57「事後処理です」②
「商家で働いている人たちはどうなりますか?」
「案ずることはない。商業ギルドの方が面倒を見てくれるので、すでに各自次の職場は決まっている」
「それはよかったです」
ヨランダのしでかしたことで、父親に被害がいくことは仕方がないことなのだろうが、そこで働く人たちになにか問題があっては寝覚めが悪い。
ちゃんと従業員のフォローがされることにサムは安堵した。
「ラインバッハ男爵領は今後どうなっていくのでしょうか?」
一番気がかりだったのは、領地のことだ。
男爵家が取り潰されるのは構わないが、家族同然だった使用人のみんなが路頭に迷うのは望んでいない。
男爵領に暮らす人々の生活だって心配だ。
サムの不安に気づいたのか、クライドは安心させるような優しげな笑みを浮かべて教えてくれた。
「ラインバッハ男爵領は、リーディル子爵領となる。ラインバッハ男爵家の屋敷は、リーディル子爵の親族が使うことになっている。使用人たちもそのまま働くことになっているので安心して良い。ただ、サムのもとで働きたいと訴える者がいる」
「俺のところで、ですか?」
「うむ。ダフネ、デリック、と聞けば心当たりがあるだろう?」
「あのふたりが?」
「うむ。もともとそなたの元へ早くに駆けつけたかったようだが、タイミングに恵まれなかったそうだ。そこで、そなたさえ構わなければ、ロイグの屋敷で働かせてはどうだ? そなたも気心の知れた者が屋敷を管理していた方が安心できるのではないか?」
「ご配慮に感謝します。ぜひ、そうしていただけると嬉しいです」
ダフネとデリックが自分の元で働きたいと言ってくれているのは嬉しかった。
ラインバッハ男爵たちには関心がないサムだが、家族同然だったダフネとデリックたちだけは気にしていた。
できることなら、婚約者たちを紹介したいとも考えたこともあった。
ダフネたちが王都に出てきて、下賜された屋敷を管理してくれるなら、これほど嬉しいことはない。
「うむ。では、そうしよう」
「ありがとうございます!」
笑顔でお礼を言うサムに対して、どこか疲れたようにため息をつた国王に、サムが首を傾げつつ、恐る恐る訪ねた。
「あの、まさかまだ問題があるんでしょうか?」
「実は――ある」
「……あるんですか」
尋ねてみたものの、本当にまだ問題が残っているとは思わなかった。
だが、他に何かあっただろうか、と考えるが思い浮かばない。
そんなサムに、クライドが困った声音で告げる。
「ラインバッハ男爵家の正室だったハリエットと、その息子であり男爵家の跡取りだったハリーに関してだ」
「……あー」
(言われてみれば、そんな人たちもいた気がするけど、そもそも面識さえないんだよなぁ)
その存在さえ、最近知ったばかりで、ハリエットとハリー母子がどんな人間なのかさえサムはわからないのだ。
「男爵家を取り潰す以上、ふたりも貴族ではなくなるのだが、身寄りがないのだ」
正確に言うと、かつてはハリエットの両親が健在だったが、現在は他界してしまっているらしく、親戚もいないという。
「少なくともハリエットは、貴族でなくなることに抵抗がないようだが、住う場所がないのが考えものだ」
「男爵領というか、もともと暮らしていた場所に戻ればいいのではないですか?」
「男爵はとてもじゃないが良民に好かれていた領主ではないゆえ、妻だった以上、故郷で暮らせないと言っているようだ。さらに、困ったことだが」
「まだあるんですか?」
「後継者だったハリーは、ラインバッハ男爵の血を引いていないらしい」
「――んん?」
頭の痛そうにするクライドの言葉を、サムは理解できなかった。
「つまり、そなた同様に、ハリーもカリウス・ラインバッハの子供ではないと言うのだ」
「――はい?」
「驚くのも無理はない。余も聞いたときには耳を疑った。無論、事情を問いただしたのだが、もともとハリエットが男爵の愛人だったことは知っているか?」
「いえ」
「なんでも婚約者がいたにもかかわらず、容姿が気に入ったという理由だけで無理やり愛人にされたらしい。親も、娘が貴族の愛人になるのなら、と喜んで差し出したと言う。だが、ハリエットの腹には婚約者の子がいたらしい」
「どこかで聞いたことのある話ですねぇ」
というか、女性ふたりに同じことをされているカリウスに、どう反応していいのかわからない。
ただ、同情はできなかった。
とくにハリエットの場合は、婚約者がいるのに手を出したカリウスの自業自得だ。
(ていうか、これでラインバッハ男爵家の血筋が絶えることになるのか。うん、どうでもいい!)
