58「ナジャリアの民についてです」①
「――さて、一番大きな問題の話をするとしよう。マニオン・ラインバッハが魔剣を所持し、その魔剣が斬った相手の魔力と体力を奪うという能力を有していた。そして、その魔剣を与えた人物がなんと」
「ナジャリアの民と名乗りました」
クライドが、天を仰いだ。
しばらくそうしていた彼は、大きな嘆息と共に、サムに疲れた視線を向ける。
「やはり、奴らか」
「ご存知でしたか?」
「無論だ。奴らは、長年この国を苦しめている」
「初耳でした」
少なくともサムはジョナサンやギュンターからナジャリアの民の話を聞いたことがなかった。
またウルと、スカイ王国を拠点としていたときも、ナジャリアの民に遭遇したことはない。
あくまでもそういう民族がいるとしか知識でしか知らなかった。
「ここ何年かくらい静かにしていたので無理はない。だが、再びなにかをしようと動き出したのは頭が痛いことだ。しかも魔剣まで持ち出して、何を考えているのやら」
「ナジャリアの民は大陸北部の民族です。なぜ南のスカイ王国に絡んでくるのですか?」
サムは、クライドに疑問をぶつける。
本来なら、スカイ王国とナジャリアの民は接点がないはずなのだ。
「奴らはこの国が欲しいのだよ」
「それは聞きました。ただ、その理由がいまいち……暖かい場所に住みたい、とかですか?」
「そうではない。奴らは、我ら王国を欲していると同時に、恨んでもいるのだよ」
「ナジャリアの民本人から似たようなことは聞きましたけど、やっぱり理解ができないんですが」
「余たちもだ」
サムがナジャリアの民の主張を理解できないように、クライドもまた同様らしかった。
国王は深い嘆息を繰り返す。
「だいたい、数十年ほど前だろうか。大陸北部で大飢饉があり、多くの部族が大陸中に散り散りとなった」
「大国はさておき、小さな部族ではまともに一族を維持できないはずですね。逃げるのは賢明な判断です」
飢饉を経験したことがないサムだが、長いこと食うに困ると言う苦痛を味わった人々のことを考えると、過去のことでも胸が傷む。
「……国を治める人間の立場からすると、難しいのだがな。とにかく、新天地を探すことは悪いことでではない。だが、探した結果、必ず見つかるわけではない」
「それは、仕方がないことではないでしょうか」
「そうだな。残念だが、それが現実だ。ナジャリアの民は新天地を見つけることができなかった。それだけならよくある話で終わるのだが、奴らは違った」
「……違うとは?」
「新天地が見つからなければ、新たな故郷を作ればいい。つまり、我が国を奪おうとしている」
「なぜそうなるのか理解できませんね」
つらい境遇だったことには同情できる。
しかし、だからといってあるところから奪うというのは犯罪者の思考だ。
「きっかけは大飢饉であったし、苦しんだのも理解している。しかし、結果としてスカイ王国を奪われたのではたまったものではない」
「ですよねぇ」
「だが、最初から敵対していたわけではない。飢饉から逃げてきた奴らを受け入れようとしたこともあったのだが、徹底的に我々と相容れなかった」
「相容れないとは?」
あくまでも先代国王から聞いたとう前置きをして、クライドは語る。
「まず、ナジャリアの民は、男性の立場が一番だ。とくに歳を重ねた男性が上であり、成人するまでの子供や女性の立場は低く、奴隷と変わらない」
「……いますよね。そういう変なルールがある部族って」
「自分たちの狭い世界でやっている分には構わなかったようだが、そのルールをスカイ王国の民にも強いてきたのだ」
「受け入れてくれた国の民にすることじゃないですね」
「まったくだ。手を差し伸べたスカイ王国の人間に横柄な態度を取り、女性たちに暴力や暴行を当たり前に行う。そんな輩を受け入れることはできなかった。結果、スカイ王国はナジャリアの民をひとり残らず追放した」
「当然の結果かと」
「だが、それを理由に、いっそう奴らはスカイ王国を恨むようになった。奴らにとって普通のことゆえ、理由なく追い出されたと思っているようだ。無論、他国でも、ナジャリアの民に手を差し伸べた国は同様の結果となっている。奴らは手がつけられないのだ」
現実問題として、ナジャリアの民以外でも、似たような人間はいる。
スカイ王国にだって、女性や子供を軽視する男はいるし、その逆に、男性を軽視する女性もいる。
だが、それはあくまでも個々の考えであり、ナジャリアの民のように一族総出でというのは珍しい。
「奴らがこの国に固執する理由は不明だが、たまったものではない」
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