16「家族たちは心配です」②




「落ち着きたまえ、リーゼ」


 冷静なギュンターの声がリーゼを嗜める。

 が、逆効果だったようで、彼女は眉を釣り上げ大きな声を出した。


「ギュンターだってサムのことが心配でしょう!」

「それはもちろんだよ。妻が夫のことを心配しないわけがない。だが――」

「なによ?」

「サムが王国最強を打ち破る瞬間を見たいと思っているのも確かだよ」

「ギュンター!」


 ワイングラスを傾け、唇を湿らすギュンターの言葉に、リーゼが激昂しかける。


「待て、リーゼよ」

「お父様!」

「いいから、お前も落ち着くんだ」

「……はい」


 立ち上がろうとしたリーゼを止めたのはジョナサンだった。

 リーゼは渋々、ソファーに腰を降ろすと、当て付けのようにグラスに注がれているワインをいっきに飲み干した。


「おかわり!」

「もっと味わって飲みさない。私の少ないお小遣いを貯めてやっと買ったワインなんだぞ」

「知りません! それよりもお父様、早くおかわりをください!」

「やれやれ。ところで、ギュンターよ」


 娘のグラスにワインを注ぎながら、ジョナサンは尋ねた。


「君はまさか、サムがアルバートに勝つと思っているのか?」

「ええ、私見ですが勝てる見込みは十分にあるかと」

「相手はあのアルバート・フレイジュだぞ? 戦力として戦場に派遣されれば敵という敵をすべて灰にするような男だぞ」

「サムなら可能性があると思いますよ」

「それほどか、サムはそれほど強いのか?」


 スカイ王国に現在戦争はない。

 時折、隣国と小競り合いがないわけではないが、比較的平和な国だ。

 だが、それでも戦いが存在しないわけではない。


 賊の討伐からはじまり、異常発生したモンスターの駆除などに騎士団や王立魔法軍が派遣される。

 騎士団と王立魔法軍があるため宮廷魔法使いの出番がないと思われがちだが、それは違う。

 スカイ王国が平和な理由のひとつは、宮廷魔法使いという最大戦力がいるからである。


 十二あるすべての席が埋まっているわけではないが、それでも王国を守る優れた魔法使いがいることは、周辺諸国への影響が大い。

 それゆえ、宮廷魔法使いは、その存在と力を示すため、国王の判断によって各地に派遣される。


 結果、周囲の国々とは安定した関係にある。

 もちろん、すべてが宮廷魔法使いのおかげではなく、外交などの官僚たちが力を注いでくれている結果だ。

 ただ、宮廷魔法使いの存在は、国の守りに大きく貢献しているのだ。


 そんな宮廷魔法使いであり、スカイ王国最強を名乗るアルバート・フレイジュも、何度も戦場に派遣された。

 騎士団や魔法軍が隊を作って討伐しなければならないオーガの群れを、彼はたったひとりで、しかも一瞬で焼き払った。

 炎の魔法使いとして、国内ではもちろん、国外でもその名が知られるほどアルバートは強かった。


 アルバートは高火力を自慢とする魔法使いであると同時に、敵が人間であろうと一切の容赦も手加減もしない。

 理由があって、やむなく犯罪に手を染めた者だろうと、たとえ家族が人質に取られた結果敵対した者だろうと、彼らの事情に耳を傾けることなく平等に焼き殺していく。


「アルバートがデライト殿を陛下たちの前で打ち負かしたのは、まだ忘れることができぬ」

「でしょうね。僕も父に連れられてあの場にいましたが、当時王国最強の座にいたデライト殿をああも圧倒的に倒してしまったのは驚きでした。ただ、そのあとがいただけない。奴はあまりにも紳士から程遠い」


 ジョナサンとギュンターがかつてのアルバートの振る舞いを思い出し、苦い顔をする。


「お父様、私は話しか聞いたことがありませんが、それほど酷かったのですか?」

「ああ、デライト殿は同じ炎の魔法使いのアルバートと戦い、敗北した。それはいい。仕方がないことだ。だが、アルバートは敗北したデライト殿を一方的に嬲ったのだよ」

「当時の宮廷魔法使いは割り込むこともできなかったよ。それだけの差が、アルバートとはあったのさ。唖然としていた陛下が我に返るまで、大勢の前でデライト殿は、焼かれ、蹴り飛ばされ、侮蔑された。あれはひどい光景だったね」

「傷こそ木蓮殿が消したが、デライト殿が心に負った傷は消えまい」

「それほどでしたか」


 リーゼは口頭でしかデライトとアルバートの件を知らなかった。

 友人であるフランにも聞くことはできなかった。

 当時はとても気になり、父に尋ねたこともあったが、苦い顔をするだけで教えてもらえなかったことを思い出す。


「私ならあの屈辱は耐えられぬ。ご息女のフランチェスカ殿が献身的に尽くしたからこそ、酒に逃げるだけですんだと言える。だが、まさかアルバートが、そのフランチェスカ殿に言い寄っていたとはな。恥知らずにも程がある」

「そんな男とサムが戦うのは反対ですわ!」

「まあ、待ちたまえリーゼ。そこで、話を戻すけどね、サムなら勝てる可能性があると僕は思うんだよ」

「私も改めて聞くが、ギュンターよ、サムの実力はデライト殿を、いや、アルバートを超えているとでもいうのか?」


 ジョナサンに問われたギュンターは頷いた。


「単純な火力では、そうですね。アルバートを超えていると言ってもいいでしょう」


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