25「竜の襲来です」




「馬鹿な! どういうことだ!? わかるように説明しろっ!」


 国王の声だけが響き渡る。

 兵士は震える声で、更なる報告を続けた。


「王都に向かい赤竜が飛んできております!」

「通過するだけではないのか?」

「すでに街道で被害が出ています!」

「――なぜだっ! なぜ竜がこの国を狙う!


 国王が頭を抱えると同時に、静まっていた観客たちにパニックが起きた。

 我先にと逃げ出そうとする者、絶望に嘆く者、気を失う者たち。

 気持ちはわかる。

 竜とはそれだけ脅威なのだ。


 竜はドラゴンとは違う。

 ドラゴンはモンスター扱いだが、竜はさらに格上の扱いとなる。

 国によっては神として崇めることや、悪神として恐れることもある。


「静まれ! 鎮まるのだ!」


 国王の一喝により、全員が動きを止める。


「誰か、戦える者は? リュード! 魔法軍を動かせるか?」

「はっ。お時間をいただければ可能です。しかし、竜を相手にして勝利できる保証はございません」


 戦う前から泣き言を言いたくないのだろう、リュードの表情は苦々しい。

 しかし、彼は軍を率いる人間として、事実を伝えなければいかなかった。


「そんなことはわかっている! だが、国を守らねばならぬ!」

「もちろんです。死してもスカイ王国をお守りしてみせます!」

「……頼む。他には、宮廷魔法使いよ! そなたたちの出番ぞ!」


 返事がなかった。


(――え?)


 誰ひとりとして返事をしないことにサムが驚く。

 ギュンターは手を上げようとしていたが、ジョナサンに「君は戦いに向いていない、やめなさい」と止められていた。


 竜は間違いなく脅威だ。

 一国が誇る魔法使いでは太刀打ちできる可能性がないのかもしれない。

 特に、この国は最強の魔法使いを失ったばかりだ。

 宮廷魔法使いも全員揃っているわけではない。

 もしかすると、戦いに適していない魔法使いばかりなのかもしれない。


(――なんて情けないんだ)


 だが、どんな言い訳をしようと、国に認められた魔法使いなら戦う義務があるはずだ。

 きっとウルがこの場にいれば、嬉々として戦いに赴いていただろう。

 それは、サムも同じだ。


 サムは今、宮廷魔法使いであり、スカイ王国最強の魔法使いなのだ。

 なによりもウルリーケ・シャイト・ウォーカーの弟子として、この程度のことで怖気付くわけにはいかない。

 いや、怖気付くなんてありえない。

 むしろ、その逆だ。


(竜と戦える機会がまたあるなんて……今の俺がどこまで通用するのか試すいい機会だ)


「国王様。俺が戦います」

「――サミュエル・シャイト、まことか? そなたが赤竜と戦うと申すか?」

「もちろんです。そのための宮廷魔法使いであり、この国最強の魔法使いなのですから」


 サムは国王の前で膝をつき、首を垂れた。


「竜と戦うのは初めてではありません。ウルと一緒でしたが、戦い、こうして生きています。どうかご命令ください」

「――わかった。すまぬが頼む」

「お任せください」


 サムが立ち上がり、国王に一礼する。

 すると、ギュンターが待ったをかけた。


「待つんだ、サム。ならば僕も戦おう。夫だけを危険な目に遭わせるわけにはいかない」

「ギュンター・イグナーツ、そなたも戦ってくれるのか。ありがた――ん? 夫?」

「余計なことを言うなよ、ギュンター! この非常時に国王様が首を傾げちゃったじゃないか! というか、戦うのは俺だけでいいんだよ」

「それはあまりにも傲慢だ、サム! 君の実力は確かに証明された! 僕が想像していた以上の実力だったことも認めよう! だが、竜に勝てる人間などいない、ウルリーケだって勝てるかわからないんだぞ!」


 ギュンターも余計な一言はあったが、心から心配してくれているのだと分かった。

 確かに、いくらウルでも竜を相手にすれば勝てないかもしれない。

 かつて竜を相手にウルと戦ったときは、死ななかっただけで勝てなかった。


「そうよサム! 竜はドラゴンと違うのよ、私たちが想像もできない上位種なの! ひとりで戦って勝てる相手ではないわ!」

「リーゼ様……ご心配くださるのはありがたいです。ですが、俺が戦わないなら誰が戦うんですか?」

「――っ、それは」

「生意気なことを言わせていただきますが、王立魔法軍では勝てない。ギュンター以外の宮廷魔法使いは戦おうともしない役立たずだ。なら、俺が、ウルリーケ・シャイト・ウォーカーの後継者である俺が戦わずして誰が戦いますか?」


