17「父と娘のお話です」②
「――はぁ」
リーゼの言葉を聞いたジョナサンは、近くにあった椅子に腰を下ろし、大きく安堵の息を吐いた。
「よかった。私はてっきり、仲の良い姉妹の関係が壊れてしまうのではないかと心配だったのだよ」
「ふふ。そんなことにはなりませんわ。珍しくはありますが、姉妹でひとりの男性に嫁ぐことがないわけではないのですから」
時と場合にもよるが、姉妹がひとりの男性と結婚することがないわけではない。
当人同士がよければ、問題はないのだ。
ただ、姉妹がひとりの男性を巡って険悪になることもないわけではないので、ジョナサンが心配するのも理解ができる。
「それはそうだが――まったく、サムはどういうわけかウォーカー家の人間に好かれる気質らしいな。ウルリーケをはじめ、リーゼ、アリシア……まさかエリカもじゃないだろうな?」
「エリカはサムのことを魔法面では尊敬しているようですが、異性としては見ていませんよ。あくまでも弟として可愛がっているだけですわ」
「――はっ、まさかそのうち私やグレイスまでもサムの婚約者にされてしまうのではないか!?」
「……そんなことがあるはずないじゃないですか」
とんでもないことを言い出した父に、リーゼが呆れた顔をする。
母がサムと――なんてことは百歩譲ってあり得ないとは言わないが、父とはさすがにないだろう。
男女問わず家族全員がサムと婚約することになったら、さすがのリーゼも戸惑ってしまう。
「ですが、サムと私たちの相性はいいようですね」
「違いない。私も、サムのことが実の息子のようにかわいいと思っている」
ジョナサンが目尻を下げた。
父は言葉通り、サムを我が子のようにかわいがっている。
ときどき苦労もさせられているが、それを含めて楽しんでいる節がある。
そんなサムもリーゼと婚約したことで、近いうちに本当の意味で息子になる日が来る。
父がその日を楽しみにしていることをリーゼたちは知っていた。
「お父様ったら、サムのことが本当にかわいくてならないのですね」
「かわいい娘たちには恵まれたが、欲を言えば男の子もほしかったからな」
「私も弟がいれば楽しい日々だったでしょう。それゆえに、サムを可愛がっていたのですが、まさか心から愛するようになるとは出会ったときには思いもしませんでした」
「人と人の関係など、いつだってわからぬものだよ」
「そうですね。ところで、お父様。アリシアをサムと婚約するのはいいのですが、あの子の気持ちを汲んだとして、先方をどうお断りするのですか?」
「実は、それもそれで困っているのだ」
父の心配もわかる。
まだ正式に婚約していないが、それでもジム・ロバートがアリシアに入れ込んでいることは変わらない。
できることなら円満に今回の話がなかったことにするのが一番理想的なのだが、彼が納得しなければ揉めてしまう可能性だってある。
「ジムにも、今まで良い話がなかったわけではない。だが、彼はアリシアではなければ嫌だと聞かないらしい」
「それほどアリシアがいいのなら、自分勝手な態度を取らなければよかったのに」
「そう言ってやるな。年頃の少年が想い人の前で、思ったように行動できないのは決して珍しいことではない。むしろ微笑ましいものではあるのだよ」
むしろ、サムのように年齢不相応に女性と物怖じすることなく接することができる少年のほうが珍しい。
普通は少なからず緊張するものだ。
「わからなくはありませんが」
「ただ、少し心配なのは、ジムは少々感情的になりやすい子らしい。正義感が強いところがあるが、融通が効かず、そのせいで学校で何度か生徒どうして揉めたこともあるらしい」
「ますますアリシアと相性が悪い子ですね」
「そんなジムが、アリシアに振られたとわかったら、どんな行動にでるか」
「間違いなく、アリシアに真意を確かめるため会いに来るでしょうね」
はぁ、と親子が揃ってため息を吐いた。
「揉めるな」
「揉めますね」
親子は、自分たちの予感が当たらないことを祈った。
「グレイスの友人の家だ。できることなら穏便にすませたい」
「そうですね。しかし、サムがいなかったとしても、うまくはいかなかったでしょうから、ここははっきりとお伝えした方がいいのではないですか?」
「なんと言えばいい?」
「実は、お宅の息子さんのことをアリシアはずっと苦手でした、と」
「想い人からそんなことを言われてしまったら、私は引きこもってしまうかもしれぬ」
「そこは新しい女性を紹介するなどして立ち直ってもらうしかないのでは?」
愛情がない結婚をして、あとで険悪になるくらいなら、今ここで少し揉めても結婚させないほうがいいだろう。
リーゼとしても、アリシアには幸せになってほしい。
少なくとも、父の話を聞く限り、ジム・ロバートではアリシアとうまくいかないだろう。
仮に結婚したとしても、ジムは想い人と結婚できて幸せかもしれないが、アリシアはそうではない。
「そう簡単に誰かを紹介して心変わりするとは思えぬが、わかった。リーゼがアリシアを受け入れてくれるのであれば、先方には悪いが断らせてもらおう。その、すまぬがサムの気持ちもある。話をしてくれぬか?」
「ええ、お任せてください。それに――きっとサムはアリシアを拒みませんわ」
リーゼは、なにやら確信した様子で微笑むのだった。
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