6「シナトラ家に着きました」②




 屋敷の中を歩いていると、魔法使いの弟子たちが居た頃の名残が所々に残っているのに気づいた。

 庭にある訓練場をはじめ、魔法書が大量に集められた書庫、食堂とかつては賑やかだったのだろうと思う。

 そして、ここでウルが魔法を習ったのだと思うと感慨深い。


「ここでウルがデライト様から魔法を習ったんですね」

「ええ、私の姉弟子になるわ。父から魔法を習い、よほど楽しかったのね。朝早くから夜遅くまで、夢中になって魔法を学んでいたわ。そして、気づけば宮廷魔法使いに至るほどの魔法使いへと成長したの。でも、そのときにはもう、父は……」

「アルバート・フレイジュによって最強の座を奪われ、宮廷魔法使いの地位も追われていたんですね」


 師匠と入れ替わるように宮廷魔法使いになったウルは、そのとき何を思ったのだろうか。


「誤解しないで。最強の座は確かにあの男に奪われたけど、宮廷魔法使いの地位は自ら辞したのよ」

「そうだったんですか?」

「……自ら辞したなんていうと聞こえがいいけど、実際は国王様の御前で敗北したのがよほど堪えたのね。プライドの高い人だから、自身を恥じて、もう宮廷魔法使いではいられないと辞めてしまったそうよ」

「そうだったんですか……ご自身で」


 気持ちがわからなくもない。

 宮廷魔法使いまで上り詰めた人なら、自分の魔法にそれなりの自信を持っていたはずだ。

 それを打ち砕かれてしまった。

 しかも、国王の前で。

 推測することしかできないが、さぞかし悔しかっただろう。


「ありがたいことに、国王様をはじめ、他の宮廷魔法使いの方達に引き止められたのだけど……自分に勝った男と同じ宮廷魔法使いでいることに耐えられなかったんでしょうね」


 聞けば、宮廷魔法使いの地位を捨てないようにと説得した人間の中に、ウォーカー伯爵もいたそうだ。

 そして、もちろん、ウルも。


「あれで、アルバート・フレイジュが人格者ならよかったんだけど、卑怯者で弱い者いじめが趣味の最低男だったから。あんな男に負けた事実を、父は受け入れられなかったのね。私だって、同じ立場だったらきっとそうよ」

「アルバート・フレイジュをご存知なんですか?」


 サムの質問にフランは、顔を顰めながら教えてくれた。


「ご存知もなにも、父を馬鹿にするためだけにわざわざ屋敷に来ることがあるのよ。それどころか……私に自分の女になれ、なんて……どれだけ私たち親子を馬鹿にすれば気が済むのかしらね」

「そんなことが」


 宮廷魔法使いがみんなウルのような人物ではないようだ。

 話を聞く限り、アルバート・フレイジュはクズで間違いない。

 最強の座を奪ったのは正式に戦ったからいいとしても、そのあとに屋敷を尋ねフランたちを馬鹿にするような言動はとてもじゃないが許せるものではなかった。


「あっ、ごめんね。あなたにする話じゃなかったわね」

「俺こそすみません」

「いいの。でも、気をつけてね。アルバートの名前は父の前では出さないでほしいの。その名前を聞いたら、きっと父は激怒するわ」

「わかりました」


 フランから注意されサムは頷いた。

 誰だって自分の古傷を抉られたくないだろう。

 サムだって触れられたくないことくらいあるので理解できる。


 ふたりの会話が止まり、広い屋敷の中を足音だけが響いていく。

 しばらく歩くと、フランの足が止まった。


「この部屋に父がいるわ。……飲んでないといいんだけど」


 フランが部屋の扉をノックした。

 しかし、返事はない。

 彼女は構わず、扉越しに声をかけた。


「お父様、お客様です。ウルリーケ様のお弟子のサミュエル・シャイト様がいらっしゃいました」

「…………ああ」


 部屋の奥から、不機嫌そうな低い声が返ってきた。

 フランは少しだけ困ったような顔をするが、ドアノブに手をかける。


「どうぞ」

「失礼します」


 サムはデライト・シナトラの私室に足を踏み入れた。


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