エピローグ「ナジャリアの民」




 スカイ王国辺境にあるとある集落にて。

 お世辞にも人が住んでいると思えない小さな建物が乱立する中、数件だけまともに人が生活できる家があった。

 その中でも一番大きな家に、この集落――ナジャリアの民の長がいた。


「ヤールよ、ご苦労だったな」


 白い簡素な服に身を包みながら、金のネックレスやブレスレットをじゃらじゃらと身につけた五十代の男が、眼前に膝をつく青年をねぎらった。

 赤いターバンを巻いた青年は、先日マニオン・ラインバッハに魔剣を与えたヤールだ。


「いいえ、長。私も、私が作った魔剣があのサミュエル・シャイトに通用するのか試したかったので都合がよかったです」

「そう言ってくれると助かる。で、サミュエル・シャイトの実力はどうだった?」

「さあ」

「……さあ、ってお前な」

「いやはや、サミュエル・シャイトの弟でしたので、利用できると思ってマニオン・ラインバッハに魔剣を与えてみたのですが……感心するほどの無能だったため、なにもできずに敗北してしまいました」

「なんだ、あれだけの魔法使いの弟は出がらしか?」

「いいえ、実をいうと血縁関係がまったくないそうです。赤の他人、ということでした」

「は?」

「えー、つまりですね。サミュエル・シャイトの母親は、ラインバッハ男爵とは別の男性との間に子供を作っていたのです」

「それが、サミュエル・シャイトってことか?」

「そうらしいのです」

「ふ、ふはは、ふははははははははははははははっ!」


 ナジャリアの長が、呵呵大笑した。

 その笑い声は、家の外まで響き渡り、何人かのナジャリアの民がなにごとかと動きを止めるほどだった。


「こう言っちゃなんだが、ラインバッハ男爵も間抜けだな。普通、自分の子かそうじゃないかくらいわかるだろう」

「おそらく、なんとなくですがわかっていたんじゃないのでしょうか。でなければ、あれほどの魔法の才能を持つ彼を、能無しと罵り不遇な扱いをしなかったでしょう」

「その男爵様も、今は強制労働か」

「何度か逃げ出そうとしたようですよ。ヨランダ奥様など、逃げ出そうとして足を踏み外し、崖から転落してしまったそうです」

「死んだのか?」

「いいえ、両手足が明後日の方向に曲がってしまったそうですが、とても元気らしいですよ。よかったですねぇ、これで働かなくてすみますよ」

「そういうのは良かったとは言わねえだろ。まあ、いいさ。それよりも、サミュエル・シャイトだ。あの子供の父親はわかっているのか?」

「さあ」

「だから、お前な、ちゃんと調べてこいよ」

「少し会話はしましたけど、スキルを使われてばっさりです」

「ああ、キリサクモノだったな。あれは厄介だ。魔法じゃなくてスキルだっていうのが面倒だ。ったく、神もなぜあれほどの魔法の才能を持つ人間に、凶悪なスキルを持たせたんだかな。ずるいねぇ」

「まったくです」


 世間話のような雰囲気だが、実際ふたりはサムを大いに警戒しいていた。

 スカイ王国を奪うという悲願を叶えるためには、サミュエル・シャイトが邪魔でならない。

 サムだけではない、ギュンター・イグナーツも、紫・木蓮も、デライト・シナトラも、そして、かつてはウルリーケ・シャイト・ウォーカーも邪魔だった。


 そこでナジャリアの民が企んだのは、宮廷魔法使いをはじめ、魔法軍、騎士団を内側から崩壊させることだ。

 アルバート・フレイジュに、魔法の火力を数倍にする魔道具を与え、筆頭宮廷魔法使いにすることで権力を握らせた。

 あとは、アルバートを放置することで、国を腐らせていく。

 目的は順調だった。

 アルバートとその仲間たちは、増長し、ナジャリアの民でさえ手を出さない竜に手を出した。

 そして、竜の怒りを買い、王都は壊滅する――はずだった。


 だが、まさか竜と戦える人間がいるなんてナジャリアの民たちにも予想外だった。

 そこでサミュエル・シャイトの存在をはじめて認識した。


 続いて、以前から資金援助をしてくれる代わりに、魔剣を提供する約束をしていたミッシェル家を動かそうとするも、それよりも早くユリアン・ミッシェルが暴走した。

 いい機会だと、サムの実力を測ろうとしたのだが、忌々しいことに雨宮蔵人との戦いはギュンターや木蓮がその場にいたせいで観察できなかった。

 しかし、サムの魔力が想像以上であることはわかった。

 さらに、ナジャリアの民を何人も斬り殺したことのある雨宮蔵人の右腕を切り落とすことさえしたサムへの警戒を大きくした。


 そして、マニオン・ラインバッハを利用した。

 彼が抱いた誇大妄想はさておき、弟を手にかけられるか試してみたかった。

 だが、そもそもの話として、血の繋がりがなく、それ以前に兄弟の情もなにもなかった。

 マニオンの自滅で、サムの実力さえまともに見ることができず決着がついてしまった。


「このままだとまずいな。サミュエル・シャイトのせいで、計画を立て直す必要がある」

「ですねぇ。私の魔剣では現状太刀打ちできないでしょう」

「俺が戦ってもいいが、正直勝てるかわからん」

「同感です。困りましたね」

「しかたがない、もう少し力を蓄えるか」

「と、いいますと?」

「オークニー王国に異世界人が現れたのは知っているか?」

「ええ、もちろんです。随分と魔法に優れているそうですね。一部の人間は、勇者とも」

「食いたいなぁ」

「きっと素晴らしい力が手に入るでしょうね。異世界人は例に漏れず、尋常ではない力やスキルを有していると聞きます」

「動かせる兵はいるか?」

「あー、はい。ひとりですが」

「はぁ。ナジャリアの民は、数がいないのが弱点だな。だが、我が一族の戦士ひとりは、一騎当千の実力を持つ。異世界人だろうと負けはしないだろう」

「では、手配を。我々が動き出したことをスカイ王国が察知した以上、オークニー王国をはじめ、周囲の国々とともに警戒を始めるでしょう」

「俺たちはスカイ王国以外に興味はないんだが、まあ、しかたがねえな」


 ヤールは立ち上がると恭しく礼をする。


「そうだ、ヤール」

「はい?」

「いろいろと使って悪かったな。しばらくは魔剣製造に専念しろ」

「かしこまりました」

「あと、近くの村からガキを数人さらってきてやった。使うなり、食うなり好きにしろ」

「さすが長。部下の労い方をわかっていらっしゃいますね。ありがたく頂戴します」

「応」


 唇を釣り上げた、ヤールが恭しく礼をして、長の家から去っていく。

 残された長は、楽しそうな笑みを浮かべた。


「サミュエル・シャイトか、ああ、楽しみだ。お前はどんな味がするんだろうなぁ」



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