20「リーゼの想い」②




「……そうね。フランだから白状するけど、私はサムに惹かれているわ。でも、この気持ちをこれ以上育てるつもりはないし、隠しておくつもりよ」

「え? どうして?」


 サムへの想いを認めたリーゼだったが、彼女の表情はどこか暗い。

 たまらずフランが疑問を口にした。


「言わなくてもわかるでしょう。私とサムは歳も離れているし、それに……私は一度結婚していたのよ」

「サムくんはそんなこと気にしないと思うけど」

「あの子は優しいから気にしないでくれるかもしれないけど、私が気にするのよ」


 なによりも、とリーゼは続けた。


「サムはウル姉様を心から愛しているわ。たとえ、亡くなったとはいえ、ウル姉様への想いが消えることはありえないでしょう」


 サムのウルへの想いは、リーゼだけではなく誰もが知っているものだ。

 聞けば、ふたりは相思相愛だった。

 その気持ちを確かめあったのが、最期の瞬間だったということは、あまりにも辛いことだが、間違いなくふたりは愛し合っていた。

 彼の姉への強い気持ちが無くなるとは思わないし、無くなってほしくはない。


「あら、そんなことを気にする必要があるの?」

「え?」

「サムくんがウル様を愛していることは、私だってわかるわ。あれだけ、ウル、ウル、と言っているだからよほど鈍感な人じゃないかぎり彼の気持ちに気付くわよ。でも、それがどうかしたの?」

「…………」

「愛する人に、他の愛する人がいたらいけないの?」

「……それは、駄目よ」

「もちろん、所帯を持っている方を愛してはいけないかもしれないけど、サムくんは独身よ。いずれ結婚だってするでしょうし、ウル様以上の人とは出会えなくても、同じくらい愛する人が現れるかもしれないわ」

「かもしれないわね」

「だから遠慮なんてしなくていいのよ」


 フランははっきりとそう言った。


「フラン、あなた」

「サムくんが宮廷魔法使いになれば、嫌でも縁談が舞い込んでくることになるわ。血を残す義務だって出てくる以上、どうしても避けられないことだもの。そのとき、サムくんが誰かと望まない結婚をするくらいなら、彼を愛する人が精一杯愛してあげたほうがいいわ」


 フランの言っていることは間違っていない。

 遅かれ早かれサムが宮廷魔法使いになれば、同時に義務も発生する。

 その最重要なのが、血を残すことだ。


 魔法使いは希少だ。

 必ずしも優れた魔法使いの子供が魔法使いになるとは限らないが、可能性がないわけではない。

 ならば、宮廷魔法使いに選ばれるほどの魔法使いたちには自然と期待される。


 宮廷魔法使い全員に子供がいるわけではないが、国から、民から、跡継ぎを望まれるのは間違いないことだった。

 そうなれば、政略結婚など珍しくない。

 所属した派閥、後ろ盾になった貴族などが宮廷魔法使いとのつながりを強くしようと自分たちの子供を送り込んでくるのは考えるまでもないのだ。


 リーゼはサムにそんな結婚をさせたくない。

 彼が、真っ直ぐに愛するウルはもういないが、ちゃんと愛情のある結婚をして、温かい家庭を築いてもらいたいと思う。

 不幸な結婚をしたリーゼだからこそ、より思ってしまうことだった。


「……そういうフランも、サムを気にしているように見えるけど?」

「そうね。父を立ち直らせてくれただけでも感謝しているのに、あのアルバートから私のことを守ってくれたのよ。今回の決闘だって私がきっかけだもの。これで意識しない女はいないわ」

「……まあ」


 意趣返しをしようとしたリーゼだったが、フランはあっさりと自分の気持ちを認めてしまった。

 ほんのりと頬を赤くするフランは同性から見ても可愛らしかった。

 きっとサムも彼女の今の顔を見れば、同じことを思うに違いない。

 そう思うと、少しだけ胸がちくり、とする。


「ねえ、リーゼ。サムくんとウル様のような関係には、私たちではどうしてもなれないわ。でもね、私たちには私たちにしかできないサムくんとの在り方があると思うの」

「――そう、そうよね」

「私もリーゼも、サムくんとはまだ会ったばかりだし、今すぐどうこうとはならないでしょうね。でも、憎からず思っているのに、気持ちに蓋をしてしまうのは嫌だわ」


 フランの言葉を受け、リーゼはサムのことを考える。

 年下の、魔法に優れた優しい少年。

 明るく、元気で、礼儀正しく、でもちょっと傲慢で、喧嘩っ早いところもあるのだと先日知った。


 彼との訓練はとても楽しく、真綿で水を吸い上げるように技術を盗んでいく姿は剣士として師匠として嬉しい。

 彼と過ごす時間を毎日待ち遠しく思っている。


 もし、サムが自分以外の誰かと楽しげにしていたら、想像しただけで胸が痛む。

 まだ恋と呼べるほど育っていない感情なのかもしれない。

 そもそも、自分に彼を愛する資格があるのかどうかもわからない。

 でも、この胸に抱く彼への思いを捨ててしまうのはあまりにも寂しい、とリーゼは思うのだった。


「サムくんはまだ未成年だし、時間はあるわ。お互いに、後悔しないようにしましょうね」

「……後悔は、したくないわね。ありがとう、フラン。あなたのおかげで自分の気持ちと向き合えそうだわ」

「ふふふ、ライバルを増やしちゃったかしら。でも、リーゼにも幸せになってほしいから——がんばってね」


 友人の激励に、リーゼは素直に頷くのだった。



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