7「ウルの師匠デライト・シナトラと会いました」①




 部屋の中は、魔法書が散乱し、酒の匂いが充満していた。

 部屋の主――デライト・シナトラは、無精髭を伸ばした長髪の、まだ四十半ばほどの男性だった。

 娘が世話を焼いているだけあるのか、不潔さはない。

 ただ、やはり酒に溺れているのは事実のようだ。


「……ごめんね。飲まないように言っておいたんだけど」

「気にしていませんよ」


 書物が散乱する床を歩き、机の上に足を乗せて酒瓶を煽る中年男性の前に膝をついた。


「お初にお目にかかります。俺はサミュエル・シャイトと申します。ウルリーケ・シャイト・ウォーカーの弟子です」


 サムの挨拶に、デライトは酒瓶から視線をこちらに向けた。


「――てめぇがウルの弟子か?」

「はい」

「ガキだな」

「まだ未成年ですから」

「……それで、俺に何の用だ?」

「ウルの師匠であるデライト様にご挨拶を、と思いまして」

「――はっ、こんな落ちぶれた俺に挨拶して何になるって言うんだ?」


 酒が入っているせいか、デライトの態度はあまりいいものではなかった。

 だが、気に触るほどではない。

 こうしている間にも、サムはデライトの魔力を感じ取っている。

 長年酒浸りになっていた割には、研ぎ澄まされた魔力だ。

 年齢的に衰えていてもいいはずなのに、力強さを感じる。


(さすがウルの師匠かな。飲んだくれていたとしても、魔法使いとしての質はかなり高い)


「……お父様、サムくんは宮廷魔法使いの推薦者になってほしくて挨拶に来たんですよ」

「あ? あー、そんなこと言ってたな。はっ! 笑わせてくれるじゃねえか! てめぇみたいなガキが宮廷魔法使いだと? そんなに甘くねえんだよ!」

「かもしれません。ですが、俺はウルの弟子として、最強を目指しています。宮廷魔法使いは通過点に過ぎません」

「――俺の前で、最強だなんてよくも言えたな、おい!」


 かつて最強だった男には、まだ子供のサムが最強を口にするのは傲慢に映ったようだ。

 デライトの顔に怒りが浮かんだのがはっきりとわかった。

 フランが慌てて、サムをフォローしてくれる。


「お父様、サムくんはギュンター様の結界を破壊できるそうです」

「――っ、あの変態小僧、ギュンター・イグナーツの結界を破れるのか!?」

「はい」

「ギュンターの固い結界を破れるのはウルだけしかできないと思っていたが……てめぇみたいなガキに本当にそんなことができるっていうのか?」


 訝しげなデライトの視線に、サムは笑顔で応える。


「一応、ギュンターにも宮廷魔法使いの推薦者として名を借りることができました」

「嘘をつく必要は……ねぇか。おい、ガキ」

「どうかサムとお呼びください」

「てめぇなんぞガキで十分だ。それよりも、てめぇはよほど自分の実力に自信があるようだな?」

「ウルが鍛えてくれましたので」

「……いいだろう。なら、俺がまずてめぇの実力を確かめてやる! つまんねえ魔法しか使わないなら、その場で殺してやるからなっ!」

「お、お父様!?」

「喜んでお受けします」

「サムくんまで!?」


 驚きを隠せないフランを置いてきぼりにして、デライトと戦うことが決まった。

 意外ではあった。

 飲んだくれて魔法を使っていないと聞いていたが、ウルの師匠に実力を見てもらえるのならありがたい。

 サム自身、デライトにどれだけ自分の魔法が通用するのか確かめてみたい。

 それに、


(本当に飲んだくれて魔法を使ってないのなら、わざわざ俺と戦おうとはしないと思うんだよね。多分、この人は、みんなが言うほど落ちぶれていないんじゃないかな)


 リーゼが願ったように、サムもデライトが落ちぶれているなら立ち直って欲しいと思っていた。

 だが、戦う気力があるのなら、周囲が言うほどでもないようだ。


「――いい度胸だ、クソガキ」


 足を机から下ろし、立ち上がろうとするデライト。

 だが、


「ぐっ、くそっ」


 足をふらつかせて、床に尻餅をついてしまった。


「お父様! 飲み過ぎです!」

「そんなに飲んじゃいねえよ……くそっ! 待ってろ、ガキ! 風呂に入って酒を抜いてくる! いいな! 逃げるんじゃねえぞ!」

「お待ちしていますので、ごゆっくりどうぞ」

「はっ、生意気なガキだ!」


 そう言って鼻を鳴らしたデライトは、風呂に入るため部屋を後にするのだった。



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