51「剣聖と決闘です」①
雨宮家の道場の外の開けた場所に、サムはいた。
彼に付き添うのは、婚約者リーゼと花蓮のふたり。
「ようこそ、サミュエル・シャイト君。お待ちしていました」
サムと向き合い、静かに立つ雨宮蔵人は、袴姿に真剣を手にしていた。
そんな蔵人の背後には、苦々しい顔をした水樹がいる。
彼女はこちらに顔を向けると、頭を下げた。
「サム、リーゼ、ごめんよ。僕じゃ父上を止めることはできなかった」
おそらく、自分たちの知らない場所で、父親を諌めようとしてくれていたのだろう。
結果が伴わなかったことを謝ってくれるが、水樹が決闘を止めようとしてくれただけでも感謝しかない。
「水樹様、ありがとうございます。ジョナサン・ウォーカー伯爵から大体の事情は聞きました。ミッシェル家先代当主にご恩があるそうですね」
「……ええ」
「そちらにはそちらのしがらみや、理由があるんでしょう。ですが、俺は負けてやるわけにはいかない」
「わかっています。サミュエル君、全力で抗ってください。私も無抵抗の人間を殺すことには躊躇いがあります。望ましいのは、お互いに全力を出し、戦うことです」
中庭の砂利を踏み、サムと蔵人が一歩前に出る。
それに合わせて、女性たちが決闘の邪魔にならない場所まで下がった。
「――サム、負けないでね」
「もちろんです」
「サムの戦いを見守っている。リーゼはわたしに任せてほしい」
「よろしく頼みます」
別れの挨拶などしない。
リーゼと花蓮に笑顔を向けた後、サムは蔵人を真っ直ぐに見据える。
「別れを惜しむ時間を差し上げても構いません」
「必要ありません。俺はあなたに負けはしませんから」
「その自信が羨ましくもあり、眩しくもあります。だが、傲慢だ」
「傲慢くらいが丁度いいんですよ」
「別れを必要としないなら、それでもいいでしょう。だが、少しお待ちください。私は伝えるべきことがあります」
「どうぞ」
サムが邪魔する気はないと肩を竦めると、蔵人はリーゼに頭を下げた。
「蔵人様?」
「許せとは言いません、だが、君を傷つけることになることを謝罪します」
「いいえ、謝罪は必要ありません。サムは負けませんから」
リーゼの返事に、剣聖は顔をあげ、少し驚いた顔をしたあと、優しく微笑んだ。
「やはり君は強くなった。それが嬉しく、残念です」
サムに視線を戻した剣聖と目が合う。
「さあ、始めましょうか?」
「そうですね、ちょうど待ち人も来てくださったようです」
「待ち人って、おい、なんでお前が」
「やあ、愛しのサム」
現れたのは白スーツに身を包んだ、ブロンドの青年――ギュンター・イグナーツだった。
「まさか剣聖と君が決闘とは、大変なことになってしまったようだね。僕が代わりにこの男を殺してやりたいところだけど、無粋な真似をするつもりはないさ。どうせ勝つのは君なんだから」
ギュンターは、サムに近づき馴れ馴れしく尻を撫でた。
「……自然に尻に触るなよ。お前さ、もうちょっとシリアスできないの?」
「このくらいの役得がなければ、黙って見ていることなんてできないさ。僕の役目はわかっているね?」
「俺たちが大暴れしていいように結界を張りに来たんだろ?」
「正解さ。だが、僕が動いたせいで、この一件は国王陛下の耳にも届いてしまったよ。その経緯も、ね。まあ、木蓮殿からも陛下に話が伝わったみたいだから、どちらにせよミッシェル家は終わりだよ」
ギュンターの言葉に水樹が息を呑んだ。
つまり、蔵人がサムを亡き者にしようと決闘を挑んだことが国王に伝わってしまったのだ。
これでは、もう言い訳はできないだろう。
だが、同時に、ミッシェル家が蔵人を利用したことも伝わっているはずだ。
「だそうですよ。それでも戦いますか?」
「僕は戦わない選択をお勧めするよ。剣聖殿、あなたの忠義はミッシェル家に向けられるものではなく、王家に向けられなければならないものだ。あまり陛下を悲しませるのはよしと思わない」
「クライド陛下には心から忠誠を誓っています。ですが、ミッシェル家にも恩義があるのです」
「待って!」
割って入ったのは水樹だ。
ようやく父の行動理由がわかったという顔をしている、だが、彼女の表情は納得したものではない。
「ミッシェル家のために、サムと決闘を? 恩義? どう言うことだい?」
「――私はミッシェル家先代当主メンデス様に大恩があります。その恩に報いるだけです」
「……そんな、そんな理由で、サムを殺そうとするのかい?」
蔵人の理由に水樹は納得できないようだ。
無理もないだろう。
父親と違って、水樹はミッシェル家に恩はない。むしろ、ユリアンに友人を不幸にされ、自分まで言い寄られるという迷惑な存在でしかなかった。
