第五章

1「家族との再会です」①




 マニオン・ラインバッハの起こした魔剣騒動から一週間が経った。

 サムは、王都にある王弟ロイグ・アイル・スカイの屋敷にて、懐かしい家族と再開を果たしていた。


「ぼっちゃま! このダフネ・ロマックは、ぼっちゃまが王都で大成功したことが嬉しくて嬉しくてっ!」

「ちょ、ダフネ! 泣かないでよ!」

「たった四年で、クソど田舎まで名声が響き渡る坊っちゃまを誇りに思います! ああっ、このダフネ、こうしてぼっちゃまと再会できたことおを嬉しく思います!」

「俺もダフネとまた会えて嬉しいよ」


 白に近いブロンドヘアーを伸ばし、アップにまとめ、銀縁の眼鏡をかけたのは、ダフネ・ロマックだ。

 彼女はサムのよき姉であり、母でもある大切な存在である。

 普段は、切れ長の瞳を持つ厳しそうな女性だが、今は号泣していて普段の面影もない。

 そんなダフネは、四年前と容姿が変わっておらず、二十代半ばのままの外見をしている。

 フレアスカートとブラウスを身につけた彼女の姿は、メイド服しか見たことのないサムには新鮮だった。


「サム坊っちゃま、大変ご無沙汰しております。成長なされた姿を見ることができ、私も嬉しく思っております。そして、我々をお雇いくださったことに、お礼申し上げます。」


 丁寧に腰を折って挨拶をしてくれたのは、デリック・モリソンだ。

 初老ながら背筋をピンと伸ばした若々しさを保っている。

 今日はスラックス姿だが、サムの記憶では執事として身嗜みを綺麗に整えた老紳士だ。

 彼もまた、サムにとって、父であり、祖父のような掛け替えのない存在だった。


「デリックも、久しぶりだね。また会えて嬉しいよ。でも、ふたりともよかったの? ラインバッハ、じゃないや、リーディル子爵領から出ちゃって」


 ダフネとデリックは、元ラインバッハ男爵家の屋敷で、他の使用人たちと一緒に変わらず働けることとなっていた。

 しかし、ふたりは、サムが国王から王弟の屋敷を拝領し、いずれそこで生活することを知っていたのか、王都で働きたいと言ってくれた。

 聞けば、長年ラインバッハ男爵家を支えていたふたりは、リーディル子爵から高待遇で迎えられる予定だった。それを蹴って、サムの下で働きたいと言ってくれたのだ。


「構いません。ダフネは独り身ですし、私には妻と子がついてきてくれましたので。聞けば、陛下から拝領したお屋敷に我々を住まわせてくださるとか」

「あ、うん。いずれそっちの屋敷で生活する予定なんだけど、今はほら、リーゼ様が妊娠したばかりだから、やはりご実家で生活した方がいいと思ってね。しばらくウォーカー伯爵家でお世話になるけど、その間の屋敷の管理をお願いしたいんだ」

「もちろんです。誠心誠意働かせていただきます」

「ありがとう。デリックには執事としての、ダフネはメイドとしての、それぞれの長として変わらず働いてほしいんだ」

「よろしいんですか、ぼっちゃま? その、私たちを変わらず雇ってくださるのは大変嬉しいのですが、陛下がもっとよい人材を用意してくださるのではないでしょうか?」

「俺にとって、ふたりが一番なんだ。安心して任せることができるんだ」


 サムにとって、ダフネとデリックは誰よりも信頼できる存在だ。

 幼い頃から、家族同然の付き合いであるふたりなら、拝領した屋敷の管理を任せることができる。

 国王クライドが用意してくれる使用人たちを信用していないわけではないが、なにかしらどこかの貴族との繋がりがあったりする可能性だってあるのだ。

 ちゃんと働いてくれるのなら、別に気にはしないが、それでも信頼関係の面ではダフネたちに劣る。

 なによりも、リーゼのお腹にいる赤ちゃんや、今後の婚約者たちとの未来を考えると、心から大事な人を託すことのできる人が傍にいてほしい。


「――っ、ぼっちゃま! そこまでこのダフネを信頼してくださるとは! わかりました、ぼっちゃまを主人とし、心から尽くさせていただきます!」

「私も、今まで以上に働かせていただきます」

「ありがとう、ふたりとも。給料は期待していてね。幸い、貯蓄はあるし、宮廷魔法使いになったから毎月結構な給料ももらえるから、お金に不自由させることはしないよ」


 すでにいくつか宮廷魔法使いとして働いたサムには、その都度、それなりのボーナスが出ている。

 竜から王都を救った、違法売買を行う貴族の摘発など、サムでなければできなかったことを正当に評価してもらったからこそだ。


「出世なさいましたな。あのサム坊っちゃまが宮廷魔法使い、いえ、スカイ王国最強の魔法使いになってしまうとは……このデリック、大変嬉しく思います」

「あはははは、なんだか照れるなぁ。あ、そうそう、今日は一緒じゃないけど、今度婚約者のみんなとも会ってほしいんだ。こんなことを言われたら迷惑かもしれないけど、俺にとってダフネとデリックは大切な家族だから」


 少し恥ずかしそうに言ったサムに、デリックは深々と頭を下げ、ダフネは瞳を潤ませた。


「ぼっちゃまに家族だと思っていただけるなんて、幸せです!」

「――そのお言葉だけで、このデリック十分です」

「いや、会ってね」

「もちろん、未来の奥方様たちにお会いさせていただきます。ところで――」

「うん?」


 顔をあげたデリックが、神妙な顔をしてサムの背後を見る。


「そちらの男性も、その、サム坊っちゃまのよい人なのでしょうか?」

「ちげーよ」

「しかし、先ほどからずっと、サム坊っちゃまのお尻を撫で回しているののは気のせいではないと思うのですが」

「気のせいならよかったんだけどね! 悲しいかな、現実なんだ! 俺もそろそろ変態の行動に慣れつつあるのが嫌だよ!」


 そう、実は、ダフネとデリックと四年ぶりの再会を果たしたサムの背後には、取り憑いた幽霊のようにギュンター・イグナーツが張り付いていたのだ。

 彼は、サムがふたりと会話していることをいいことに、尻を好き勝手に撫で回し、揉んでいたのだ。



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