強の宮廷魔法使い――もし、その才能と魔力を次の世代に引き継げるとしたらどうする? スキルも持っておるし、王家の血も引いている。剣の才能は恐ろしいほどにないが、それを差し引いても喉から手が出るほどほしいだろう」

「血ですか」

「不満か?」

「いえ、貴族ならそういう考えも仕方がないかと思います」

「まあ、宮廷魔法使いになった時点で、そなたを引き込みたい家は多い。ただ、その前にウォーカー伯爵と縁があったというだけだ。ジョナサンに感謝しておくといい、懸命にそなたが煩わしい思いをしなくていいように頑張っているのだぞ」

「旦那様にはいつも感謝しています」


 見合いの申し出などを水面下で断ってくれているのはサムも知っている。

 他にも、いろいろな世話になっているのだから、頭が上がらない。


「とはいえ、ジョナサンが頑張ろうと今後も婚姻関係を結びたいという申し出は尽きないだろう」

「もう、俺には五人も婚約者がいるんですが」

「ならひとり増えたところでよいではないか、と言われてしまうだけだ。おっと、フランがいるので六人だな。なら、七人、八人と増えても構うまい」

「構いますから! それに、たくさん婚約者が増えてしまったせいで、誰かがおざなりになってしまっても嫌なんです」

「それはそなたの頑張り次第ではないか?」

「そうですけど! あ、あと、形だけの結婚なんてごめんです! 愛のない結婚生活なんてぜったいに送りたくありません!」

「……本当にサムは貴族に向かないな。いや、そうでもないか、ウォーカー伯爵、ティーリング子爵、イグナーツ公爵も、妻はひとりだけだったな。まあ、よい。そなたのそのような真面目な一面も余は好んでいる。サムはサムの思った通りにすればいい。多少の面倒ごとなら余たちでなんとかしてやろう」

「ありがとうございます」

「よいよい、サムは余の息子となる以前に甥でもあるのだ。この余になんでも頼るといい」

「お世話になります」

「うむ、うむ」


 甥であり、義理の息子となるサムに頼られることを嬉しく思ったのか、クライドは満足そうに頷いた。

 そんな会話を続けていると、王宮の居住区の中でも最も奥へたどり着いた。


「そうこうしている間に、母の部屋についてしまったな。すまぬが、余はここまでだ」

「え? 俺ひとりで王太后様とお会いになるんですか?」

「すまない。母の望みなのだ」


 初対面の王太后とサムひとりで会うのは緊張する。

 祖母と言われても面識さえないのだからなおさらだ。

 そもそも王太后は公の場にあまり顔を出さない。

 亡き先代国王や、王弟を偲び、表舞台に出ることをやめたと聞いたこともある。


「その、気軽にお会いできる方ではないと思うのですが」

「余としては、母がそなたと会ってくれることを嬉しく思っている。ロイグを亡くして以来、気落ちしているのだ。あまり誰かと会おうともせず、公の場に顔を出すことも減ってしまった。そのせいか病気だなどという噂まで出ている」

「そうでしたか」

「余からすると、手のかかる困った弟だったが、母にはそれゆえかわいかったのだろう。一時期は塞ぎ込んでしまったほどだ。そんなロイグの忘形見だからこそ、母は会いたがっているのだろう」

「俺の存在を疎ましく思われないといいのですが」


 不安なのは、予期せぬ王弟の息子であるサムの存在を不快に思わないか、だ。


(こんな言い方はしたくないけど、母は平民出身だからなぁ。王弟とお似合いかって聞かれたら、うん、返答に困る。王太后様がそのことを悪く思っていないといいんだけど)


「そんなこと心配はせずともよい。母はそなたの活躍などを気にかけている。嫌っていたら、そもそも会おうとはせぬだろう」

「……ならいいのですが。とにかく嫌われない様に頑張ります」


 王太后との対面が近づき、緊張が大きくなる。

 祖母以前に、ステラの祖母なのだ。

 嫌われたり疎ましく思われたりしたくないというのがサムの素直な心情だった。


「――サム、母を頼む」

「かしこまりました」


 クライドに頷くと、彼は満足そうに微笑んだ。

 そして、ひとつの部屋を守るように立つ近衛兵に声をかける。


「ご苦労。母に会いにきた。通してもらおう」

「――は」


 近衛兵が一歩引き、扉を開く。

 部屋の中には、初老のメイドが待っていた。


「クライド陛下、ようこそおいでくださいました」

「母にサムを、サミュエル・シャイトを会わせるために連れてきた」

「はい。王太后様はすでにご承知です。どうぞ、お入りください」


 サムはクライドと別れ、老メイドに連れられて王太后の待つ部屋の中へ足を踏み入れた。



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