13「その頃、ラインバッハ男爵家では」⑤
「なぜだ……なぜこんなことになったっ!」
――どんっ、と音を立ててカリウス・ラインバッハは執務机を拳で叩き、苛立ちに任せて大声を上げた。
ラインバッハ男爵家当主カリウスの怒りの原因は、五年前に出奔した息子のサムであった。
「あの出来損ないめ!」
再び執務机を殴るカリウスにとって、剣をまともに使うことができない不出来な息子のサムだった。
才能のない人間など息子でもなんでもないと放置していたサムが、なんと王国最強の宮廷魔法使いアルバート・フレイジュを瞬殺し、最強の座を手に入れた挙句、王都を襲わんとした竜と互角に戦ったという。
竜を倒すのではなく、会話を持って和解したことから国王からの覚えもいいようだ。
さらには、滞在先のウォーカー伯爵家の次女リーゼロッテ・ウォーカーと婚約したとまで聞く。
不出来な息子にはあまりにも分不相応な出来事だらけだった。
「サミュエルめ……剣が使えない出来損ないのはずが、まさかそれほど魔術を使えたとは……なぜ私に言わなかった!」
現在、貴族たちの間の話題はサム一色だという。
それは、辺境貴族たちも同じだった。
「サミュエルのせいで、私がどれだけ周囲から馬鹿にされていると思っているのだ!」
カリウスの怒りは収まることはなかった。
彼には、サムのほかにマニオンとハリーという息子がいる。
両者とも剣の才能に満ち溢れていたが、サムは皆無だった。
剣はもちろん、武器武具の類がまるで使えない。これでは、剣でラインバッハ一族を興した男爵家の跡取りに相応しくないと判断し、後継者から外した。
まさか、そんなサムが魔法の才能を、それも王国で最強に至るほどの力を持っているとは思わなかった。
おかげで、付き合いが厚いリーディル子爵から叱責を受けてしまった。
カリウスの考え方はどうあれ、世間一般的には腕の立つ剣士よりも魔法使いのほうが希少である。
多分に魔法使いの才能を秘めた長男を追い出した挙句、死んだと公言したのだ。
子爵の怒りは最もだった。
リーディル子爵との関係は、子爵の娘を男爵家に嫁がせてもらうと約束したほどである。
子爵は、当初娘ルーチェ・リーディルをサムの結婚相手として提案してきた。
聞けば、一度男爵家を訪れた際、挨拶を交わしたサムにルーチェが一目惚れしたらしい。父親として娘の初恋を叶えたいと思ったようだ。
しかし、カリウスは不出来で恥ずかしい息子では相手に失礼だと判断し、当主になる予定だったマニオンを押した。
そのことがルーチェは不満だったらしい。
それでも死んでしまったのであれば仕方がないとしていたときに、サムの生存と、魔法使いとしての成功が届いてしまったのだ。
おかげで子爵の怒りは現在も続いて収まる気配がない。
「サミュエルだけではない……マニオンも婚約を解消されるなど恥を知れ!」
すでに次男マニオンとルーチェの婚約も解消されている。
だが、これにはカリウスも子爵に抗議することができなかった。
かつてのマニオンは剣の才能のある子供だった。
しかし、今では肥えて剣をまともに振るうことさえできないのだ。
それだけでも腹立たしいのに、正式な後継者であるハリーを妬み殺害をくわだてた。
一度返り討ちになったことで懲りたかと思えば、二度目も行った大馬鹿者だ。
母親のヨランダが煽ったせいもあるだろうが、生活態度を改めるのではなく、後継者の地位を殺して奪おうとする愚かな行いだった。
二度目もハリーに撃退されたが、マニオンが言い訳を喚き、自分のほうが後継者にふさわしいと根拠のない理由を語る姿に、カリウスの限界が訪れた。
結果、マニオンを木刀で叩き潰し、二度と悪行ができないように利き腕もへし折った。
以来、再び塞ぎ込んで大人しくしているものの、カリウスは内心マニオンを殺してしまいたかった。
「早くヨランダの実家が引き取ってくれればいいものを!」
マニオンの母ヨランダの父親は、手広く商会を行っている人間だ。
娘と孫の面倒くらい余裕で見ることができるはずなのだが、殺人未遂を犯すような短慮な人間はいらないと突っぱねられてしまっている。
だからといって、いつまでもふたりを家に置いておくつもりはない。
あの癇癪持ちで短慮な母子がまたいつハリエットとハリーを襲うかわからず気が気ではないのだ。
「あの厄介者たちを、早く追い出してしまうしかあるまい」
マニオンとヨランダがどうなろうと知ったことではない。
カリウスはひとつでも厄介ごとを片付けてしまいたかったのだ。
「厄介といえば、あの子爵家の小娘め……せっかく将来有望のハリーの婚約者にしてやろうというのに断りおって。そんなにあの不出来な息子がいいのか!」
将来のないマニオンを見限ったリーディル子爵家に、一番剣の才能を持ち、正式な後継者であるハリーとの婚約を提案したのだが、ルーチェはもちろん子爵も拒絶した。
腹立たしいことに、「また隠し子が現れて後継者が入れ替わるかもしれない相手との縁談は必要ない」と言われたのだ。
さらに、どうせ縁を結ぶなら、サムのほうがいいとまで言われてしまった。
屈辱だった。
田舎から出たことのない辺境の子爵風情が、もとは王都で暮らし本来なら子爵家の跡取りでもあった自分が馬鹿にされてしまうのは酷く腹立たしく忌々しい。
「これもすべてサミュエルのせいだ! あいつさえいなければ!」
現在、カリウスは交友関係のある貴族たちから「息子の才能を見抜けなかった愚か者」と馬鹿にされている。
追い出したのはマニオンであるが、それ以前のサムの扱いもなぜか周囲に筒抜けであり、カリウスの評判は地に落ちてしまうのだった。
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