8「第二王妃様に呼び出されました」
ここ数日、リーゼをはじめ婚約者たちと交流を深めながら、穏やかな日常を送っていたサムだった。
リーゼの体調を気遣い、花蓮と手合わせし、水樹とことみの見舞いに行く。ステラと手紙のやりとりをして、順調に婚約者たちとの絆を深めていた。
そんなサムだったが、突然ウォーカー伯爵家にやってきた騎士に連れられて王宮にいた。
なんでも第二王妃コーデリア・アイル・スカイがサムに用事があるそうだ。
理由を尋ねてもそれだけしか伝えられず、正装を短時間でさせられた。
リーゼたちが手伝ってくれたおかげで、時間は掛からなかったが、不躾な呼び出しに少々不満気味だ。
(呼ばれる理由がわからないんだよなぁ)
黒いスーツを着込み、宮廷魔法使いのために用意された青いコートに袖を通したサムは、応接室に通され、淹れられたお茶に手をつけずに内心首を傾げていた。
ステラの母である第一王妃フランシスならまだしも、関わりのまるでない第二王妃に呼び出された理由が思い浮かばなかったのだ。
(だからといって、王妃の呼び出しを無視するわけにはいかないし)
そんなことをしたら、ウォーカー伯爵家をはじめ、ステラにも迷惑がかかるかもしれない。
正直なことを言ってしまうと、顔も知らない王妃と話すことなんてないが、この国に使える宮廷魔法使いの仕事だと思っていやいや王宮にいるのだ。
待たされること数分、ティーカップの湯気もなくなった頃、ノックもなしに騎士が部屋の中に入ってきた。
騎士はサムを一瞥し、部屋の中をぐるりと見渡すと、「どうぞ」と廊下に向かって言った。
すると、メイドを引き連れた煌びやかな赤いドレスに身を包んだ、四十代半ばほどの女性が現れた。
女性は、ブロンドの髪を巻いた、派手な印象がある。
(この人が、第二王妃コーデリア様か。……派手なおばさんって感じ?)
口に出すことはなかったが、サムの第一印象は不敬極まりないものだった。
本人が聞けば、間違いなく激昂していただろう。
王妃は、メイドたちに誘導され椅子に腰を下ろすと、これまた派手な扇子で顔を半分隠しながら、値踏みするような視線をこちらに向けてきた。
「お前が、サミュエル・シャイトか?」
王妃の声は、どこか威圧の込められたものだった。
「はい。サミュエル・シャイトと申します」
サムは椅子から立ち上がり、胸に手を当て、礼をした。
「ふんっ、王国が誇る最強の魔法使いがどれほどの者かと思えば、まだ子供だったな。まあ、いい。今日、お前を呼んだのは、妾自らお前に良い知らせをしてやろうと思ったのだ」
「はい」
「喜ぶといい。お前を、我が娘レイチェルと結婚させてやろう」
どうしてそうなる、と口に出さずサムは内心嘆息した。
「……お言葉ですが、俺にはリーゼロッテ・ウォーカー様、紫・花蓮様、雨宮水樹様、そして、ステラ・アイル・スカイ王女殿下という婚約者がいます」
伯爵家令嬢をはじめ、王女とまで婚約しているというのに、ここでまたひとり王女と縁談などありえない。
これでは周囲の顰蹙を買うだろう。
もっと言えば、顔を合わせたことのない王女と結婚などごめんだ。
しかも、レイチェル王女は、ステラ王女にわざわざ悪い噂を教えるような性格の悪い人間だ。とてもじゃないが、一緒に歩みたいとは思わない。
「お前に婚約者が複数人いることは承知している」
「でしたら」
「婚約破棄すればいいではないか」
「……な」
「我が娘レイチェルがお前を気に入ったそうだ。ステラのような本当に陛下の子かわからない娘よりも、レイチェルのほうがよかろう。お前も、宮廷魔法使いとしてやっていくのなら、後ろ盾が必要であるはずだ。その後ろ盾に妾がなってやろう」
「お断りします」
饒舌に、高圧的にとても受け入れられないことを告げるコーデリアに、サムははっきりと言い放った。
「――なんだと?」
「ですから、お断りさせていただきます」
「ふざけているのか! どこの馬の骨ともわからぬお前に、レイチェルをくれてやろうと言うのだぞ! それを断ると言うのか!」
「ええ、お断ります。不敬を承知で言わせてもらいますが、レイチェル様と結婚する理由がありません」
「……生意気なことを申すな!」
コーデリアの扇子が振るわれ、サムの頬を打つ。
それでも、真っ直ぐにサムはコーデリアから視線をずらさずに告げた。
「俺とリーゼロッテ様の間には子供ができました。そんな大切な人たちと婚約解消してレイチェル様と婚約など、どんなことがあっても絶対にできません」
「貴様っ、コーデリア様のお心遣いを無碍にするつもりか!」
コーデリアの後ろに控えていた騎士が、今にも剣を抜きそうな勢いでサムに詰め寄る。
だが、
「俺に触るな」
「――ひっ、あっ、ああ、あ」
サムから放たれた濃密な殺気と魔力に当てられ、それ以上の言葉を発することができず、その場に崩れ落ち過呼吸となった。
「もうよい!」
コーデリアが椅子から立ち上がり、手のひらの上で扇子を鳴らした。
「レイチェルがどうしてもと頼むので一興かと思ったが、お前のような礼儀知らずな子供は娘に相応しくない。せいぜい小娘たちと戯れていればいい」
王妃はそれだけ言い残すと、もうサムに興味を失ったとばかりに椅子から立ち上がり、部屋から出ていく。
そんなコーデリアの後をメイドたちが慌てて追っていく。
「えっと、結局、なんだったんだ?」
訳がわからない、と首を傾げるサムだったが、それに答えてくれる人間はこの場にいなかった。
その後、メイドがやってきて「まだいたのですか? おかえりになって構いませんよ」と言われたので、時間の無駄だったと嘆息して王宮を後にしようとする。
「おお、サム」
廊下に出たサムに聞き覚えのある声がかけられる。
「――国王様」
サムはその人物がクライド国王だとわかると、膝をついた。
「よいよい、そなたと余は親子となるのだ。もっとフレンドリーに接してもらいたい。それよりも、そなたが王宮にいると聞き、ちょうど話をしたいことがあったので探しにきたのだ。余の部屋に寄ってはくれぬか?」
「もちろんです。喜んでお付き合い致します」
「うむ。では行こう」
サムが快諾すると、国王は機嫌よく歩き始める。
(てか、国王様、自分で俺のことを探しにきたのか。フットワーク軽いなぁ)
そんなことを思いながら、国王のあとについていくのだった。
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