「ラインバッハ男爵は自分の子供だと勘違いしていたようだが、まあ、そのあたりはどうでもいいだろう。真偽を確かめる必要もない。問題は、ふたりをどうするか、である」
「いや、俺に言われましても」
せめて自分と血の繋がりがあったり、顔見知りだったりしたらなんとかしてあげたいと思えたのかも知れないが、ハリエットとハリーの存在は最近まで知らなかったのだ。
「へえ、そんな人がいたんだぁ」以上に、感想がない。
冷たいかもしれないが、サムのハリエットたちに対する感情はないに等しい。
大切な婚約者と家族がいるのだ。他人に、関わっている暇はないのだ。
「そうであろうな。当初、コフィ子爵が引き取ることも考えられていたが、ラインバッハの血を引いていないのなら、その理由もなくなる」
「でしょうね。コフィ子爵にも赤の他人ですからね」
縁を切っていた息子の血を引いているのならさておき、赤の他人の血が流れているハリーを引き取ろうとは思わないだろう。
これは、コフィ子爵がどうこうではなく、仕方がないことだと思う。
「イグナーツ公爵が領地に住まいを与えてもいいと言ってくれているのだが、どうする?」
「……その、なんでしたらダフネたち同様に俺が預かっても」
「そなたが優しいことは知っているが、それはやめておくといい」
サムにとっても関わりのない親子だが、それでも露頭に迷われると気分が悪いので、引き取ろうと考えたが、クライドに反対された。
「なぜです?」
「すでに気づいていると思うが、そなたとハリーは境遇が似ている。だが、決定的な違いもある。それは、父親だ」
「えっと俺の父親が王族で、ハリーの父親は、えっと、どこのどなたでしょうか?」
「男爵領に住まう商人だ。このような言い方はしたくはないが、ハリーにそなたのほうが立場が良いと逆恨みされる可能性がないわけではない。関わらないのが一番だ」
「そんなもんですかねぇ」
サムはピンとこなかったが、クライド曰く、成長したハリーがサムをどう思うか不明だという。
理不尽だが、サムさえいなければ、マニオンが馬鹿な真似をせず、男爵家が潰れず、自分も貴族でいれたと思うかもしれない。
無茶苦茶な、と思うだろうが、それが逆恨みであり、人間の感情ほど理不尽なものはないという。
「逆恨みする可能性があるのはハリーだけではなく、母ハリエットも同じだ。我が子が男爵家を継ぐどころか、貴族から平民になってしまった。勝手なことを、と思うだろうが、そんなことを思い妬み、恨んでしまうのが人間だ。お互いのためにも距離を置いた方がいい」
「……では、ふたりのことをお願いします。冷たいと思われるでしょうが、面識のない人間をどう扱っていいのかわかりません」
無理に関わる必要がないのであれば、それが一番だと思う。
あとで逆恨みされても困るし、無駄な争いはしたくない。
イグナーツ公爵が手を差し伸べてくれるのであれば、ふたりのためにもお任せするのが一番だろう。
「悪いようにしないと約束しよう。安心するとよい」
「よろしくお願いします」
こうして、ラインバッハ男爵家の面々の処遇が決まった。
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