 サムの言葉は、宮廷魔法使いたちへの侮辱だった。

 しかし、反論する声も、怒りの声も上がらない。

 この場にいる宮廷魔法使いは、竜と戦う気がないからだ。

 下手に声をあげて、竜と戦うことになることだけは避けたいのだろう。

 そんな臆病者が宮廷魔法使いの地位にいることに、サムは心からがっかりした。


「なら、私も戦うわ!」

「リーゼ!」


 娘を止めるジョナサンの声が響き渡る。


「お前は確かに剣聖殿のもとで剣を学んだが、竜を相手に剣一本で戦うつもりか!」

「で、ですが、お父様」

「剣を握っていない時間があったお前になにができる!」

「そうですよ、リーゼ様。あなたに万が一のことがあったら、俺は悲しいです」


 ジョナサンにサムも同意する。

 まだ本調子ではないリーゼが戦いに参加して何かあったら、サムは間違いなく後悔する。

 ウルにも申し訳が立たない。


「でも、サムになにかあったら私だって悲しいのよ?」

「俺を信じてください。必ず、無事に帰ってきますから」

「――約束できる?」

「もちろんです」

「なら、約束よ」


 リーゼがサムを力強く抱きしめる。

 サムが彼女の背中を軽く叩くと、リーゼは離れ、背中を向けた。

 もしかしたら泣いているのかもしれない。

 思わず声をかけたくなってしまうが、エリカとアリシア、そしてグレイスが彼女に駆け寄ってくれたので任せることにする。

 彼女たちの安全のためにも竜と戦うのだ。


「国王様、まず御避難ください」


 サムは国王に進言する。


「あい分かった。民にも避難するよう誘導する」

「そちらはお任せします」


 パニックになるかもしれないが、竜は天災のようなものだ。逃げる以外の選択肢はない。


「では、時間を稼ぎます。倒せるものなら倒したいのですが」

「サミュエルよ、すまぬ。無事に事が過ぎ去れば、そなたの働きに報いよう」

「感謝します。おい、ギュンター」

「なにかな?」

「王都を守るように全域に結界を張ることはできるか?」


 サムの問いに、ギュンターが腕を組んで考える。


「僕だけでは難しいが、僕の部下や、結界術を使える魔法使いを魔法軍から借りることができれば可能だろう」

「じゃあ、頼む」

「――つまり、僕は竜と戦わず、王都のみんなを守れと言うんだね?」

「守ることに特化したギュンターならできるだろう?」

「ふ、ふふふふ、夫に期待されたのならやってみせるさ。ただし、全力で当たるが、結界の硬さと維持する時間は保証できないと思うよ」

「それでいいさ」


 王都に守りがあるとないのでは違う。

 後ろを気にしながら戦うのは苦手だ。

 攻撃だけに集中したかった。

 幸い、ギュンターの結界術の固さをよく知っている。

 彼なら、やってくれると信じている。


「旦那様、奥様、皆様を連れて早く避難を」

「サム、いや、何も言うまい。すまないが、頼む。私もできることをしよう」


 ジョナサンが力強く頷いてくれる。


「サム!」


 リーゼが涙を流し、名前を呼んだ。

 サムは彼女に笑みを浮かべ、心配ないと言う。


「大丈夫ですよ、リーゼ様。ウルと一緒に戦ったのは竜王でしたが、こうやって生きてます。今回だって乗り切ってみせますよ」

「でも」

「それに多分」


 サムの足が地面から離れる。


「飛翔魔法を使える魔法使いもいなさそうですから、空を飛ぶ竜を相手にするのはやっぱり俺の出番だと思うんです」


 サムが飛んだことに驚きの声が、周囲から次々と上がった。


「わかったわ。もう引き留めないわ。でも、気をつけて、必ず帰ってきてね」

「サム! 無理しないでよ!」

「あ、あの、サム様、御武運を」

「ありがとうございます。必ず帰ってきます」


 三姉妹に見送られて、サムは大きく飛翔した。


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