15「異世界人霧島薫子の場合」②




 なぜか崇められることが多くなってしまった薫子であったが、やることは変わらない。

 教会で治療を行い、空いた時間でポーションを作る。お給料をもらって、ちょっと美味しいものを食べて、お酒を飲むのだ。

 ただ、治療すれば患者は涙を流して感謝するようになったし、食事にいけば頼んでいないのに高級料理が出てくるようになった。

 違う。そうではない。普通でいいのだ。普通に扱ってほしいのだ。

 だが、善意でしてもらっていることなので文句を言うことができるはずもなく、王都の人たちの好意を受け入れつつ、その分普段の行動で返そうと決意した。


 そんな薫子だが、些細な夢はある。

 異世界で永住することが決まってしまっても、いや、決まってしまったらならなおさら、いつかは素敵な人と出会って、恋愛して、結婚し、男の子と女の子の子供がほしい。

 ありがたいことに、というか当たり前だが、給料とは別に生活の保証をしてもらっている。

 おかげで結婚資金に困ることはない。

 問題は相手がいるかどうかだ。


 実を言うと、薫子に結婚の申し込みがある。しかも、貴族からだ。

 王国も良縁だと言ってくれるのだが、知己の騎士や魔法使いたちがなんとも言えない顔をしていたので、貴族の申し出は断っておいた。

 王国としては、聖女と呼ばれるほどの回復魔法を次の世代に残すことを期待しているのだろうし、承諾も得ず召喚した負い目から人並みの幸せを手に入れてほしいと考えてくれているのだろうが、ならば恋愛面では放置してほしい。

 愛する人というのは用意してもらうものではない。自分で見つけるものなのだ。

 幸いというべきか、知り合いは多い。聖女になる前からお茶や食事に誘われもしている。

 自分は地道にコツコツやっていこう。仕事も恋愛も、そのほうがいいと思った。


 聖女と呼ばれながらも地味な日々を送っていたある日、薫子の耳に、同郷であり勇者と呼ばれるようになった葉山勇人が王女と結ばれたという話が届いてきた。

 なにをしとるんじゃ、あいつは――と思った。


 思えば、数える程度しか勇人とは言葉を交わしたことがない。

 彼の上から下まで舐めるような品のない視線が嫌だったので、パーティーなどの催しではあいさつ程度で関わらないようにしていた。

 そんな自分の感情を察してくれるのか、それとも勇人の悪い噂を聞いているせいなのか、治療したことで親しくなった騎士たちが壁になってくれていた。


 勇人も、大陸最強などと持て囃されて調子に乗っているが、体格のよい騎士を前にするとビビってしまうようで、すぐ逃げていった。実に情けない。

 すると、すぐに勇人の周りの女たちが、蜜に群がる虫のごとく集まってきてあーだこーだと喚く。

 そして、なぜか勇人がドヤ顔をするのだ。

 馬鹿馬鹿しいので相手にするのをやめた。この手の類は、放置が一番だ。


 そうして関わらないでいたのだが、その間にも勇人の快進撃が続いていたようだ。

 王女を皮切りに、姫騎士、公爵家令嬢、妖艶な人妻魔法使い、挙げ句の果てには王妃様にまで手を出しやがった。

 王女以外は婚約者か恋人、そして夫がいる人たちばかりだ。

 寝取り趣味でもあるのか、と話を聞いた時つい思ってしまった。


 幸いと言っていいのか迷うが、オークニー王国の第一王妃は国王と不仲であり、公の席以外では顔を合わせないほどらしい。国王の寵愛を受けているのは、年若い第三王妃であるらしい。

 勇人も第三王妃に手を出していたらまずかったが、第一王妃なので見逃されたようだ。

 お目溢しを受けて調子に乗った勇人は、ハーレムを作り上げた。

 そして、その食指を今度は国の外にまで伸ばそうとしている。

 いったい、奴のどこにそれほどの魅力があるのかわからない。

 もしかしたら、異世界人はああいう根の暗そうな奴のほうがモテるのかもしれない、だが、女性陣以外からは不評だ。

 異世界人がみんなああだと思われるのは心外なので、もう少し馬鹿な言動を控えてほしいと切に思った。


「スカイ王国に行きたくないなぁ。絶対揉め事が起きるって」


 数日後、同盟国であるスカイ王国へ、薫子とたちは訪問することが決まっている。無論、そのメンバーの中に勇人もいる。

 ナジャリアの民とかいう危険な一族への対策会議というが、実際は国同士の力の見せ合いっこをするだけだ。

 ならば勇人を連れて行かないわけがないだろう。


「あのバカが主人公でにでもなった気でいるし、まわりの女たちはそんなバカをちやほやするからつけ上がるし……うん、揉める。絶対、揉めるわ」


 知人たちからの噂でしかないが、勇人がなにやら企んでいるようだ。

 どうせろくでもないことだと決まっている。

 ハーレムメンバーは誰がスカイ王国についていくかで揉めて決闘騒ぎまでしているし、大変だ。というか、馬鹿馬鹿しい。

 薫子としては、間違いなく揉め事が起きるであろう交流会に参加せず、いつも通り地味な生活をしたいのだが、国王直々から同行を頼まれてしまっているので断ることができない。


「あー、スカイ王国に行きたくない! 教会でのんびりポーション作っていたい!」


 いっそ誰かが調子に乗っている勇人をぶっ飛ばしてくれないだろうか、そんなことを思う薫子だった。



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