第十七話 黒衣終炎
【どーよ、このスピード!! 俺様最速! けっけっけ!! あのデカ物もこのスピードじゃ目にも留まらねーな!】
大聖の背に背負われ、広大な武道場を縦横無尽に駆ける景色に一時は心奪われたもののそれはすぐに終わった。
今はただ、怖すぎるだけ。
大聖は俺を背負い、右手で新食を担ぎ左手では芽々を担いで床を駆ける。駆けるといっても走っているわけではない。あるものに乗っていて、それを床にめり込ませているから滑っているか走っているように見えるが実際は飛んでいる。
その名は、
【飛ぶには觔斗雲は目立つからなァ。しかし床にめり込むたぁ初めて知ったな!!】
牙を見せて豪快に笑う大聖だが、笑っているのは大聖だけだ。俺は二メートルを超える猿に背負われた上に慣れない高さに恐怖を覚えているし、珍しく新食も気分が優れないのか口数が少ない。そして芽々は……大聖に言われたデリカシーのない一言で立腹している。
『僕は小さくない……僕は小柄、スマートな男……』
持ち上げる際に彼に対しては禁句である言葉を言ってしまった故の結果だ。いつものように怒り狂った芽々だったが、相手が悪かった……斉天大聖には蹴りの一発も入れられずすごすごと退散してしまった。
俺の獣器……大丈夫か。
『あ!!』
あっという間に元の入り口付近に来た時、向こうから走ってきた三組のみんなを見て慌てて手を振る。急ブレーキをかけるように激しく停止した大聖とみんなの間はほとんどなかった。
かくして。大聖と出会った経緯を簡単に説明してから俺たちは話し合いに入る。
『尊も獣器を出せたのか! 凄いじゃないか、戦力が増えたのは良いことだ』
肩を叩きながら、嬉しそうに喜んでくれる千之助に興味深そうに大聖を見る専也。笑は具合が悪そうな新食を診て、きぐねは心底不機嫌そうな芽々を見て早々に彼から遠ざかった。海我はたゆたを背負っていて、ハヤブサは前線の戦いを見守っている。
良かった……みんな、なんとか正気を保ってるな。
『専也! どうだ、何か思い付くことはありそうか!? みんなも何か気付いたことがあればなんでもいい、作戦を練ろう』
『……わかったよ。うん、フル回転でいこうっ!!』
まずは大聖から、蚩尤について知ってることがないか聞くと彼は意外にも多くのことを語ってくれた。神としてどうあったか、その生涯を簡単に語ってくれるも……そこにあの巨人を倒すヒントがあるか?
『あるよ。ヒントはある。
蚩尤は倒されたんだ、そう物語られてる。そういう過去があったんならあの巨人にも倒されるべきフラグはあるっしょ』
そう言い切った専也の言葉に心から共感し、それを返そうとした時だった。
ハヤブサの声にみんなが振り返り、何かが勢いよく飛んで来たのだ。あまりの速さに何かもわからず……それは壁に激突するとドサリと床に崩れ落ちた。黄色のマスクは破れ、目を閉じていても美形だとわかる彼が一瞬誰だかわからなかったが、そのマスクですぐに理解した。
『麗君っ……!!』
制服はボロボロ、何よりあのハンマーを握りしめすぎたせいかその両手からは血が流れ出て何とも痛ましい様だった。
『酷い怪我っ……』
側に座ったものの、あまりの怪我に笑もどうしたら良いかわからず呆然とする他ない。それは俺たちも同じで、むしろ……次にこうなるのは。
【手当ての手段がないなら放っとけ。貴様らと違ってそこの神の混じり者は加護が宿ってるだろーからな。
むしろ。前を見ておけ】
蚩尤と対峙するのは、火黒先生ただ一人。微ちゃんも戦闘不能に陥ったのか、その姿は見渡せる限りにはいない。巨人の前に堂々と立ち塞がる火黒先生の姿に、尊敬を覚える。
