42「孫を嫁にと言われました」①




「はじめまして、灼熱竜様、サミュエル・シャイト殿。わたしは・木蓮。宮廷魔法使い第一席にいる回復魔法使いです」


 ウォーカー伯爵家の応接室で、優しげな笑みを見せたのは五十代半ばの女性だった。

 ソファーに座る物腰には落ち着きがあり、穏やかな雰囲気が伝わってくる。

 白髪が少し混じりつつある藍色の髪を結い、頭部の上でまとめていた。

 身につけている衣服も、スカイ王国で目にするものとは違って民族衣装のようだ。


「はじめまして、サミュエル・シャイトです。この度は、御足労どうもありがとうございました」

「世話になる」


 ソファーに座りながら丁寧に挨拶するサムに対し、灼熱竜は足を組んだまま不遜な返事をする。

 サムが肘で突くが、彼女の態度は変わることはなかった。


「いいえ、サミュエル殿はこの国のために戦ってくださった方ですし、灼熱竜様は被害者です。わたしたちがお力になるのは至極当然のことです」

「感謝します」


 この場に、ウォーカー伯爵家の面々はいない。

 先んじて木蓮を出迎えた伯爵たちは、治療が終わるのを別の部屋で待っている。


「では、さっそく治療をはじめましょう。灼熱竜様、失礼します」

「ああ、頼む」


 木蓮は立ち上がり、足を組む灼熱竜の背後に回ると、彼女の体をそっと抱きしめるように覆い、魔力を流し込んでいく。


「さすが竜といったところでしょうか。大半の傷が塞がっているようです。竜の回復力に驚くべきか、ここまでのダメージを与えたサミュエル殿に驚くべきか迷いますね」


 そう木蓮が微笑んでいる間に、竜の傷が癒えていく。

 目に見えた裂傷などは簡単な回復魔法と竜の治癒力で塞がっているが、内面まで回復しているわけではなかった。

 その証拠に、灼熱竜の衣服から覗く肌にはいくつものあざが浮かんでいる。

 だが、木蓮の回復魔法によって、それらのあざが綺麗に消えていくのだ。


「――ほう。素晴らしい回復魔法だ。感謝する」

「お褒めに預かり光栄です。さて、次はサミュエル殿です」

「お願いします」


 一呼吸で灼熱竜の治療を終えてしまった木蓮は、続いてサムの治療に取り掛かった。

 同じようにサムの体を腕で包むと、魔力を流し始める。


「……これは、凄い」


 柔らかで暖かい魔力が流れ込んでくるのがわかった。

 身体の内側から癒えていくのが伝わってくる。

 サムの体にあった鈍痛が、次々と消えていき、体が軽くなる。

 一分もしないうちに、サムも全快してしまった。


「終わりました。おふたりともなにか違和感はありませんか?」

「ない。完治した。これで人化を解くこともできよう」

「俺も問題ありません。ありがとうございます、木蓮様」


 サムが礼を言うと、木蓮は笑みを浮かべて頷いた。

 そしてソファーに戻ると、まだ湯気を立てている紅茶を口に含み、大きく息を吐く。


「ふう。歳を取ると魔法の行使も疲れてしまいますね。さて、サミュエル殿」

「はい?」

「あなたには尋ねたいことがあります」

「なんでしょうか?」


 前置きをした木蓮は、真っ直ぐにサムの目を見つめてから口を開いた。


「わたしは、人を、いえ、人以外の種族関係なく、傷ついた者を癒すことを使命だと思って今まで生きてきました」

「ご立派だと思います」

「ありがとう。それゆえに、命を奪うことをよしとしていません。ですから、問いましょう。アルバート・フレイジュを殺す必要はありましたか?」

「ありました」


 国王に問われたことと同じことを木蓮に問われたサムは、はっきりと断言する。


「迷いはありませんでしたか?」

「ええ、奴は俺の師匠を、家族を、大切な人たちを侮辱しました。許せるはずがなかった。それに、幻想種と魔物の違法売買をしていた挙句、この国を未曾有の危機に陥らせたんです。俺が手を下さなくとも、死刑だったでしょう」


 アルバートを生かしておく理由がなかった。

 ああいう人間は自分の都合の悪いことを認めないだろうし、逆恨みする場合が多い。

 無駄に情けをかけたせいで、自分の大切な人が傷つく可能性だって十分にあった。

 それならば、憂いを残さず殺してしまったほうがよほどいい。


「確かに、死刑は免れなかったでしょう。陛下は、フレイジュ伯爵家と彼の実家である子爵家の取りつぶしを決めました。アルバートの父親は、責任を取らされ死刑となり、他の家族親族も国外追放です」

「それだけのことをしたと思います」


 同情などしない。

 アルバートの親も、息子があんなことをしないようにきちんと躾けておかなかった責任がある。


「同感ですが、わたしは厳しい処分に反対でした」

「木蓮様は木蓮様のお考えを大事にしてください。俺は俺の道を進みますから」


 木蓮が反対しようと、サムは何度でも同じ選択をしただろう。

 これからアルバートのような人間が現れたとしても、また同じようにする。

 木蓮の優しさもいいと思うが、それはあくまでも木蓮の考えであって、サムのものとは違うのだ。

 サムの意見に木蓮は、なぜか笑みを浮かべた。


「若いとはいいですね。とてもまっすぐで、それが眩しく、羨ましい。どうでしょう、サミュエル殿、わたしの孫と結婚しませんか?」



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