15「決意しました」④
「――あ、そうだ。ダフネにお願いしたいことがあったんだ」
名残惜しく体を離すと、ダフネに頼んでおきたかったことを思い出す。
「なんでしょうか?」
「冒険者ギルドに貯金してあるお金の大半は残していくよ。だから、町のみんながお金や食料に困ることがあったら、惜しむことなく使ってほしいんだ」
「よろしいのですか? 結構な額が貯まっていたはずですが」
「いいんだ。もうワイルドベアの肉を届けることができないし、みんなになにがあるかわからないからね」
サムに心残りがあるとすれば、ダフネをはじめとした心優しい町のひとたちと別れることだった。
彼女たちのためになにかできることはないかと考えた末、思いついたのはお金だった。
幸いなことに、この一年で大量に退治したワイルドベアのおかげで貯蓄は潤っている。
お金も持って歩くには限度があるし、子供が大金を持っていてもいいことはない。
ならば、町の人たちのために使ってもらおうと考えたのだ。
「かしこまりました。このダフネ、責任を持ってぼっちゃまのお金を管理させていただきます」
「ありがとう。それと、もうひとつだけお願いしてもいい?」
「なんなりとおっしゃってください」
サムは、少しだけ恥しそうに小さな声で呟いた。
「あのさ、ダフネにお弁当つくってほしいな」
「もちろんです。愛情をたくさん込めて作らせていただきますね」
この日、サムはラインバッハ男爵家を出ていくことを決めた。
身支度をすると、ダフネやデリックと最後の食事を共にした。
転生してから一年だが、彼女たちとの日々は決して悪いものではなかった。
姉のように、ときには母のように優しくも厳しく接してくれたダフネ。
父親よりも、よほど父親のように穏やかに接してくれたデリック。
そして、笑顔と優しさをたくさん与えてくれた使用人たち。
みんなには感謝しかない。
最後の思い出を作ろうと、ベッドに入ってくるダフネを拒みきれず、家族のように一緒に眠りについたサムは、翌朝、爽快な気分で目を覚ました。
ダフネに手伝ってもらい、身支度を完璧にすると、彼女から愛情のこもったお弁当を渡される。
「それじゃあ、行ってきます」
「いってらっしゃいませ、私たちはいつまでもサムぼっちゃまのおかえりをお待ちしています」
使用人たちに見送られて、サムは男爵家の玄関にいた。
大きめのバッグを背負い、冒険者らしい出立に身を包みながらも、まだ十歳という年齢がどこかアンバランスさを感じさせる。
「みんな、ありがとう!」
しんみりした別れは嫌だったので、笑顔を浮かべて手を振ってみんなとの別れを迎えた。
ダフネは涙を流していたが、それでも必死に笑顔を浮かべてくれていた。
そんなダフネとの別れは辛かったが、サムは手を振り続け、屋敷に背中を向ける。
もう戻ることはないだろう。
だけど、縁があればまたみんなに会いたい。
そんな思いを胸に、地面を蹴って駆け出した。
途中、早くから起きている町の人たちと挨拶を交わし、孤児院の院長と子供宛てに手紙を置いていく。
お世話になった冒険者ギルドのみんなにはすでに昨日挨拶をしてあるので、そのまま町の外へ足を踏み出した。
「俺は、自由だっ!」
サムは、冒険者としての一歩を踏み出したのだった。
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