55「自称婚約者の変人が来ました」③
サムは、リーゼと近接戦の訓練の休憩中、疲れ果てて地面に寝転がっていた。
肩で息を切らしながら呼吸を整えようと深呼吸を繰り返している。
傍らでは、汗ひとつかいていないリーゼが、メイドに用意してもらった紅茶を優雅に飲んでいた。
「サムもなかなか強くなったわね。剣の才能が本当にないのは驚いたけど、もし少しでもあれば剣聖様への弟子入りの推薦をしていたわ」
「……それはありがたいことです。といっても、俺は魔法使いなので、剣士になるつもりはありませんよ」
「魔法剣士ってかっこよくないかしら?」
「――かっこいいです!」
「ふふふ、サムもやっぱり男の子よね」
白状してしまえば、魔法剣士になれるのならなってみたい。
魔法剣士なんて、少年心をものすごくくすぐる肩書きだ。
とはいえ、まずは魔法だ。
ウルから受け継いだものを使いこなし、魔法だけで上り詰める。
必要以上に手を広げた結果、なにもかもが中途半端に終わってしまうのは避けたかった。
どちらにせよ、剣士の才能が皆無なので、魔法剣士にはどう足掻いてもなることはできないが。
「このまま戦闘面を鍛えれば、魔法剣士は無理でも魔法拳士を目指せるんじゃないかしら。身体強化魔法を得意とするサムならぴったりだと思うのだけれど」
「魔法拳士……いい響きですね」
リーゼの言うように、身体強化魔法を一定以上使えるようになれば魔法拳士を目指せるだろう。
近接戦闘を叩き込んでくれるリーゼのおかげで、徒手空拳での戦いも以前より得意となった。
リーゼは、実戦だけで戦闘を学んだサムに基礎をとにかく叩き込んだ。
そのおかげで、ひとつひとつの行動が研ぎ澄まされ、鋭敏になったのだ。
リーゼはウルよりも師として優れていた。
基本的に体で経験して覚えろ、のスタンスだったウルとは違い、コツコツと大事なところを教えてくれる。
最後には実戦にたどり着くところがよく似ているものの、そこへたどり着く過程が丁寧だった。
「もうしばらく訓練を続ければ、全体的にサムの実力はもっと引き上がると思うわ。身内贔屓をするわけじゃないけど、魔法なしでも剣聖様の弟子と戦えるくらいにはなったと思うわ」
「そうであれば嬉しいです」
魔法ならそこそこ使える自信がある。
ウルから受け継いだ魔法も、少しずつ自分のものにしている最中だ。
そこに近接戦闘を学び、身体強化魔法と組み合わせれば、戦闘の幅は広がるだろう。
「サムは宮廷魔法使いを目指しているのよね?」
「はい」
「……そうなると、三ヶ月後にある魔法大会で優勝するのが理想よね」
「魔法大会ですか?」
「ええ、一年に一度、国内国外から優れた魔法使いを集めて戦うのよ。実力次第だけど、王国魔法軍へのスカウトも珍しくないわ。それ以上の力を示せば、宮廷魔法使いにだってスカウトが来るかもしれないわね」
「それはいいことを聞きました」
「もしくは、お父様をはじめそれなりに立場がある人に推薦してもらうのもいいわね。一番なのが、同じ宮廷魔法使いの方に推薦してもらえればいいのだけど」
「残念ながら宮廷魔法使いに知り合いはいません」
もし知り合いがいたら、まず戦いを挑みその席を奪おうとしただろう。
それが一番手っ取り早いと考えてしまうサムも、なかなか脳筋である。
「一応、うちと関わりがある宮廷魔法使いはいるけど、あの人をサムに紹介していいのか迷うわね」
「宮廷魔法使いのお知り合いがいるのですか?」
「ええ。ただ、その人はちょっと、特殊というか、なんというか」
言葉を探すリーゼの声が止まった。
彼女の瞳は大きく開き、なにかに驚いているようだった。
「リーゼ様?」
「……噂をすればなんとやらというわけね。しかし、タイミングが悪いわね」
リーゼの視線の先は、サムの背後にあった。
何事かと思い、後ろを向くと、そこにはエリカがいた。
彼女だけではない、見知らぬ青年が一緒だった。
「エリカ様?」
「サム……ここにいたのね。残念だけど、お客さんよ」
「俺に、ですか?」
おそらくエリカと一緒にいる青年がサムの客なのだろう。
白いスーツに身を包んだ、品のあるブロンド髪の美青年だ。
生前はもちろん、異世界に転生してからも見たことがないほど整った容姿をしている。
サムは来客に失礼がないよう、立ち上がる。
「ぎ、ギュンター」
「やあ、リーゼ。君とも久しいね。つもる話はあるけど、まず僕の目的をすませてしまいたい」
青年――ギュンターの声は甘く、その美しい容姿と相まって、まるで王子様といった雰囲気だ。
同性であるサムも、つい見入ってしまうほどだった。
(まさにブロンドの王子様って感じだな。少女漫画から抜け出て来たみたいだ)
そんな美青年の視線が、サムに向く。
(――ん?)
その視線に、敵意が混ざっていたことに気づき、若干の戸惑いを覚える。
少なくとも、初対面の人間に敵意を向けられるほどなにかをした記憶はない。
「君がサミュエル君か」
じぃ、っと見つめられ、サムはたじろいだ。
彼が何者なのか、そもそも自分に何のようなのかわからないと、リーゼとエリカに視線を向ける。
だが、ふたりはなんともいえない表情を浮かべて、顔を横に振るだけだった。
どことなく、迷惑そうな顔をしているのは、サムの気のせいではないと思う。
「あの?」
サムを見つめるだけ見つめたまま動かない青年に、恐る恐るサムが声をかけた。
次の瞬間、
「――あ、ああ、そんな……」
「え?」
「ああ、そんな馬鹿な、信じられない、本当だったのか?」
「あの、どうしましたか?」
「ウルは、ウルは、うわぁああああああああああああああああああああああああっ!」
突然、絶叫を上げはじめた青年に、サムは目を丸くした。
ギュンターは地面に膝をつき、天に向かって慟哭を続ける。
「え? は? えええ?」
サムはなにが起きたのか理解できず、ただただ困惑するのだった。
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