43「孫を嫁にと言われました」②
「――なんでそうなるんでしょうか?」
話の流れから、なぜ木蓮の孫娘と結婚する話が出てくるのかわからず、サムは呆れた。
(今、ちょっとシリアスな話をしてなかったっけ?)
木蓮は相変わらず笑みを浮かべたままだ。
「あら、良い縁だと思いますが」
「サム」
「なんだよ、急に口を挟んで」
灼熱竜がサムの肩を軽く叩く。
なにか助け舟でも出してくれるのかと期待したが、彼女は親指を立てて肯いた。
「よくわからないが、子作りはしておけ。子供はいいものだぞ」
「大きなお世話だ!」
なんの役にも立たない母親竜に大声を出す。
なぜこうなった、と頭を抱えようとするサムに、畳み掛けるように木蓮が言葉を続けた。
「よろしければ、後日お見合いの場を日取りを決めましょう」
「ちょ、ま」
「年齢は十八歳とサミュエル殿より少し年上ですが、気立てのいい子ですよ」
「いえ、だから」
「ウォーカー伯爵にはわたしからお話をしておきますね」
「話を聞いて!」
「では、治療はこれで終わりましたので、わたしは伯爵にお見合いの件を兼ねてご報告を」
「話を聞かない人だな!」
礼節を守って接していたサムだったが、どんどん話を進めていく木蓮についに我慢できず叫んだ。
そんなサムに気を悪くした様子を微塵も見せず、「おほほほ」と微笑みながら、木蓮は一礼して部屋から出ていてしまった。
「えぇー、本当に話を聞いてくれずに出ていっちゃったよ! これ、見合いする流れなの!?」
「なんだ、伴侶が見つかったのはいいことではないか」
頭を抱えるサムに、不思議そうな顔をする灼熱竜。
「別に決まったわけじゃないんだけどね。それに、俺はまだ未成年だぜ」
「だが子供を作ることはできるのだろう?」
「え、そりゃ、たぶん」
サムだって年頃の少年だ。人並みに性欲はある。
男としてちゃんと機能だってしている。
ただ、前世でそうだったように、今世でも子作りをする機会に恵まれてはいない。
「なら問題あるまい。お前は強く、地位を得たと聞く。ならば、次は子を成し、血を残すことが義務ではないのか? むしろ、なぜ躊躇う?」
「竜に人間みたいなこと言われた!」
「む……誤解しているようだが、我ら竜も自由気ままに生きているわけではない。我のような強い個体は血を残す義務もあるのだぞ」
「へぇ。人間も竜もしがらみがあるのは変わらないんだね」
「そんなものだ」
サムも考えなしにただ魔法使いの頂点を目指しているわけではない。
宮廷魔法使いという通過点ではあるが、一国に立場を得ればしがらみがあることくらいわかっていた。
「どこで誰と気が合うかなど誰にもわからぬ。木蓮の孫娘と会ってみるのも、貴様にとってはいいことなのかもしれぬぞ」
「そう言われてもさぁ」
「我も、夫とは争いばかりの関係だったが、意外と夫婦としては相性が良かったぞ」
「夫いるんだ!?」
「無論だ。今は、離れた場所にいるがな。しかし、よかったな、サムよ」
「うん?」
意地悪そうに笑い始めた灼熱竜。
「今回、国を襲ったのが我が夫ならば、間違いなくこの国は滅びていただろう」
「そりゃゾッとするね」
「さて、治療もしてもらったことだ、我はそろそろいこう」
「え? どこに?」
「傷も癒えたので、もう一度風呂に入る。あれはいい。湯に浸かるのは実に気持ちがいいものだな!」
「人間の生活を満喫しているようでなによりだよ」
「うむ!」
傷が完治した灼熱竜は、足取り軽く浴室へと向かっていった。
この国を滅ぼさんと襲いかかってきた竜が風呂に夢中になっている光景を思い浮かべると、つい笑みが浮かんでしまう。
出会いこそ最悪のものだったが、彼女とその子供たちが、人間を憎まないでくれてよかったと思う。
「それにしても、結婚かぁ」
ひとり残されたサムは、冷め切った紅茶を口に含み、嘆息する。
愛するウルが亡くなってしまったが、彼女はサムに前に進むことを望んでいた。
前に進むという意味は、なにも魔法だけのことではない。
誰かと恋をして、結婚し、家庭を築いて、血を残すこと、もだ。
「まだ未成年なんだけどなぁ」
まだウルを失ったばかりで、彼女を恋しく思う日々だ。
だが、彼女をがっかりさせないようにしっかり前を向いて、日々一歩一歩進んでいるつもりだ。
ウル以上の女性に出会えるか不明だが、いつか誰かと家庭を持つことができるかもしれないと思わないわけではない。
ただ、ウルへの愛情を消すつもりも、隠すつもりもないサムを受け入れてくれる女性がいれば、だが。
「それって難しいことだよね」
自分だったらどうだろうと考える。
結婚する相手に思い人がいて、常に自分は二番だ。
それは相手にとって失礼だろうし、本当の家族になれるとは思わない。
「恋愛経験がほぼないに等しい俺にどうしろっていうんだ」
サムの脳裏には、昨晩告白をしてくれたリーゼの顔が浮かぶ。
彼女はとても魅力的な人だ。
辛い過去を抱えながら前を向いている尊敬できる女性だった。
そんな彼女を支えてあげたいと思っていたが、まさか告白されるとは予想もしていなかった。
どうして自分を、とも思ってしまう。
「木蓮様のお孫さんの前に、リーゼ様にきちんとお答えしないと。だけど、どうしたらいいんだよぉ」
告白されて嬉しい気持ちと、彼女とのこれからを考えるとサムはやはり答えを出せないまま無駄に時間ばかりが経っていくのだった。
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