16「ナジャリアの民の計画です」




 スカイ王国の辺境にある小さな隠れ集落。

 ナジャリアの民と呼ばれる一族がそこには暮らしていた。

 彼らは、スカイ王国を奪おうと行動している危険な民族である。彼らの脅威は魔法に長けていることと――人を食う禁忌を平気で破ることだ。


 そんなナジャリアの民を一掃しようと計画されたことは一度や二度ではない。

 しかし、結界に囲まれた彼らの集落を見つけることができなかった。

 ならば、集落の外に出たところを地道に倒していこうと考えられたが、集落の外に出る人間は例外なく強かったため、多くの場合が返り討ちになってしまった。

 今までナジャリアの民と互角に戦えたのは数人程度しかいない。

 つまり、ナジャリアの民は強いのだ。


 そんなナジャリアの民の長の家に、ひとりの男が呼ばれていた。


「お呼びか、長?」

「応、来てくれたか、アナン」


 アナンと呼ばれたのは、三十半ばほど男だった。

 鍛えられた筋肉質の長身に、白い衣服を身につけ、短く髪を刈り込んだ武人めいた印象を受ける人物だ。

 そんな彼の耳や鼻、唇には、金でできたピアスが複数個飾られていた。

 ナジャリアの民では、身分が高い人間のみが金細工を身につけることができるという決まりがある。

 その金細工のほとんどが略奪品であるが、奪ったものを身につけるのは強者の証であり、誉だった。


「聞いたぜ、長。ヤールの野郎が任務を失敗したみたいじゃねえか」

「失敗じゃないないが、成功でもないってところだ」

「はっ、そいうのは失敗って言うんだよ。で、俺の番か?」


 期待に瞳を輝かすアナンに、長は頷いた。


「そうだ、アナン。お前の番だ」

「おうよ! 最近暴れてねぇから楽しみだぜ! で、なんだ。そろそろスカイ王国を攻め滅ぼすのか?」

「まだ早えよ。面倒なことに、今の俺たちじゃ太刀打ちできない魔法使いが現れた」

「おいおい、弱気じゃねえかよ。ひ弱のヤールならさておき、俺や長なら敵はいねえだろう」

「そう願いたいな」

「で、俺がその魔法使いを殺してくればいいのか?」

「違う違う。アナンの力は疑っていないが、まずやってもらいたいことがある」

「あ? なにをしろっていうんだ?」

「――異世界人の捕縛だ」

「へぇ」


 異世界人という単語に、アナンに興味と期待が宿った。


「半年ほど前に、オークニー王国に異世界人が現れたのは知っているか?」

「ああ。せっかくあの国を潰そうとダンジョンを暴走させたのに、ったく、そうか異世界人がやりやがったのか。で、捕縛してどする? 殺すのか?」


 異世界人が例外なく優れた力を持っていることは、アナンも知っている。

 あの忌々しい勇者も、異世界人だった。


「そうしたいのはやまやまだが、異世界人は興味深い。奴らの国はとても栄えているという。で、ありながら魔法は存在していないないらしい。ぜひその世界を知りたいと思わないか?」

「なんだ、つまらねえぇ。捕まえて食って殺すわけじゃねえのか」

「まあ、そう言うなって。それにおもしろい話もあるんだ。どうやらその異世界人は魔眼持ちらしい」

「――っ」

「アナン、お前は魔眼を集めるのが好きだろ?」


 長の言葉に、アナンの唇が釣り上がった。


「さすが俺の長だ! 俺の好みをよくわかっていやがるじゃねえか!」


 アナンは魔眼保有者を狙うのが好きだ。

 魔眼が欲しくてたまらないのだ。

 ゆえに、保有者を襲い、片目を喰らう。そして、もう片方の目は大切に保管するという趣味がある。

 もともとアナンは、魔眼持ちに憧れていたが、この世界において魔眼を持つ人間は魔力を持って生まれる子よりもはるかに少ない。

 そのため、アナンは魔眼保有者を食うことによって、魔眼を手に入れようとしているのだが、今のところを魔眼を手に入れることはできていない。

 そんなアナンが、異世界人に魔眼持ちがいると聞いて我慢できるはずがない。

 この世界の魔眼保有者を食っても魔眼は得られなかったが、異世界人なら魔眼を手に入れることができるかもしれない。そんな思考をする。


「いいぜぇ、その異世界人を俺が攫ってきてやるよ。だけど、魔眼は俺がもらうぜ?」

「構わない。目が見えなくても会話がができれば問題ないからな。だが、気を付けろよ」

「あん?」

「どうやら異世界人の少年は、周囲の人間を虜にするなにかを持っている。俺はそれが魔眼だと察したんだが、実際は不明だ。期待させて悪いがな」

「いや、魔眼だろ。おそらく魅了の魔眼だな。まあ、俺がいうことじゃねえがガキが持つには少々タチが悪いだろ」


 魅了の魔眼は、その魔眼の強さにもよるが相手の意思をねじ曲げて魅了してしまう能力を持っている。

 擬似的な感情を与えるとも、洗脳状態になるとも言われているが、実際はわかっていない。

 ただ間違いないのは、魅了の魔眼を使えばどんな相手でも自分に好意を寄せるようにできるということだ。


「魅了の魔眼はいくつかコレクションしているけどよぉ、異世界人の魅了の魔眼ならまた違うな。へへ、楽しみだぜ」

「そうそう、その少年が無理ならもうひとり異世界人がいるからそっちでも構わないぞ」

「ああ? オークニー王国は異世界人がふたりもいるのかよ!」

「そっちは聖女だそうだ。なんでも回復魔法に長けていて、魔力も膨大だという」

「いいねぇ。肉の取り合いになりそうだな。ま、俺はいらないが」

「回復魔法使いを食えば寿命が伸びる、と老人どもは信じているからな。ま、いいさ。食っている間だけは大人しい」


 禁忌のひとつに、回復魔法使いを食うことで寿命が伸びるとされるものがある。

 ナジャリアの民では、とくに長老会に所属する老人たちが、終わりの近づいた寿命を延ばすために回復魔法使いを欲している。


「で、俺はどこに行けばいいんだ?」

「――スカイ王国、王都」

「おおっ、俺たちの悲願の土地か!」


 アナンは、自分がまだ足を踏み入れたことのないスカイ王国王都に行けることを、心から喜んだ。


「数日後、オークニー王国とスカイ王国の交流会があるらしい。そこで隙があれば、頼んだぞ」

「任せときな!」


 その後、談笑を交えて近況報告を伝えたアナンが、長の家から出ていく。

 ひとり残った長は、今後のことを考え目を瞑る。


「やれやれ、異世界人には興味がないが、異世界は興味深い。いずれスカイ王国を制した後に、新天地として向こう側に渡れるのであれば、それはそれで面白そうだ」


 スカイ王国奪還を掲げているのは、長老会の老人どもだ。

 長を含めた現役世代もスカイ王国を狙っているが、妄言を吐く老人たちとは、その目的が違う。


「かならずスカイ王国を手に入れてみせます。それまで、しばしお待ちください。――我らの父よ」


 長は虚空に向かい祈りを捧げる。

 そして、目的を果たすために、思考を巡らしていくのだった。



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