14「その頃、ラインバッハ男爵家では」⑥
「――しかも腹立たしいことに、音沙汰もなかった実家からサミュエルについて問いただす手紙が届いたことだ! 今まで、私のことは無視していた癖に、サミュエルには興味があるのか!」
カリウスの怒りはまだまだ続く。
原因は、王都にある実家から手紙がきたことだ。
もともとコフィ子爵家の長男だったカリウスは、自分が跡取りになることを信じて疑わなかった。
剣の才能に満ち溢れ、騎士団への入団も決まっていた。
弟はいたものの、病弱だったため剣は握れず、魔法の素質もない。
少しくらい勉強ができるようだったが、そんなもの何の価値もない。
当主として相応しいのは自分だとカリウスは確信していた。
しかし、父が後継者に指名したのは弟だった。
それどころか、剣しか価値を見出せず、他を省みなかったとしてカリウスは叱責を受けた挙句、子爵家から追い出されてしまった。
父と弟への憎しみを糧に、冒険者に身を落とし、死に物狂いで戦い続けた。
しかし、剣一本で手に入れることができたのは、田舎の男爵家と言うものだけだった。
それを必死に守ろうとしていたにもかかわらず、不出来な息子たちによって今までの努力が台無しになってしまった。
「このままではハリーの将来でさえ危ういではないか!」
コフィ子爵家からの連絡は、サムと縁を作りたいというものだった。
今まで一度として連絡をしてこなかった実家が、初めて寄越した手紙は、サムのことしか書かれていなかった。
それが実に忌々しい。
すでに、死んだと公言していることはコフィ子爵家にも伝わっているようで、サミュエルを一族に迎えたいと書かれていた。
腹立たしいことに、コフィ子爵家はカリウスに配慮などせず、あくまでも取り込みに動くから手出しするなという釘を刺す注意勧告だった。
さらにカリウスの怒りを引き立てたのは、
「サミュエルが伯爵位だと!? 父親が田舎の男爵程度に甘んじていると言うのに、息子が伯爵だと!?」
宮廷魔法使いになったことで伯爵位がサムに与えられるというものだった。
宮廷魔法使いの仕組みは知っているが、それでも納得できるはずがない。
このままサムを放置すれば、自分の立場がどんどん悪くなっていくことは目に見えている。
「どうする? 魔法使いに興味などないが、サミュエルをこのまま無視できない。なんとしてでも利用しなければなるまい。奴を利用すれば、再び王都に戻ることも可能かもしれぬ」
カリウスには欲が生まれていた。
今までは男爵領を維持しふさわしい後継者に引き継ぐことができればそれでよかった。
そのために無能だと思われた長男を排除したし、害になると判断した次男を追い出すことを決めた。
だが、今のカリウスならばサムを利用して王都に返り咲くことも可能だと考えたのだ。
そうすれば、辺境の田舎貴族の顔色を伺うことをしなくてもいい。
「サミュエルを呼び戻せばいい。どうせマニオンがいなくなるのだから、喜んで戻ってくるに違いない」
ダフネやデリックが聞けば、正気を疑うようなことを本気で信じているカリウスは正常な判断ができていなかった。
散々な扱いをしてきたサムがカリウスの欲のために協力する訳がない、などとは考えられないようだ。
腕に自信があるせいもあった。
サムが言うことを聞かなければ、痛い目に遭わせて屈服させることも視野に入れていた。
冒険者時代に幾人もの魔法使いを倒してきた経験が、カリウスを増長させていたのだ。
同時に、サムを不出来な息子としか思っていないため、宮廷魔法使いだろうと、王国最強の座にいようと自分ならなんとかなるという根拠ない自信も持っていた。
「デリック! デリックはいるか!」
「――ここに」
「王都に、サミュエルに手紙を出せ!」
「サム坊っちゃまにですか?」
「そうだ! サミュエルを連れ戻す!」
「――っ、旦那様それは、あまりにも」
「黙れ! 私に意見するな!」
身勝手だと言おうとしたデリックの言葉を怒声で遮ってしまう。
「そういえば、貴様とダフネはサミュエルと親しくしていたな。丁度いい、貴様たちからもサミュエルに王都から戻り父に、このラインバッハ家に貢献するように言うのだ!」
「しかし」
「貴様の意見は聞いていない! そうと決まれば、マニオンとヨランダをさっさと追い出してしまえ! 最悪、野たれ死んでくれればいい!」
カリウスの言動に、諌めようとしていたデリックが諦めたように首を横に振った。
自分がなにを言っても聞いてはもらえないと判断したのだ。
サムのことだ、この家に戻ってくることはありえない、そう思いながらも、カリウスの命令で通りに手紙の支度をするのだった。
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