引きこもり吸血姫に一目惚れ

克全

第1章

第1話:一目惚れ

 抗い難い理不尽なほど圧倒的な魅力を持った女性だった。

 そんな気持ちになった事が、自分でも信じられなかった。

 性欲はあるものの、誰も愛することなく三十有余年の人生を過ごしてきた。

 自分の心には欠けた所があると思って生きてきた。

 人を愛する事のできない無情な人間だと思っていた。

 彼女に会うまでは、本気でそう思っていた。


「大切なモノをお前に託す」


 俺と母を捨てて家を出て行った身勝手な父から、また一方的で身勝手な手紙が届いたが、最初は無視する心算だった。

 どれほど値打のある物であろうと、あんな奴から何も貰うものかと思っていた。

 だが、手紙の文面には気になる点があった。

 大切な物でではなく、大切なモノと意味深に書いてある。

 モノを確かめてから捨てるなり焼くなりすればいいのだと考えた。

 それが原因で恋という呪いに呪縛されることになるとは……


「わらわはカーミラじゃ、そなたが鈴木大過の息子か。

 父親に何を言われたかは知らぬが、わらわの事は放置すればよい。

 どうせわらわは人とは相いれぬ吸血鬼という存在じゃ。

 ここまま食を絶ち消えてゆくのがよいのじゃ」


 そう言って諦観の表情を浮かべるカーミラを見て、父が俺と母を捨てた気持ちが嫌でもわかってしまった。

 全てを捨てても尽くしたいという想いが、心を占拠する。

 性欲という劣情など足元にも及ばない圧倒的な想いに身も心も囚われてしまった。

 もうカーミラ以外の事など考えられない。


「そんな事はできません、母と俺を捨てた父の事は大嫌いで、全く関係ありません。

 俺はただカーミラの事が大好きになってしまった、それだけです」


「おかしいのう、魅了の力は使っていないのだがなぁ。

 わらわはこのまま死んでしまいたいのじゃ」


「いけません、駄目です、死ぬことは絶対に許しません。

 俺は人生で初めて恋をしたんです、初恋なんです。

 初恋の相手を死なせるような男はいません、絶対に死なせませんから」


 カーミラに出会う前だったら、恥ずかしくて絶対に口にしなかった言葉だ。

 恋に狂って愚かな行動を繰り返す友達を羨ましく思った事がある。

 友達が陥った恋と言う病を罹ってみたいと熱望した事もある。

 それが今ようやくかなったのだ、絶対にカーミラを死なせるものか。

 劣情を超えた大きな愛でカーミラを救って見せる。

 こんな事を考えられるようになったのは、恋を知ったお陰だろう。


「しかたないのう、だったら鈴木大過からこれを預かってる。

 わらわの取扱説明書だそうじゃ」


 父が残した手紙には、簡潔に吸血鬼の事が書かれていた。


「吸血鬼の事」

一:日光を嫌う。

二:緩い水流や穏やかな海面なら歩ける。

三:ニンニクなんどの強い香草は苦手。

四:聖樹で作った杭を心臓に打ちこまれると死ぬ。

五:鏡には姿が映らない。

六:瞳が赤い

七:美男美女の血を好む。

八:吸血の代用に赤ワイン飲み生肉を食べる

九:カーミラは人からの吸血を嫌う、輸血用の全血パックを買え。

十:輸血用の全血パックは高い、働け

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