第二十三話 我が弟子へ

 勝命君のお陰で助け出された俺は、彼と共に地上に降りることが出来た。一息つく間もなく同じようにライムの背から飛び降りて、一心不乱にこちらに走って来たたゆたが正面から飛び込んできた。


『きゃぁーっ!!』


『いや、きゃーって……勝命君、大丈夫?』


 どうやら勝命君もたゆたのハグに巻き込まれてしまったらしい。これが新食なら巫山戯て言っているのだろうが、勝命君のそれはガチの悲鳴だった。


 いくら神様でも、やっぱり女の子に抱きつかれるのは恥ずかしいのだなと少し安心したのは内緒だ。


『っ……良かった、私っ……』


 震えながら絞り出すように言葉を紡ぐたゆたの背を、ゆっくりと撫でてやる。沢山の想いを背負った小さな背中は、やっぱりただの女の子のそれだった。


 暫くして、みんなで集まってから八卦炉の元へと向かった。もう予測不能の事態に巻き込まれないようにと固まって警戒しながら。辿り着いた先にあった八卦炉は、丁度俺たちが来たと同時に静かに形を崩して光の粒子となって消え去ってしまった。そこに倒れる、火黒先生ともう一人の巨体。三メートルサイズになった蚩尤だ。


『火黒先生っ……!!』


『金ピカ!!』


 三人が走り出すと、近くの蚩尤から離れるべく協力して火黒先生を運ぶ。気を失う火黒先生の様子を看る三人。


 そして、蚩尤の元へ歩き出すたゆた。


『たゆた……?』


 みんなが声を掛けるも、彼女は歩みを止めない。だから追いかけようとしたのにライムにそれを止められる。


 仰向けに倒れ、全身を黒く焼け爛れさせた神の元にたゆたがそっとしゃがみ込んだ。


【……我が、反乱を止めた者たちよ。誠……見事であった……】


 もう声に覇気はない。あまりの変化に指の一本も動かせないだろうと思っていた。しかし蚩尤は、静かにたゆたの方に首を動かす。それだけで体から炭となった皮膚が剥がれ落ちる。


【先に、進むか……。我が身を下した者たちよ、はあるのか?


 まだ、歩けるか?】


 今までの狂気はなりを潜め、まるで俺たちを心配するような口振りに違和感が走る。どうなのだと答えを急かす蚩尤にたゆたはもう炭となった手枷に触れた。


『私を起こしたあなたの情けを、無駄にはしません。


 あの時。あれを壊すことも出来たのにあなたはそれをしなかった。そこに可能性を見出してくれたから、あなたは私の魂に触れて私を起こしてくれた。


 あなたの反乱は正しかった。それを超えるのが、私たちの役目です』


【……そうか。


 娘。我が枷を破壊し、再び姿を現した、人の子よ】


【名は、何という】


 動かす度に、体が崩れる。それを気にする素振りも見せず蚩尤はたゆたに手を伸ばすと彼女もそれを臆することなく握る。


『羽降たゆた。あなたに三度も挑んで、やっと倒せた愚か者ですよ』


 手を握っていない方の手で、蚩尤の手にかけられていた手枷をトンと叩く。同じく炭となっていたそれはたったそれだけの動作で簡単に崩れ落ちてしまった。


 途端に蚩尤の体の下に赤い魔法陣が展開されると、もう片方の腕と足の枷が砕かれる。


 ライムの魔法だ。


【……そうか。たった三度目でくたばるなど、堕ちたものだ。


 羽降たゆた、そして人の子たちよ。我が枷を放つ恩人よ、生きるが良い。お前たちは……生きるべきだ】


【賭けてみよう。今を生きる生者よ……敗北は許さんぞ】


 降り止まない雨が、神の体を崩して流れ行く。自由になった手を掲げ、もう何も縛るものがなくなった自身の手を見て……彼は静かに笑った。


【さらばだ……扉を間違えるな。我が象徴を辿ると良い……。


 ああ、これだから人間という生き物は……飽きない、のだ……】


 掲げていた手が、バタリと床に投げ出される。赤い光に包まれ始める蚩尤の体は徐々に消えて、彼がいた場所には確かにその存在があったことを証明するようにすすが人型となって残った。



【戦闘終了 完全勝利


 反乱の神 蚩尤の討伐に成功しました。羽降たゆたの獣器とサブ獣器に経験値が加算されました】


 

 蚩尤に勝利した。確かにそれを裏付けるように流れた討伐完了のメッセージ……それを見た瞬間、みんなで一斉に雄叫びを上げた。近くにいる者に飛び付き、腕を組んで騒ぎ出す。知らず知らずのうちに流れていた涙を誰かが笑うも、みんなが泣いていた。傷が痛むし、未だに内心は恐怖で満たされているが今だけは笑い合える。