しかし、傷だらけなのは火黒先生も同じだった。
【妖混じりにしては、妙なものと同化してやがる。俺様も初めて見た】
そして彼が、何かを仕掛けた。何事か呟いた後で流れた血を使って顔に何か書いた。瞬間、彼は赤黒い炎を全身に纏いそれを両手の上に一気に収束させていく。サッカーボールほどの赤黒い炎は、どんどんと大きくなりやがては自販機よりもデカい炎の塊がそこに生まれた。
『うちの生徒どもを、よくもっ……』
まるでブラックホール。禍々しいそれを前に、彼は高くジャンプしてから思いっきりそれを……蹴り付けた。
『一片の欠片も残さず燃やし尽くしてやるよ……黒炎に抱かれてくたばれ
蚩尤に向かって一直線。床を燃やしながら迫るそれに流石に対処しなければマズイと思ったらしい蚩尤が目の前に盾を展開する。
『無駄だ……全て燃えて、消えちまえ』
ドンッ、と盾ごと蚩尤を喰らうようにぶつかった黒衣終炎は全てを燃やす勢いで全身に及ぶ。蚩尤の体の全てに黒炎が行き渡った光景を見て……歓声が上がった。
みんなが声を上げて喜ぶ中、それに乗じようと専也を見た時に違和感を覚える。
『っ……これ、フラグなんじゃ……詰んだ、絶対詰んだ……』
討伐メッセージが流れないことに気付いた時、頬に何かが触れた。
雨……だった。ふと上を見てから何故こんな室内で雨なのかと考えた時に、何かが上空で光ったのだ。それが何か理解した瞬間に……俺は腹の底から声を上げた。
『っ避けろ!! 避けろォっ!! 敵はまだ生きている!! 上だ、上から矢が降って来る!!』
“一度でも攻撃を受ければ消え失せ”
それを思い出して、大聖に向かって手を伸ばした。
失ってはいけない。まだ君を失ってはいけないはずだ……まだ。俺は。話したいことが、あるんだ。
『たいせっ……』
赤い眼を見た。両目に映る間抜けな自分の姿が面白くて、なんて必死そうなんだよと笑った。
手は、届かなかった。
【っ、伸びろ!! 如意棒!!】
焦るような大聖の声に反応した如意棒がグングンと伸び渡る。未だ伸び続ける如意棒を抱えながら大聖はそれを勢い良く振り回せば上空からの矢のほとんどを薙ぎ払うことに成功した。
だが。全てではなかった。あまりの矢の数に咄嗟に大聖も守りに入ったが、何本か漏らした矢に当たってしまった。それでも安いものだ。何もしなければ確実に……死んでいただろう。
【オイっ!! ライムお前いい加減、に……おい。ふざけんなよ
っその娘を離せェ!! 蚩尤!!】
たゆたに守りを命じられていたライムの第一の使命は、俺たちの身を守ること。彼は今までそれを遵守してきた。そんなライムがそれを破ってしまうようなことがあるとすれば、それはただ一つ。
主人であるたゆたの身に危機が迫った時だ。
【はな、せ……離せぇっ!! 我が兄弟に触れるな!! 汚い神が、我が主人にいつまで触れているつもりだ!!】
そこに巨人はいなかった。巨人はなく、そこにいたのは精々三メートルほどの大きさの蚩尤。そしてその右手には乱暴に胸ぐらを掴まれたまま眠るたゆた。左手には、喉を掴まれながらもその腕に剣を突き刺したライムがいた。
突然の展開に全くついていけないが、たゆたに危機が迫っていることだけは理解出来て動こうとした時。ジトリとした目に捕まり、何かされたわけでもないのに……少しも動けなくなった。
【哀れなり】
動けないライムの無防備な背中に矢が突き刺さる。何本も突き刺さる矢をまるで気にする素振りも見せず、彼は剣から手を離すことをしない。むしろそのまま真っ二つにでもするような気迫さえ見せる姿に、蚩尤は全く臆することなく二人の間に盾を出すと、そのまま盾でライムの体を吹き飛ばした。床に落ちたライムが二度と起き上がれないように服のあちこちや、体のありとあらゆる部分に矢が注がれる。
