24「王国最強の座を手に入れました」②




「サム!」

「リーゼ様!」


 サムが家族に駆け寄るように、リーゼを先頭にウォーカー伯爵家のみんなと、シナトラ親子がこちらに向かってきてくれた。

 みんなが笑顔で迎えてくれる。

 サムの殺伐としていた心に温かさが戻ったのを感じた。


 だが、そんなリーゼたちを後ろから追い抜く影があった。

 ――ギュンター・イグナーツだ。

 彼は、全力ダッシュでリーゼを追い抜くと、一番にサムを抱きしめ、そのまま抱き抱えてクルクルと回り始める。


「さすがサムだ! 僕の夫だ! はははははははははははははっ!」


 サムを抱きしめようと腕を伸ばしていたリーゼが、変態に先を越されたせいで硬直していた。

 家族たちもなんとも言えない顔で足を止めている。

 サムはギュンターの腕の中で、怒りに震えた。


「なんでお前が一番なんだよっ!」

「本当よっ!」


 サムが腕の中から頭突きを食らわせ、再起動したリーゼが拳でギュンターの後頭部を殴る。

 だが、その程度で変態は止まらなかった。


「妻として当然の権利さ!」

「だーかーらー! お前は俺の妻じゃないだろ!」

「ふふふ、ウルと同じように照れ屋さんだね。そんなところもかわいいよ」

「うわっ、ぞわっとした、ぞわっと! 本当にブレないなお前!」


 サムの抱きしめるギュンターの腕が、胸や尻を触り始めたので、イラッとして思いきり蹴り飛ばす。

「あふんっ」となぜか嬉しそうな声をあげて、ギュンターがサムから離れた。

 そこをすかさずエリカがキャッチして羽交い締めにする。


 変態から解放されたサムは大きく咳払いをする。

 同じようにリーゼも咳払いした。

 そして、


「サム!」

「リーゼ様!」


 やり直しが始まった。

 リーゼがサムの体を力強く抱きしめる。


「り、リーゼ様」


 年頃の女性の体温と甘い匂いに、サムはドギマギしてしまう。

 リーゼのような美女に抱きしめられて動揺しないなんて無理だった。

 そんな少年の葛藤を知らずに、興奮したリーゼが早口に捲し立てる。


「凄かったわ! なんなの、あの魔法は!? あんなことできるなんて、私知らなかったのだけど! ついでに変態も両断してくれないかしら!」

「できるものなら両断したいですねぇ」


 あははは、ふふふ、と笑い合うふたり。

 そんなふたりに近づいてくるのは、デライトとフランだった。


「信じられねぇ。いや、手合わせをして、アルバートにてめぇなら勝てるんじゃねえかと思っていたがよ、まさかここまで圧勝するとは思わなかったぜ」


 ばんばんっ、と上機嫌にデライトがサムの背中を叩く。


「ウルの弟子が、王国最強の魔法使いになりやがった。これほど嬉しいことはねえ」


 喜んでくれるデライトの瞳にはうっすら涙が浮かんでいた。


「デライト様、憂いは晴れましたか?」

「できることなら俺が、って思っちまうのは傲慢なんだろうな。ありがとな、よくやってくれた。お前を見習って、俺も前に進まないとな」

「お手伝いできることがあればなんでもおっしゃってください」

「ありがとうよ。だが、大丈夫だ」


 アルバートに敗北し、観衆の面前で屈辱を味合わされたデライトは長い間苦しんだが、その元凶が愛弟子ウルの弟子によって敗北したことで、前に進むきっかけになったはずだ。

 もう彼を苦しめる人間はいない。

 あとはデライト次第だ。


「おめでとう、サムくん。父の無念を晴らしてくれたこと、心からお礼を言うわ」

「いいです。俺のためでもありますから」

「ううん。私も感謝しているの。これであの男にもう付き纏われることがないんだなって思うと、ほっとしたわ」

「ですね。アルバートはもういません。デライト様も、フラン様も、あんな奴のことなんて綺麗さっぱり忘れて新しい日々を送ってください」

「うん、そうするわ。本当にありがとう、サムくん」


 父親同様フランも瞳に涙を溜めていた。

 長年、アルバートに父を侮辱され、自身も付き纏われていたのだ。

 もう奴に苦しめられることがないのだ、安心したのだろう。


「サム! よくやったな!」

「旦那様! 奥様、エリカ様とアリシア様も!」


 ウォーカー伯爵家のみんなが笑顔を浮かべ、サムのもとへ来てくれた。

 エリカの拘束を抜け出したギュンターも、再び一緒だった。


