25「ギュンターの婚約者です」①
日差しの心地いいある日の午後。
戦闘訓練を終えて汗を流したサムが、着替えを終えて、婚約者たちとのんびりとした時間を過ごそうと準備をしている時だった。
「サム! 助けてくれ!」
「……ギュンター? なんだよ、俺、忙しいんだけど」
突如、ギュンター・イグナーツが部屋の中に飛び込んできた。
いつも通り少女漫画から飛び出してきたような色男が、真っ白なスーツを着こなしている姿は、同性からしても息を飲むほど美しいものがある。
これで中身が変態でなければ、多くの人間が道を踏み外していただろう。
そんなギュンターは、いつもと変わらぬ身なりをしているが、どこか疲れている。
心なしか、顔色も悪い。
「素っ気ない態度もいいねっ! ではなくて、僕の人生最大の危機なんだ。手も足もでない強敵に僕は狙われている。サムに助けてほしい」
「ギュンターが強敵って、どれだけの相手なんだよ?」
「正直勝てる気がしない」
「――へぇ」
いつものように変態行為をするために現れたのかと思ったが、本当に助けを求めているようだった。
なによりも、スカイ王国最高の結界術師であり宮廷魔法使いのギュンターが強敵だという人間に、ひとりの魔法使いとして興味が湧く。
「いいよ。なんだかんだギュンターには世話になっているし、その強敵さんにも興味がある」
サムが、獰猛な笑みを浮かべた。
名のある魔法使いは、それとも一流の冒険者か、もしくは指名手配中の犯罪者かもしれない。
ギュンターを狙う理由は不明だが、まだ見ぬ強敵に自分の魔法がどこまで通じるのかサムは楽しみになった。
「相手はどこにいる?」
「おそらく、僕の後を追ってきているだろう」
「って、おい! 王都を我が物顔で闊歩しているだけじゃなくて、この屋敷にまで? お前、なにしてるんだよ! ――っ、リーゼ様たちを早く避難させないと!」
楽しんでいる場合ではなくなり、サムは慌てふためく。
身重のリーゼをはじめ、旦那様や奥様、そして戦闘能力のないアリシアや大切な客人である子竜たちを逃さなければならない。
花蓮と水樹は戦力として大きいが、できればリーゼとアリシアたちを守っていてほしい。
「すまない、サム。逃げてくるのに必死だった」
「いや、別に責めるつもりはないけど、得意の結界術はどうしたんだよ?」
「通用しなかった」
「――っ、それほどなのか」
サム自身も苦戦したギュンターの結界が通用しない相手というのが想像できなかった。
「後手に回る前に迎え撃とう」
どれほどの攻撃力を持っている相手かわからない以上、これ以上遅れをとりたくない。
できることなら、屋敷ではもちろん、王都で戦うことも避けたかった。
「サム?」
ギュンターを連れて部屋を飛び出そうとすると、それよりも先に扉が開いてリーゼが顔を覗かせた。
「あ、リーゼ様、ちょうどいいところに!」
「あら、私になにか用事? でも、ちょっと待ってね。ギュンターは来ているかしら」
「え、ええ」
「ならよかったわ。ギュンター、あなたにお客様よ」
「ん? お客さん?」
このタイミングでわざわざウォーカー伯爵家のほうにギュンター目当てで訪ねてくる人間がいることにサムは首を傾げる。
「いやだぁああああああああああああああああああ!」
そんなサムの背後で、ギュンターがサムのベッドに潜り込んで絶叫する。
「おい、ギュンター」
「騙されるな! そいつはお客なんかじゃない、僕を狙う敵だ!」
「まさかもう来たっていうのか? リーゼ様! どうかこちらに!」
「えっと、サム? ギュンター? 敵ってなにかしら?」
「ギュンターを追いかけてくる敵がいるらしいんです!」
「……まさかとは思うけど、こちらのかわいらしいお嬢さんのことじゃないわよね?」
「――へ?」
どういうことだ、と目を丸くするサムの視界の中に、リーゼの背後から小さな少女が現れた。
十四歳のサムよりも、まだ幼い雰囲気がある小柄な子だった。
金髪を腰まで伸ばし、薄桃色のドレスを身に纏った少女は、サムと目が合うと、にっこり笑顔を浮かべて頭を下げた。
「はじめまして、わたくしクリー・ドイクと申しますわ」
「はぁ。どうも、サミュエル・シャイトです。えっと、君はどちらさまですか?」
「わたくしは――そこにいる、顔合わせから逃げ出したギュンター・イグナーツ様の婚約者ですわ」
どうやらギュンターを追いかけていたのは、敵ではなく婚約者だったようだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます