9「最強に喧嘩を売りました」①
「……なにをしにきたの、アルバート」
「おいおい、アルバート様、だろ? まったく礼儀のなってない女だな」
「礼儀がないのはどっちよ」
嫌悪感を浮かべたままアルバートを屋敷に招き入れたフランに、いやらしい笑みを浮かべる男こそ、王国最強の男だった。
フランはさっさとアルバートに帰ってほしいのだろう。
屋敷に入れたが、玄関で対応するようだ。
(――こいつが、この国の最強の座にいる魔法使いか)
年齢は二十代後半だろう。
背丈は高く、体格もしっかりしているところから魔法以外にも戦う術は持っていそうだ。
茶色い髪を短めに整え、ギュンターほどではないが容姿も整っている。
しかし、フランを舐めるように見る不躾な視線や、耳をはじめ腕や首に身につけている煌びやかな装飾品の数々。
品のない笑い声、すべてがサムを苛立たせた。
(こんな男が宮廷魔法使い? 王国最強の魔法使いなのか?)
こんなに品のない男が、ウルを差し置いて王国最強を名乗っているのはおこがましいとしか思えない。
「それで、なんの用かしら。父なら」
「あんな飲んだくれの負け犬に用なんかねーよ」
「――っ、あなた!」
父を負け犬呼ばわりされたフランがアルバートを睨み付けるが、彼は気にも留めていない。
それどころか、鼻を鳴らし、嫌な笑みを深めた。
「おいおい、本当のことじゃねえか。国王様の前で、俺に無様に負けただけじゃ飽き足らず、高すぎるプライドが邪魔をして宮廷魔法使いを続けられなかった負け犬だろ?」
「お前が国王様の、大衆の前で父を侮辱したからじゃない!」
「ま、どうでもいいさ。俺はクズには興味がねえ。それよりも、フランチェスカ。そろそろいい返事を聞かせてもらいにきたぜ」
「……なんのことよ?」
(なんの話だ? ていうか、どうしてアルバートがわざわざこの屋敷に?)
サムは、フランがアルバートがなにかとこの屋敷に足を運んでいると言っていたのを思い出す。
その大半が、デライトとフランへの侮辱をするためだったと聞く。
王国最強が随分と暇なものだ、と思う。
「そりゃねーだろ。忘れたのか、俺の女にしてやるって言ってやっただろ?」
「――だ、誰が! 父を侮辱するような男に!」
「言っておくが、俺はこれでも真面目に言ってるんだぜ。愛人とか遊び相手じゃねえ、お前を妻にしてやるって言ってんだぞ」
「誰がお前の妻になんてなるものか!」
「俺の妻になりたい女がどれだけいると思っていやがる? 中には爵位の高い貴族の令嬢だっているんだぜ。だが、俺はあえてフランチェスカを選んでやったんだ。光栄だろ?」
「……本気で私がお前なんかの妻になるとでも思っているの?」
サムはふたりの間に割って入っていいものか悩んだ。
アルバートの言動に腹が立つ。
よくもこれだけ上からものが言えると感心してしまう。
一方で、フランが心配だった。
父親を侮辱する人間の妻になれなどと言われたら、普通怒るに決まっている。
その証拠に、彼女は怒りで震えていた。
(だけど、俺が間に入って事が拗れても困るんだよな。第三者だし)
ただサムもそろそろ限界に近い。
ウルの師匠を、妹弟子を馬鹿にされているのは実に腹立たしかった。
しかし、フランが耐えているのにサムがキレるわけにはいかない。
深呼吸して、怒りをなんとか抑えていた。
「考えてみろ、フランチェスカ。俺の妻になれば、負け犬の父親の職の世話だってしてやれるぞ。宮廷魔法使い復帰は無理だが、王国軍の士官くらいには推薦してやる。飲んだくれにはありがたいだろ?」
「父を侮辱するな! お前の世話になどなるわけがないだろう!」
「へえ、じゃあこれからお前たち親子はどうするんだ? クズな父親のせいで借金もあるんだろ? 弟子もみんな見限っていなくなった。唯一、ご自慢だったウルリーケももういない。ウォーカー伯爵とイグナーツ公爵にいろいろ援助してもらっていているみたいだが、唯一の繋がりだったウルリーケが死んだ以上、援助が続くかどうかわからないだろ?」
「そ、それは」
「そうなったらお前はどうする? 体でも売るのか?」
フランが顔を真っ赤にしてアルバートの頬を引っ叩いた。
「私を侮辱しないで! 父は立ち直るわ! 借金だって返してみせる!」
「はっ」
「それに、お前なんかの妻になるくらいなら、娼婦として体を売った方がマシよ!」
「――言ってくれるじゃねえか。ちょっと俺が優しくしてやればつけ上がりやがって! 口の聞き方に気を付けろっ、俺はこの国最強の男だぞっ!」
明らかなフランの拒絶に激昂したアルバートが大きく腕を振りかぶる。
さすがにこれ以上看過できなかったサムが、フランとアルバートの間に入った。
次の瞬間、アルバートの拳がサムの頬に直撃した。
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