19「リーゼの想い」①
「久しぶりね、フラン」
「ええ。久しぶり、リーゼ」
ウォーカー伯爵家の自室で、リーゼはフランとテーブルを挟んでお茶をしていた。
「こうして会うのはいつ以来かしら?」
「リーゼが嫁いで以来ね。結婚は残念だったわね。あんな男があなたの夫だったなんて、一度でも祝福したことが恥ずかしいばかりよ」
「――もう終わったことよ。少し前まで、結婚のことを引きずっていたけど、今はもう違うわ」
かつて不幸な結婚をして塞ぎ込んでいたリーゼだったが、今では過去のこととして平然と話ができるようになっていた。
そのことにフランは安心する。
「サムくんのおかげかしら?」
「……そうね。あの子と出会って、私は立ち直ることができたんだと思うわ」
「父と同じね」
「今ごろ、デライト様はサムに稽古をつけているんでしょうね」
「サムくんとアルバートの決闘が正式に決まったこともあって、父は朝からそわそわしっぱなしだったのよ。それにサムくんが来ることを楽しみに待っていたみたい。あんなに魔法を使うことを拒んでいたのに、やっぱり父は根っからの魔法使いだったのね」
父を想うフランの顔には嬉しそうな微笑が浮かんでいた。
「嬉しそうね。あなたこそ、そんな顔をするのは久しぶりに見たわ」
「こんなに嬉しいことはないもの。魔法に一途だった父に戻ってくれたんだから」
フランは本当に嬉しそうだ。
リーゼは友人の変化を素直に喜んだ。
かつてフランは、宮廷魔法使いと王国最強の座を失った父を支えるのに精一杯だった。
余裕がなかったとも言える。
そんな友人を助けたいと思ったが、リーゼに力になれることは少なかった。
ここ数年では、自分も不幸な結婚で大変な目に遭っていたので、疎遠になりかけていたが、サムがきっかけとなってこうしてまた会うことができた。
「あなたのことだってそうだわ」
「私?」
「父の世話があったから今まで会いに来られなかったわけじゃないの。辛い思いをしたリーゼとどんな顔をして会えばいいのかわからなかったのよ」
「……そうだったのね」
「友人として失格よね。リーゼが辛いなら、一番の友人として慰めたかった、支えたかった……でも、できなかった。ごめんなさい」
「気にしないでいいのよ」
リーゼはフランの気持ちだけで十分嬉しかった。
それに、お互い大変だった自分たちが顔を合わせたとしても、いい結果にならなかった可能性もある。
ならば、今こうして一緒に笑うことができることに感謝しよう。
「サムくんからリーゼの話を聞いたわ。再び剣を握ってサムくんを鍛えていると知って、会わなきゃって思ったの」
「会ってみてどうかしら?」
「私が知る今までのリーゼよりもずっと素敵になったわね」
「ふふっ、ありがとう」
「恋する女は綺麗になるわね」
「――っ、ちょっと、急に何を言うのよ!」
不意打ちの言葉に、リーゼが顔を真っ赤にして慌てふためいてしまう。
その反応を見て、フランがなにかを確信したように笑みを深くする。
「私はそんなんじゃ、サムは弟みたいな」
「いいのよ。私たち友達じゃない。誰かに言ったりしないわ」
「…………」
「少しくらい異性として意識しているのでしょ?」
「どうしてそう思うの?」
リーゼに訊かれ、フランは苦笑した。
大切な友人は、どうやら自分があの少年のことを好きなのか気付いてないらしい。
「だって、サムくんのことを話すリーゼって、とても幸せそうだもの」
フランの指摘にリーゼは驚いたような顔をした。
そして、しばらくすると、観念したように小さく頷いたのだった。
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