『やったね、専也君!!』


『いいぞー、作戦隊長ーっ!!』


 みんなで専也を讃えるも、当の本人は何度もそれを否定するように首を横に振っては嗚咽しか出てこない口を必死に動かす。


『あん、なの!! ぜんぜ、作戦じゃなっ、ひっく!! ぅう……みんなが、みんながいたからだっ、ひぐぅっ……。


 しなながっだぁ!! あっ、あぁあ……良かった、よがっ、だぁ』


 ワッと泣き出してしまった専也をみんなで撫でては褒め倒す。


 そうだ。専也の作戦とみんなの協力があって初めてこの勝利を掴み取れたんだ。


 俺も専也を褒め倒しにいくか……。


『尊ちゃん』


 そっと右手を掴まれると、聞き慣れた声にすぐに反応するように口から無意識に優しい声が出る。


『どうしたんだ、たゆた?』


 振り返った先にいたたゆたは、悲しげに目を伏せながら俺の手を引っ張ってどこかへ歩き始める。どうしたことかと思いながらも素直にたゆたのさせたいように、なんて思いながら歩いていれば……


 黄金の光に身を包みながら、今にも消え去ってしまいそうな大聖がいた。


『た、いせい……?』


 既に爪先が消えかけている彼は、それを気にすることなく歩き出すと俯いたままのたゆたの頭を乱暴な手つきで撫でた。


【言ったろ。気にするんじゃねェよ、こんだけ頑張ってるお前がそんな顔するな。


 あの泣き虫が、随分逞しくなったと褒美の一つでもやりたいくらいだ】


 泣き声を殺すように泣き出したたゆたを、大聖は何度も甘やかに言葉を尽くして慰める。あの乱暴で傍若無人な彼が、幼い子どもをあやすように接する姿は新鮮で意外だった。どうしても泣き止まないたゆたの元にライムが現れ、そっと彼女を抱えて大聖へと頭を下げる。


【変わったな、お前。まあ……そっちの方がしっくりして良いじゃねェか? 俺様はもう助けてやれん。


 残ったのは貴様のみ。それを肝に……は、もう良いな。必ず送り届けろ。人の世に、この者たちを……蚩尤にすら背を押された。もう失敗は許さん】


【ええ。感謝していますよ、斉天大聖。


 後はお任せ下さい。我が勢力を持って、必ず成し遂げます。地獄で会った時はお手柔らかにお願いしますね】


 はいはい、と適当に相槌をした後でライムの腕の中にいるたゆたの頬をグイと押した後で楽しそうにケタケタと笑ってから手を振った。未だボロボロと涙を零すたゆたも、手を振り返したところでライムが歩き出してしまう。


【アイツ、頬が餅のようだったぞ。まだまだ童だなァ】


 プスリ、と俺まで大聖に頬を突かれる。唖然とする俺に大聖は大声で笑いながら指を指して腹を抱える。


 もう、下半身は光に包まれ……消えてしまった。


【お前は饅頭だな!!


 ……あー、なんだ。言ったろ? あんだけ派手に変化を使えば容量オーバーだ。もう俺様も退場だ】


『でも、やっと出て来てくれたのに……一緒に、戦いたいよ』










【馬鹿野郎。


 俺様とお前は、散々共に戦った仲なんだよ。お前は忘れちまったろォがな……それは良い。そんなことを言いたくて俺様はわざわざ分身体を残したんじゃねェ。


 お前に、言いたいことがあったから……こうして悪足掻きまでしてんだ】


 伸ばされた右手に、自然と近付く。後頭部を掴まれてグッと大聖に寄ると額と額がぶつかる。


 あ、れ……? なんか前にも、こんなことをしたような。


【思い出すなァ、お前が俺様にぶつかってきた時をよォ。人間の世話なんざ二度と御免だって思ってたんだけどな、どうしても体が動いて助けに来ちまってた。


 来て良かったぜ。お前と会えて、お前が明日を生きる手助けの一つでも出来たなら上々だ。俺様はもうここまでだ】


【お前、称号欲しがってただろ。俺様がお前のが好きだからって変えさせなかったけど、やるよ】


 もう、肩まで……消えてしまう。


【有り難い称号なんだからな、拝み倒しやがれ人間め】


 ニカリと笑った彼の笑顔に、見覚えがある。


【……生きてくれ。そんなに若いまま、死ぬなよ……死んでくれるな】


『大聖、俺っ……!』


 ゴツンと硬い額にぶつける。どうしても言葉で表せない何かを伝えたくて、そんなことをしてしまった。


 大聖はポカンとした表情の後で口を閉じて静かにしている。俺の言葉を待つようにするその姿に、知らずと流れた涙が頬を伝った。



『大聖……、大聖、ずっと助けてくれてありがとう、俺……もっと話したかった。もっと、一緒に戦いたかった。もっと……明るい場所でっ君と歩いて、みたかった!!


 俺が、俺が弱かったせいで、っ……ごめん、大聖……。でも、ありがとう、今までありがとう!!


 、また会おう、斉天大聖孫悟空!!』








【そうだ。


 それが聞きたくて、わざわざ蘇ってやったんだよ。わかってんじゃねェか



 流石、俺様の弟子だな】







【称号:斉天大聖の愛弟子】




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