10「最強に喧嘩を売りました」②
「――ぐっ、っ」
「サムくん!?」
頬を殴られ、サムがよろめくと、フランが悲鳴のように名を呼んだ。
大丈夫だ、と軽く手を上げ、サムはアルバートを睨み付ける。
「女性を殴ろうとするなよ」
しかも平手打ちではなく、拳だ。
最強を名乗る男のすることではない。
「フラン様が怪我をしたらどうするつもりなんだ?」
威圧を含めてさらに睨みつけると、アルバートの顔が不愉快そうに歪んだ。
「――ていうか、このガキはどこのガキだ? さっきからフランチェスカの後ろで鬱陶しいと思っていたんだがな」
「俺はサミュエル・シャイトだ」
「……シャイトだぁ? あー、そうかそうか、てめーがウルリーケの弟子って奴か?」
「だったらなんだ?」
見下すような視線を向けてくるアルバートを真っ直ぐに見つめる。
こんな男が馴れ馴れしくウルの名を呼ぶのも気に入らない。
「おっ死んだウルリーケが弟子を残したって聞いていたが、まさかこんなガキだったとはな。あいつも無駄死にだ。こんなガキに何ができるっていうんだ?」
「アルバートっ、あなた! いい加減にしなさい!」
「いいんです、フラン様。女性を殴ろうとするクズになにを言われても気になりませんから」
「てめーっ、言うじゃねえか!」
「サムくんもやめて。こんな男でも父を倒した王国最強なのよ!」
喧嘩腰のサムをフランが止めようとするも、アルバートを前に引きたくないという感情の方が強かった。
サムの中で、宮廷魔法使いというのは、敬愛する師匠がいた高みである。
師匠ウルは、自信に満ち溢れた天才魔法使いであり、姉のように母のように優しく、ときに厳しく、尊敬でき、心から愛した人だった。
王都に来てから出会った宮廷魔法使いギュンターだって、アルバートよりはマシだ。
ウルに変態的愛情を抱き、その食指をサムにまで伸ばしているものの、彼の結界術は見事の一言だった。
だが、このアルバートはどうだ。
彼からは強い魔力を感じることはできる。
単純な魔力量なら相当のものだ。
だが、その魔力が荒く安定していない。
アルバートの感情のように起伏が激しいのだ。
サムはウルから、魔力は使うときだけ高めるように教わった。
普段は凪いだ湖面のように静かに、戦闘時には嵐のように荒立てろと教わった。
敵対する人間に自分の実力を悟られない意味合いと、「そのほうがかっこいいだろ?」というウルらしい考えからだ。
魔力を普段から安定させておくのは難しく、日常生活で意識しないでできるようになるまで一年もかかった。
だが、一年でできるのだ。
サムが見る限り、ギュンターもできている。
しかし、アルバートはどうだ。
まるで強い魔力を誇示するように垂れ流しだ。
そもそも魔力を研ぎ澄まそうと訓練したことがあるのかさえ怪しい。
おそらくアルバートは、圧倒的な火力自慢のパワータイプだ。
すでに彼の魔力は感情的になっているせいで高まっている。
いつアルバートが、その感情に従い魔法を放ってもおかしくない状況だった。
きっとフランもそれに気付いているのだろう。
ゆえに、サムに危害が及ばないように心配してくれているのだ。
だが、サムは力だけが自慢のアルバートに負ける気はないし、怖くもない。
「フラン様、心配してくださるのはありがたいのですが、問題はありません」
「――はっ、女の前だからっていい格好するなよ。成人すらしていないガキが、俺の強さもわからずあとで後悔して泣いても遅いんだぜ?」
「黙れ」
「…………あ?」
「お前のような男が、宮廷魔法使いであることも王国最強を名乗っていることも俺は認めない」
「サムくん! やめなさい!」
フランが止めようとしてくれるが、心の中で謝罪し無視をする。
――実に、いいチャンスなのだ。
「言ってくれるじゃねえか、ガキが!」
「やめて、アルバート! 子供の言うことを間に受けないで!」
「黙ってろ、フランチェスカ! このボロ屋敷を燃やされてーのか?」
「――っ」
恫喝さえ始めたアルバートの品位を疑った。
とてもじゃないが、上に立つ人間ではない。
仮に、スカイ王国の宮廷魔法使いが実力だけあればそれでいいという考えなら、実にがっかりだ。
「お前こそ黙れ」
「ああっ!?」
「女性に手を上げる、脅す、そんなことしかできない人間の屑が、最強を我が物顔にしていることが不愉快でたまらない」
「さっきから好き勝手に言ってくれるじゃねえか! だったらなんだって言うんだ!」
サムは不適に微笑んだ。
こんなチャンス逃すはずがない。
「アルバート・フレイジュ。お前に決闘を申し込む」
「はぁ!?」
王国最強が目の前にいるのだ。
奴からその座を奪い取ってやろう。
「宮廷魔法使いの地位と、王国最強の座を、俺によこせ」
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