14「決意しました」③
「駄目に決まっています!」
明日、ラインバッハ男爵家を出ていくと世話になったダフネに告げたサムは、当然のごとく猛反対にあっていた。
「成人前に、しかも十歳のぼっちゃまがどうしてそんなことになったのですか! 私が旦那様に抗議してきます!」
「待って待って! あの人が出て行けって言ったわけじゃないんだから」
「旦那様ではない? では、奥様ですか?」
「違うって、マニオンだよ」
「――あのクソガキ」
ついにダフネの整った唇から、弟の名前さえ出なくなった。
心なしか、こめかみが引きつっているようにも見える。
よほど怒っているのだろう。
サムはとりあえず、ダフネを落ち着かせようとする。
「別にマニオンに言われたから出ていくわけじゃないんだよ。前々から、俺がこの家から出て行きたかったのは、ダフネだって知ってるだろ?」
「それは、はい。存じています」
「成人するまで家にいようって考えてたんだけど、べつに悠長に五年も待つ必要はないかなって思ったんだよ」
「しかし、その五年が大事なのです! 十歳で冒険者として独り立ちするなんて聞いたこともありません!」
「でも、今のところうまくやってるじゃん」
「――そ、それはそうですが、だからといってこれからもうまくいくとは限りません! 男爵領を出たら、見知らぬモンスターがいます。ときには人間と戦うことだってあります!」
「その覚悟はできているよ」
サムも馬鹿ではない。
この異世界が、剣と魔法でモンスターと戦うだけの世界ではないことくらいわかっている。
犯罪者や野盗、悪事を働く冒険者だっているのだ。
ときには、人の命を奪わなければならないこともあるだろう。
そのすべてを覚悟してサムは、自立しようとしているのだ。
ダフネが心配してくれることには心から感謝している。
彼女ほど、自分に親身になってくれる人はいない。
だから、彼女に心配をかけることも悲しませることも辛かった。
それでも、この家から出ていきたいという思いは変わることはない。
「だからといって、はいそうですかと送り出すことはできません!」
「ダフネ」
「サムぼっちゃま、あまり私を困らせないでください」
「俺はこんな家にあと五年もいたくないんだ」
「――っ」
サムの言葉に、ダフネが言葉を詰まらせる。
「父親は俺に興味がなくて、義母は邪魔者扱いしてくる。腹違いの弟は俺を兄だと認めていない……そんな日々にあと五年も耐えなければいけないの?」
「……そ、それは」
「俺は、あいつらに馬鹿にされながら五年もこんな家にいたくない。そりゃ、ダフネたちと離れるのは寂しいけど、じゃあ、今行かないでいつ行くんだ?」
嘘偽りのないサムの本心を伝えると、ダフネは涙を流しはじめた。
自分でもずるいことを言っているのはわかっている。
いつだってそばに寄り添ってくれていたダフネが心から案じてくれているのを知りながら、自分のしたいことを優先するのだ。
「ごめんね、ダフネ。たくさんよくしてくれたのに、悲しませちゃって」
心からの謝罪とともに、姉のように母のように接してくれた恩人の細い体を抱きしめる。
ダフネも、サムの小さな体を強く抱きしめ返してくれた。
「――きっとぼっちゃまのことを考えれば、この家から出ていくことが最善なのでしょう。わかりました。ぼっちゃまが辛い思いをするくらいなら、このダフネ、もう止めはしません」
「ありがとう」
「ですが! 定期的に生存報告をなさってください。生きていることを、このダフネに知らせて安心させてください」
「わかったよ。定期的に手紙を送るよ」
「寂しくなりますね」
ダフネが抱きしめる腕に力を込める。
サムは、彼女の温もりを決して忘れないようにしようと力強く抱きしめた。
「俺もだよ、ダフネ」
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