「まったく日の国の人間はみんなこうなのかな、理解に苦しむよ。強情にその信念を貫くならそれでもいいさ。そうそう、陛下から言伝をあなたに預かっているよ」
「お聞かせください」
「――今回の一件、ミッシェル家とそなただけの責任とする、だそうだ」
「……それは」
「剣聖殿がサムを殺そうと、サムに殺されようと、娘たちには一切罪を問わないそうだよ。陛下にもなにかお考えがあるようだが、持つべきものは甘い友人だね」
「感謝します、陛下」
王宮がある方角に向けて、蔵人は膝を着き深々と頭を下げた。
「娘に迷惑をかけたくないと思っていたのなら、やめませんか? まだ間に合います。俺はあなたを殺したくありません」
「私も君を殺したいわけではありませんよ」
「なら」
蔵人は立ち上がると、刀の柄に手を置いた。
「君にとって、私は酷い愚か者に見えるかもしれない。だが、若かりしあの日、命を救ってくださったメンデス様のたったひとつの私への願いが、家族を頼む、でした。私はその願いを叶えて差し上げるだけです」
「――あなたは大馬鹿野郎だ」
「でしょうね。融通のきかない男だとよく言われます。ですが、娘に迷惑が掛からないのであれば、憂いなく戦えます。ギュンター君、君は陛下の言伝を伝えるべきではなかった」
「……ふん。僕の知ったことではない。どうせあなたは敗北するんだ。せいぜい後悔しないように戦えばいいさ」
ギュンターはそう吐き捨てると、雨宮家を覆うように幾重もの結界を張った。
「僕はサムの勝利を見届けさせてもらうよ」
そのままギュンターはリーゼたちと並んだ。
「さて、サミュエル君。これで存分に戦うことができますね」
「残念です」
「私も、こんな巡り合わせになってしまったことを残念に思います。君とはいい関係を築きたかった。できることなら、水樹を君の嫁に、とまで考えていました」
知らぬ間に、水樹が嫁になんて話になっていたのかと思うと苦笑するしかない。
蔵人もサムと同じように笑った。
「ですが、こう思ったことはありませんか?」
「なんです?」
「スカイ王国最強の魔法使いと剣士――戦ったらどちらが強いのか、と」
「――実は、思っていました」
ミッシェル家に命を狙われたことは腹立たしいことだが、サムはこの戦いを期待しつつもあった。
ウルに魔法を教わり、彼女のすべてを継承したことで、最強の魔法使いを目指しているサムにとって、スカイ王国最強の魔法使いの座は通過点に過ぎない。
魔法使いとしては、国で一番になったのかもしれないが、魔法使い殺しと名高い、最強の剣士と戦わずして本当の意味で王国最強は名乗れないと思っていた。
ただ戦う理由がなかった。
アルバートのように大切な人たちを侮辱したわけでもなく、ユリアンのように大切な人たちを傷つけたわけでもない。
生前ウルは言っていった「戦う理由を探せ」と。
理由なく魔法を使い、力を行使することはあまりに野蛮だ。
魔法使いとしての美学がない。
サムはその考えに賛同した。
ゆえに、蔵人と戦うことはないだろうと思っていたのだ。
しかし、人生というのはなにが起きるかわからない。
まさか蔵人がミッシェル家に恩があり、サムを亡き者にするために立ち塞がるなど、誰が思っただろうか。
「そうでしょう。剣士も、魔法使いも、強さを求める人間はどこか壊れているものです。私もかつては強さを追い求め、がむしゃらに人を斬り続けました。そんな私が十数年もの間、平穏な暮らしを送ることができたのは奇跡に近い」
「だが、あなたは戦う理由ができてしまった。そうですね?」
「ええ、戦う理由ができてしまった。ならばもう私は自分を抑えることができない」
「父上、そんな」
水樹が知りもしなかった父親の本性に驚きの声をあげた。
彼は娘に背を向けたまま、声を発した。
「失望させてしまったかな、水樹。だが、これが私の本性だ。剣と戦いに飢えた、餓狼だ」
蔵人は静かに刀を抜いた。
もう言葉を交わす必要はないと思ったのかもしれない。
「きっとミッシェル家への恩義など、最初からどうでもよかったのでしょう。私はただ、君と戦いたかっただけかもしれません」
「本当にそうですか?」
「さあ、サミュエル君、戦おう。血肉が躍る楽しい戦いにしよう」
蔵人はサムの問いに答えず、刀を正眼に構えた。
そして、今まで見たこともない獰猛な笑みを浮かべた。
サムも拳を構え、同じように笑った。
「――かかってこい、剣聖雨宮蔵人」
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