「素晴らしい結果だ。それ以外の言葉が見つからない。ウルもサムが陛下に認められたことを喜んでいるだろう」

「ええ、本当に。娘も喜んでいるでしょう」

「旦那様、奥様、どうもありがとうございます」


 まるで自分のことのように喜んでくれている伯爵夫妻にサムは頭を下げた。


「ちょっとサム! すごいじゃない! ていうか、あんたこんなに強かったの!? どんな魔法を使ったのよ!」

「ありがとうございます、エリカ様。魔法とスキルの混合技ですよ」

「なによそれ、聞いたことないんだけど!」

「今度、落ち着いたところでちゃんと説明しますね」

「約束だからね!」

「もちろんです」


 サムに詰め寄よるエリカも未知なる魔法を目にしたせいで興奮気味だ。

 彼女の気持ちはよくわかる。

 サムだってウルから多くの魔法を教わったときは、興奮して夜も眠れなかったのだから。

 後日、彼女と魔法の話をする時間がとても楽しみに思う。


「あ、あの、サム様、ご無事でなによりでした」

「アリシア様も、どうもありがとうございます」


 少しおっかなびっくり声をかけてくれたのは、ウォーカー伯爵家三女のアリシアだ。

 彼女は男性が苦手なので、あまり普段から接点が少ない。

 お茶会で一緒することはあるが、会話が姉妹の中で一番少なかった。


 聞けば、大人しい性格ゆえに戦いはもちろん、血なども苦手らしい。

 そんなアリシアが自分のために、決闘をわざわざ見にきてくれたことに感謝しかない。


「い、いえ、わたくしにはなにがなんだかわからないうちに終わってしまい、その、お恥ずかしいです」

「アリシアが恥じることはないよ。自慢するわけではないが、僕にもほとんど見えなかったからね」


 魔法はおろか、戦闘に関しても素人なアリシアにとってサムとアルバートの決闘は、知らぬうちに終わっていたようだ。

 なにひとつ戦いを理解できなかったことを恥じているようだったが、それでいいと思う。

 心優しく、大人しいアリシアに、たとえアルバートのような男だったとはいえ、命を奪ったことを理解してほしくない。

 そんなアリシアを慰めるように、ギュンターがまるで兄のように肩を叩く。


「ほんっとうに自慢することじゃないわね! まあ、あたしにもなにも見えなかったけど! ていうか、ギュンターに見えなかったって、どれだけよ!」

「正直、サムのあの斬撃を放たれたら結界ごと両断される自信があるよ」

「あら、いいことを聞いたわ。サム、今度ギュンターに変態行為をされたら斬ってあげなさい」

「あたしたちが許すわ!」

「おや? 私は今まで変態行為など一度もしたことがないが?」

「無自覚!」


 リーゼとエリカがギュンターにそんなことを言い、アリシアが困ったようにオロオロする。

 幼なじみゆえの気安さがよくわかる賑やかな場面だった。


(俺には幼なじみとかいなかったからな、リーゼ様たちがちょっと羨ましいや)


 思い返せば、友人すらいなかったサムのライバッハ男爵領での生活はあまりにも灰色だった。

 会話をしたのだって、姉のように慕うメイドと父代わりの執事だけ。

 実の家族は、暴力的な弟と、高圧的な義母、そして子供に関心のない父親だけだ。


(あの家族は今頃なにをしているんだか。ま、俺がいなくなってせいせいしているんだろうけど、関係ないからどうでもいいか)


 過去を思い出してしまったが、それだけだ。

 今は、自分のことを家族として受け入れてくれる人たちがいる。

 ウルが残してくれた大切な縁を大事にしていこうと、サムは心から思う。


(ウル、まずは宮廷魔法使い、この国最強の魔法使いになったよ。世界最強に至るまで、俺は走り続けるから)


 亡き最愛の師に、想いを伝えていたときだった。


「国王陛下! 緊急事態です!」

「――何事か?」


 王宮に戻ろうとしていた国王のもとに、兵士が駆け寄り膝をつく。


(なんだ? 緊急事態?)


 呼吸を乱している兵士は、よほど慌ててこの場に来たのだろう。

 彼の大きな声に、会場が静まり緊張に包まれる。

 サムたちも、兵士の言葉を待った。

 次の瞬間、


「竜が王都に向かってきます!」


 耳を疑う言葉を聞いた。


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