47「襲撃です」③
最初に仕掛けたのはマニオンだった。
魔剣を上段に構えて地面を蹴る――が、ジムに肉薄することなく、ドタドタと剣士とは思えない足音を立てて突進してくるのだが、実に遅い。
魔剣を持っていると豪語しても、動きはまるで素人同然だった。
あまりにもの光景に、ジムは拍子抜けしてしまうが、油断はしなかった。
仮にも伯爵家の門を預かる兵がふたりも斬られているのだから、見たままの実力ではないと判断していたのだ。
ようやくジムの眼前に立ったマニオンが魔剣を振り下ろすが、ジムは一歩後退することで易々と一撃を避けた。
「避けるなぁあああああああああああああああ!」
「貴様は馬鹿か? 攻撃をされたのだから、避けるに決まっているだろうが」
「くそっ、くそっ、くそっ、くそぉ!」
マニオンの連続斬りが続くも、ジムにはなにも脅威ではなかった。
一撃一撃が大振りで、遅い。
動作も大袈裟だし、いちいち掛け声を発してくれるのでいつ攻撃が来るのかわかりやすい。また、斬りたい場所を目で追っているので、マニオンの瞳を見ていれば自然とどこが狙われているのかもわかる。
ジムはあまり体術面は得意ではないが、ここまで条件が揃っていると一撃を食らう方が難しかった。
「どうやら魔剣を持っていると言っても、根本はその程度らしいな。門番たちには不意打ちでもしたのだろう」
「どうして当たらないんだよ!」
「伯爵家への襲撃と、アリシアたちを攫おうとした現行犯だ。大人しく捕縛されろ」
「ふざけるなぁああああああああああああああ!」
これ以上、戦っても意味がないと判断したジムが勧告するが、かえってマニオンに火をつけてしまった。
「僕はっ、僕は魔剣使いなんだぞ! 魔剣に選ばれた、最強の剣士なんだぁあああああああああああああああああああああっ!」
マニオンから、否、魔剣から凄まじいまでの魔力が解き放たれた。
「――っ、これは」
まるでマニオンの感情の昂りに同調するかのごとく、禍々しい魔力を発していく。
刀身に魔力が絡みつき、魔剣に力が帯びた。
どくん、と刀身が躍動する。
「僕の見間違いか? 今、剣が?」
ジムは目を疑った。
見間違いでなければ、まるで生き物のように魔剣が脈打ったのだ。
「僕の本気を見せてやるっ、うぁああああああああああああああああああっ!」
マニオンは、技術もなにもなく、ただ力任せに魔剣を振り下ろした。
「――なっ」
今までと違ったのは、剣が振り下ろされると同時に魔力が斬撃となって放たれたことだった。
ただ、驚きはしたが慌てるほどではない。
ジムは避けようとして、足を止めた。
背後にはアリシアたちがいるのだ。いくら子竜たちに守られていても万が一ということがあると考える。
そして、ジムは回避するのではなく障壁を張って斬撃を受け止めようとした。
「くひっ」
障壁を張って防御の姿勢を取ったジムを見て、マニオンがいやらしく笑った。
ジムは即座に、マニオンが望んでいた通りの行動をしてしまったのだと悟るも、すでに後の祭りだった。
マニオンが放った斬撃は、あまりにも容易く障壁を斬り裂きジムの肩を抉った。
「――なん、だと」
肩から鮮血が舞い、激痛が襲う中、ジムは驚きを禁じ得なかった。
いくら学生の自分でも、魔法障壁をそう易々と切り裂かれてしまうなど思っていなかった。
まるで紙でも斬るよう、障壁が斬られてしまったのだ。
「これが魔剣か。面倒なことになった、早く決着を付けなかった自分が恨めしい――な、に」
今からでも遅くはない。早々に決着をつけよう。
そう判断し行動しようとしたジムが、突如として片膝をつく。
これは、ジムにとっても想定外のことだった。
「……なにが、起きた? なぜだ、体から、力が、魔力が、抜けていく」
彼の言葉通り、体力と魔力が体外に流れていくように抜けていくのだ。
力が入らず、その場に倒れてしまいそうになる。
だが、守るべき者がいるジムは、奥歯を噛み締めて必死に耐え、立ち上がろうとする。
「おの、れ」
「ふひっ、ふひひひひひひひひひひっ! 食らったな! 僕の魔剣の一撃を食らったなぁ!」
膝をつくジムを見てマニオンが楽しそうに嬉しそうに笑い声を上げた。
「僕の魔剣は斬った相手から、魔力と体力を奪うんだよぉ! かすっただけでも、それはかわらないんだぁ。ざまーみろぉ!」
「貴様……くそっ、力が」
笑い声が不快に響く中、ジムはついに両膝をついてしまった。
「くひひっ、お前も僕を馬鹿にした他の奴らと同じように首を刎ねてやる! ほら、どうだ、命乞いでもしてみろ!」
「誰が、するものか」
「ふんっ、なら死ねっ!」
にたり、と醜悪な笑みを浮かべたマニオンが大きく剣を横に振るった。
黒い刀身が、ジムの首を刈ろうと一閃される。
剣筋は鈍かったが、今のジムには避ける力がなかった。
「――すまない、アリシア」
幼なじみの少女を守れなかったことを謝罪する少年の首に刀身が迫る。
「いやぁあああああああああああああああっ!」
背後からアリシアの叫び声が聞こえた。
しかし、いつまでも経ってもジムに痛みも衝撃もなにも届かない。
気づかぬ内に死んでしまったのかと思い、反射的に瞑ってしまっていた目を開けると、黒い刀身は、誰かの手のひらによって受け止められていた。
「ジム様、みんなを守ってくださって心から感謝します。そして、遅くなって申し訳ありません」
「――サム」
ジムとマニオンの間に立っていたのは、サミュエル・シャイトだった。
彼は魔剣を掴んだままマニオンに背を向け、ジムに小さく頭を下げた。
「このっ、離せっ!」
マニオンがサムから魔剣を取り戻そうとするが、びくともしないようだ。
なるほど、これが王国最強の魔法使いと自分の差か、とジムは納得した。
「サム」
「はい」
「これで、僕は少しでもアリシアにいいところを見せることができただろうか?」
「もちろんです。男の俺でも惚れそうですよ」
「僕にそんな趣味はない。だが、お前が間に合ってよかった。あとは頼むぞ」
「お任せください」
ジムは、サムが来てくれた安堵のせいもあって、限界に達してしまった。
前のめりに倒れる体を、そっとサムが受け止めてくれる。
「サミュエルぅううううううううううううううううううっ!」
その瞬間、無視されていた形になったマニオンが怒りを込めてサムの名を呼んだ。
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