11「手紙が届きました」




 国王とひと時の時間を過ごしたサムは、時間が許せばステラと会いたかったのだが、彼女は乗馬中らしく邪魔をするのも躊躇ったので、そのまま帰路に着くことにした。


「城下町でリーゼ様たちにお土産でも買って帰ろうかな」


 昼間、女子会をしていることを知っているサムは、クッキーでも、と考えた。


「サミュエル」

「ん?」


 その時、誰かが名を呼んだ気がした。

 声の主を探して周囲を見渡すと、こちらを真っ直ぐに見つめている初老の男性がいる。


(――誰だ?)


 少なくとも見覚えはなかった。

 貴族だということは身なりを見ればわかる。

 杖をついた老人に、なにか御用ですか、と尋ねようとするよりも早く彼が口を開いた。


「サミュエル・ラインバッハでよいかな?」

「いえ、人違いです」


 サムははっきりと告げた。

 同時に、関わることを完全にやめた。

 老人に会釈をし、立ち去ろうとするも、


「……いや、君は」

「人違いです」

「わ、わしの話を」

「人違いです」

「だが、君は」

「人違いです」


 老人がどこの誰か知らないが、面倒なことになりそうな予感がした。

 そもそも自分の名を、サミュエル・シャイトとではなく、サミュエル・ラインバッハなどというふざけた名前で呼ぶような人物がまともであるはずがない。

 サムはあくまでもシャイト家の人間であり、家族はウォーカー伯爵家しかいない。

 無論、ラインバッハ領に住まう人たちや、家族同然のダフネとデリックは別だが、それでも、もうあの家に関わることはしたくないのだ。


(まさか、あんな田舎の男爵家の知り合いが王都にいるとは思わなかった。ちょっと油断していたな)


「じゃあ、人違いということをご理解していただけたと思うので、俺は失礼しますね」

「ま、待ってくれ!」


 老人はサムを呼び止めたが、構わず地面を蹴った。

 身体強化魔法を使って大きく跳躍すると、そのまま飛翔魔法で空を飛びウォーカー伯爵家の中庭に向かう。

 魔法を解除し、地面に静かに着地すると、屋敷の二階から声が掛けられた。


「サム、お帰りなさい」

「あ、リーゼ様。ただいま帰りました」

「王妃様のご用件は何だったの?」

「よくわかりませんが、大した用事ではありませんでしたよ」


 とてもじゃないが、リーゼたちと別れてレイチェル王女と婚約しろなどと言われたとは伝えたくない。

 リーゼも不快に思うだろうし、いちいちそんなことを言って煩わせたくない。


「リーゼ様、お加減はどうですか?」


 サムは再び飛翔魔法を使い、二階へ飛ぶ。

 行儀が悪いが、窓から屋敷の中に入った。


「ええ、いい調子よ。あまり心配ばかりしないで。私はそんなにか弱くないのだから」

「すみません」

「心配してくれるのは嬉しいのよ」


 そう言って、サムの頬にリーゼがキスをした。


「あ、そうだわ。あなたに手紙が届いているのよ」

「俺にですか? あ、ダフネかな?」

「違うみたいよ。宛名だけ見てしまったけど、リーディル子爵と書いてあるわ」

「リーディル子爵ですか……聞いたことがないなぁ。あれで、でも、どこかで」


 聞き覚えがあるようで、ないような名前だ。

 どこかで聞いた気がするが、覚えていない。


「とりあえず、開けてごらんなさい。そうすればわかるでしょう」

「ですね。じゃあ」


 手紙を開けて、中身を確認する。

 そして、サムは大きく嘆息した。


「――はぁ」

「どうかしたの?」

「リーディル子爵家って、元弟の婚約者の家らしいです」

「元弟って、ラインバッハの?」

「ええ、ただ婚約は解消したそうですね。ダフネからの手紙で、なんでも隠し子が後継者になったと聞いていますから、それらの関係で婚約解消でもされたんでしょう」

「残念だけど、貴族では珍しくない話よね」

「ええ、まあ、そうなんですけどね」


 かつて元弟マニオンはラインバッハ男爵家の跡取りだった。

 自分があの家から出て行ったあと、なにがあったのか詳細までは知らない。

 ただ、腹違いの弟がもうひとりいて、その子が後継者になったらしい。


(自分が後継者になると絶対的な自信があった子だったよねぇ。ま、関係ないか。顔も思い出せないし)


 特に興味が湧かなかった。

 サムにとって、マニオンも、新しく後継者になった弟もどうでもいい存在なのだから。

 問題はそこではなく、リーディル子爵だ。


「どうしたの? なんだか歯切れが悪いというか、眉間に皺を寄せて」

「実は、リーディル子爵が一度俺と会いたいそうなんです。ご息女と一緒に」

「サム、それはおそらく」

「そういうことですよねぇ。もう、うんざりですよ、こういうのって」


 直接的なことは書かれていないが、サムに娘を、と考えているのが丸わかりだ。

 宮廷魔法使いなるためアルバートを倒したあたりから、ウォーカー伯爵家経由で縁を結ぼうとする家から連絡があったようだが、すべてジョナサンが処理してくれていた。

 だが、最近では婚約者が四人になったことで、あわよくば自分たちにもチャンスがと考える家から、断っても繰り返し連絡が来るそうだ。

 もしかすると、先ほどサムに声をかけてきた老人もその類かもしれない。


「仕方がないわ。サムは宮廷魔法使いだもの。それに、婚約者にはステラ様もいるのですから」


 貴族の中には、サムとではなく王家と縁を持ちたいという家もあるらしく、ジョナサンの胃とサムの頭を痛めてくれる。


「ですよねぇ。でも、ちょっと気になることがあって」

「どうしたの?」

「リーディル子爵の御息女が、俺と再び会えることを楽しみにしているって書かれているんですが、俺にはお会いした記憶がないんですよ」

「その、言いづらいけど、そういう作戦じゃないかしら」

「ええ、でも、なにか引っかかるっていうか、気になるっていうか、うーん」


 なにか忘れているような気がする。


「あら、サムにしては珍しいわね。子爵家のご令嬢に興味津々なのかしら?」


 リーゼがからかうように笑う。


「ち、違います! そういうのじゃないですって。でも、記憶のどこかに引っかかるんですよねぇ」


 もしかしたら、今の自分になる前のサムと面識があったのかもしれない。

 サムもかつての記憶をすべて覚えているわけではないので、彼女のことを思い出すことができない可能性がある。

 だとしたら、別人になった自分を見て、その子はなにを思うのだろうか。

 少しだけ、気になった。



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