【ーっ兄弟!! 兄弟っ……たゆた、たゆたぁ!!】
悲痛な叫びが、武道場に響き渡る。泣いているのかと思うほどに悲しげで苦しそうなその嘆きを聞いても蚩尤は眉一つ動かさない。
【妙な人の子だ。
魂が、半分ないなどと】
叫び声が、武道場いっぱいに響いた。まるで聞きたくないとばかりに轟くその声に、煩わしいとばかりに再びライムに矢が降り注ぐ。
【魂の消失は、死を意味する。それが半分と言えど欠落し始めればやがて崩壊する。
この娘は、死にかけ。何故生かす? 何故このような者を我が前に晒す?】
海我が着せた上着を剥ぎ取り、勝命君が治療した腹部の包帯をも奪い取る。露わになった腹部には痛々しい火傷の痕がくっきりと残っていた。
【見よ。神々の施した力ですら、傷を癒せぬ。それを意味する結末を知って尚もこの娘を我が前に出すと? 事実これは眠りから目覚めぬ。
無意味なり。屍を晒したまま、我が反乱を覆そうなどと恥を知れ】
まるで捨てるように。その体を投げた。
ゆっくりと、小さな体が重力に従って投げ出される様をただ見せ付けられ……ぐしゃりと背中から床に落とされた。その拍子に首から掛けていた首飾りが砕けて落ち、床に散らばる音がやけに響いた。
【き、さま……、よくも、よくもその様な扱いをっ……!!】
【黙れ。貴様は既に我が前に下された身であることを弁えよ】
雨が降り出す中で、蚩尤は右手を上げてこう言った。
【哀れな地獄の住人よ。早々に立ち去るが良い。
この先に貴様らの望むものなどない。希望など捨てよ。幻想を抱いて、その先に絶望を見た者。
いつまでも、目障りなり。貴様は元の場所に戻り何もかも忘れて過ごすが良い】
戦斧。
その右手の遥か先に浮かび上がる、巨大な戦斧。赤い柄に取り付けられた太く大きな刃。かろうじて巨人の扱うものより大きさはないが、それでも巨大すぎる。
【折角だ。主人諸共、死ぬが良い】
戦斧と同じ色をした巨人な戟が二本出てくると、その二本が十字に重なる。ジャラジャラと赤い鎖が蛇のように現れ、床に倒れるたゆたの体に巻き付きその体を十字に括り付けられた。まるで大罪人かのように仕立てられたその姿に、怒りが込み上げて仕方ない。それをぶつけようとするも隣にいる大聖が止めろと言わんばかりに肩を掴む。
その姿を目にしたライムが、言葉を無くして息の仕方を忘れたようにはくはく、とただ口を動かす。
【……結構、努力したのですが】
全身を矢で刺され、動くことが出来ないライムは語りかけるように呟く。その目からは美しい涙が絶えず流れ落ちては、床を濡らしていく。
あれが悪魔だなんて。きっと誰が見ても信じない。
【申し訳ありません……ここまで来たというのに。いいえ、ここまでしか来れなかった。私には、君がいなければ所詮ここまでなんでしょう。
ああ……。君の願いを、叶えて……あげられない、こんなに……遠くては】
縫い付けられた右手を、強引に動かす。服が破れて皮膚と肉が裂けることも厭わず、遥か向こうで磔にされたたゆたに血に濡れた手を伸ばす。魔法を行使しようとしたのか、魔法陣が一瞬だけ展開されるもすぐに消えてしまい、また新たな矢がその身に落とされる。
それでも、手を伸ばすことは止めない。
【君の獣器が……私でなければ、良かったのに……。
君が、生きてさえ、いれば】
私でなくても、良かった。
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