41「ダンジョンへお誘いです」
「ねえ、あたしに付き合いなさいよ」
ウォーカー伯爵家に滞在してから、二週間が経ったある日。
珍しいことに、四姉妹の末っ子のエリカが不機嫌そうに声をかけてきた。
眉を釣り上げて、腕を組んだその態度は、お世辞にもいいものとは言えなかった。
一緒にお茶を飲んでいたリーゼが眉を顰める。
「お行儀が悪いわよ、エリカ」
「これでも精一杯、態度よくしているんです。ちょっと、あんた。なんだかリーゼ姉様と稽古しているみたいだけど、あれのどこが魔法と関係あるわけ?」
「えっとですね、俺は魔法以外はからっきしなので」
「意味わかんない。魔法使いなら魔法の訓練をしなさいよ。ていうか、剣聖様のお弟子のリーゼ姉様から手ほどき受けるなんて生意気すぎ」
「こら、エリカ。私はサムと楽しく稽古しているし、なによりもお姉様の残した願いなのよ」
「――ふん!」
サムに突っかかる態度を取るエリカに、リーゼが嗜めるも、あまり効果はない。
エリカはこの二週間でサムが打ち解けることのできなかった唯一の子だ。
男性が苦手な三女アリシアでさえ、ウルとの冒険の日々を語るお茶会の席で、会話が成立し、笑顔を見せてくれるようになっていた。
(俺、嫌われてるなぁ)
気持ちがわからないわけでもない。
エリカはウルに憧れ、魔法使いとして成長しようとしていた。
だが、そのウルはエリカのそばにおらず、赤の他人であるサムの面倒を四年間見続けていた。
そして、最後には魔法とスキルのすべてをサムに託して亡くなったのだ。
ウルを敬愛するエリカが面白いはずがない。
「そういえば、あんた宮廷魔法使いを目指すんですってね」
「はい」
「……あんたにそんな実力があるとは思えないけど、まあいいわ。いい機会だから、あたしがあんたの実力を試してあげる」
不敵な笑みを浮かべるエリカに、サムは首を傾げた。
「勝負しろってことですか?」
「それも魅力的だけど、お父様に禁止されているから駄目よ」
「えっと、じゃあ、どうします?」
「ダンジョンに行くわよ!」
「ダンジョンですか?」
「あんたも手柄がほしいなら、手っ取り早くダンジョン攻略するのが一番でしょ」
「ねえねえ、エリカ。ダンジョンにいくのなら、私も」
「リーゼ姉様は駄目です!」
「えー、どうしてよー」
自分もダンジョンについていきたいと言うリーゼの願いを却下するエリカ。
リーゼは不満だと言わんばかりに頬を膨らませてしまう。
「リーゼ姉様はこの間、こいつと一緒に狩りにいったじゃないですか。だから、今回はあたしの番です」
「ぶー」
「……いい歳して子供みたいなことしないでください」
「いい歳とか言わないで!」
そんな姉妹のやりとりを眺めているサムは、ふたりは似ているなと思う。
リーゼが狩りに誘ってきたときも、今回のエリカも、突然すぎる。
せめて前の日に言ってくれれば準備できるのに、と苦笑いをしてしまう。
「ちょっと笑ってんじゃないわよ!」
「あ、ごめんごめん」
「ちょっとサム? まさか、あなたまで私のことをいい歳だと思ってるの?」
「違います! そこに笑ったんじゃなくて、おふたりが仲がいいなって思っただけです」
「……ならいいけど」
「大きなお世話よ!」
その後も、リーゼがダンジョンについていきたいと駄々をこねた。
サムに自分の過去を打ち明けてから、彼女はサムとの訓練とは別に再び剣を振るうようになった。
家族はそのことを喜ばしく思っているようだった。
リーゼは鈍っていた身体を動かして、全盛期の力を取り戻したいらしく、サムとの訓練にも自主訓練にも気合が入っている。
おかげでサムは毎回手も足も出ずに、ボロボロだ。
見かねたジョナサンが「たまには休憩することも必要だ」と言ってくれたので、今日は休みだが、これからエリカとダンジョンに行くのであれば、のんびりしているわけにもいかない。
結局、リーゼは大人しく屋敷で待っていることになった。
最後まで駄々を捏ねたリーゼだったが、エリカが譲らなかったのだ。
「……姉様をうまく手懐けたみたいだけど、あたしはそうはいかないわよ」
「別にそんなつもりじゃ」
「別にいいわ。さ、ついてきなさい。行くわよ」
そう言われて、襟首を掴まれて引っ張られてしまう。
「いってらっしゃい。お土産待っているわね」
手を振るリーゼに手を振り替えしながら、サムはすでに用意されていたウォーカー伯爵家の馬車に乗らされる。
「ダンジョンは王都から半日かからないところにあるわ。今からなら、昼過ぎにはつくわね。出発よ!」
御者に指示をすると、馬車が動き出す。
走った方が早い気がしたサムだったが、たまにはのんびりと馬車移動もいいだろうと思い、体の力を抜く。
エリカとの会話があるはずもなく、すぐに退屈になってしまったサムは目を瞑るのだった。
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