2000年 4月13日 木曜日

第8話 内野之優子は食いしん坊

 さて、僕とガオちゃんが再会し、渋谷塚が理不尽な怒りを見せた4月12日の翌日――4月13日の木曜日である。

 

 この日、渋谷塚は僕らの反抗など、まるで無かったかのように挨拶を行い、プリプリと良く分からないことで怒っていた。

 てっきり、ネチネチと日付を跨いで説教をされるかと思っていたが、そう言うわけではないらしい。

 ボケてるのかとも思ったが、僕や田中々と目を合わせようとしないところを見ると、偉い人に釘でも刺されたのかもしれない。


 まぁ、とにかく、実害が出なければ今は安心だ。

 ホッと胸を撫でおろすが、いつまた奴の怒りが再燃するか分から無いので、しばらくは大人しくしていようと思う。


 ところで、ガオちゃんとの再会で僕の友達100人計画は頓挫したのだが、これにさらなる課題が追加されていた。

 あの怒れる渋谷塚へ反抗の姿勢を見せたことで、さらにヤバい奴と見られている気配があるのである。

 これは多分、渋谷塚の、あの掴みどころのない理不尽な性格も関係している。

 僕と仲良くしようものならば、あの暴君に目を付けられて酷い目に遭いのではないかと、不安になってしまうのも仕方がない話なのだ。


 しかし、それでも、僕は諦めたくなかった。

 現状のところ、ガオちゃんと田中々しか友達と呼べる人間がいないのだ。

 若干、内野之と武雅、それから伊藤巻と歌玉も友達と呼びたいけれど、例え彼女たちを友達とカウントしても、女子ばかり。

 これは不味い。

 早急に男子の友達を作らねばと焦り、昼休みに一つ前の席である外貝そとがい君に話しかけて見たのだけれど、残念ながら失敗に終わった。


「や、やあ! 外貝君! 良かったらなんだけど、お昼一緒に食べない?」

「え? い、いや、俺、昼は食わないことにしてるんだ」

「え、そうなの?」

「うん。そうなんだよ。じゃあ、また」


 離れていく外貝君。

 コソコソと離れたところで「何話しかけられてんだよ。関わっちゃダメだって」だの、「何だよあいつ、いきなり話しかけてきて、ヤベーよ」なんて声が聞こえて来た。


 何故だ。

 何故、こうなってしまったのだ。


「どうした? 健太郎、辛気臭い顔しちまって」

「いや、何でも無いよ」

「ま、良いや。めし食おうぜ。オレ、腹減っちまってよ」


 気ままに外貝君の席を遠慮なく動かし、僕の席にぴったりとくっつけて座るガオちゃん。

 外貝君との距離を感じた今、こうしてガオちゃんが仲良く接してくれるのは感謝の気持ちしかない。


「しかし、健太郎。お前、友達いるのか?」

「え?」

「他の男子と一緒にいるところ見たことないぞ?」


 いったい、誰のせいだと思っているのか。

 いや、もちろんガオちゃんのせいではないのだけれど、ちょっと複雑な心持ちになった。

 と、よそ見をしたガオちゃんがワハハと笑いながら、声を上げる。


「何だ、田中々も一人かよ。お前も一緒に食おうぜ。席動かしてこっち来いって」

「はい。ありがとうございます。それじゃあ、失礼して……」


 斜め前の田中々が机を動かし、僕らはお弁当箱を出す。

 ここでさらなる仲間が外からやって来た。


「あー! 宝田君がお弁当食べてる!」


 クラスで一番でかい声。

 内野之優子だ。


「良いな、私もお腹すいた! ねぇ、私も一緒に食べて良い?」

「おー! 良いぜ、来い来い、一緒に食おうぜ」

「やったー! カオちゃん大好き!」


 ガオちゃんがアッハッハと笑いながら迎え入れる。

 まったく、騒がしいことこの上ない。

 と言うか、ガオちゃんと内野之はいつの間にそんなに仲良くなったのか。

 ガオちゃんではなく、カオちゃんと呼ぶ人間を見るのは久しぶりで、実に感慨深いものがある。


「まったくしょうがないなぁ、優子は」


 と、遅れてやって来る武雅まつり。


「お前も来るのかよ」

「な、何よ宝田。私だけ仲間外れなの? 酷い! 私と優子の友情を引き裂くつもりなのね?」

「いや、そう言うつもりじゃ」

「仲間に入れてよ! 一緒にたこ焼き食べた仲じゃん!」


 ……うん。僕のお金でね。

 って言うか、訂正しろ。一緒と言うのは間違いです。僕は食べてません。

 なんて、思い出したら急に悔しくなった。

 次のお小遣いが出たら、絶対に買いに行こう。

 僕だって、あのたこ焼きの味を知りたい。


 と、そんな分けで、全員でお弁当を食べたのだけれど、僕のお弁当はまぁ、母が作ってくれたお弁当。

 煮物だとか野菜も多めで、栄養のバランスも取れている。

 実にいいお弁当である。

 ただ、周りにユニークなお弁当があると、ついついそちらを見てしまうのが人情と言うものだ。


「へへ、いっただっきまーす!」


 ガオちゃんのお弁当箱は滅茶苦茶デカくて、体が大きいガオちゃんにふさわしいサイズだな、なんて笑ってしまったりもしたのだけれど、食べるスピードも凄まじかった。

 ガオちゃんは、まるで森の木を根こそぎなぎ倒す台風のような勢いで、お弁当を平らげていく。

 唐揚げ、ハンバーグ、焼き肉、生姜焼き。

 全体的に肉が多くて茶色い弁当なのだけれど、こういう弁当が実は美味かったりするので侮れない。


「ん? 何だよ、健太郎。オレの弁当、そんなに美味そうか?」

「うん」


 素直に頷くと、ケケケとイタズラな目で笑うガオちゃん。


「今度お前の分も作ってやるよ」

「え! 自分で作ってるの?」


 まさかのガオちゃんお手製で驚いた。

 いつもの粗暴さからは全く想像できない。

 自分でお弁当を作るなんて、高校生ともなれば普通なのか?

 ……いやいや、そんな分けがない。

 自分で作って持ってくるだなんてのは、珍しい方だろう。


 ふと視線を動かすと、内野之優子の弁当もガオちゃんに負けず劣らず、サイズ的に遜色なくて驚いた。

 食べるスピードもガオちゃん並みである。

 その小さな体のどこに、それだけの食事が入っていくのか。


「お? その目はなになに、宝田君? 私のも美味しそう? 私も作ってきてあげようか?」

「えっ! 内野之さんも、自分で作ってるの?」

「今日は違うけど、すごーくたまにね!」


 なんという事か。

 やはり、自作弁当はスタンダードなのか?

 と、田中々を見ると、黙々と小さな弁当を食べている。

 田中々のお弁当はスタンダードだ。

 卵焼きに、醤油味の鶏そぼろ。他はレタスにミニトマトに、フルーツと、彩りがあるものが多くて、見ていて楽しい。


「健太郎君、見ていてもあげませんよ?」

「そう言うつもりじゃ」

「でも、機会があったら、私も作ってあげますね。今日の私が食べてるお弁当みたいな小さいのになると思いますが」


 お前も自作か、田中々。

 まさか、武雅もか? と武雅まつりを見ると、イライラした口調で言ってくる。


「私は自分でお弁当なんか作ったことなんてないですけどね! って言うか、普通は自分でお弁当なんて作って来る方が珍しいですし!」

「な、何で怒ってるの?」

「別に!」


 自作じゃなくて安心もしたが、武雅の反応は一番理不尽だった。

 ほんとに何で怒ってるんだ、こいつ。

 なんて、そうしている内に僕らのお弁当は空になり、ご馳走様を言い終わるが早く、内野之がえへへぇと、ニコニコしながら僕に言って来る。


「しかし、昨日はカッコよかったねぇ、宝田君! 私、感動しちゃった!」


 急にやめてくれ、と僕は思う。

 いきなりそんなに褒められると、どんな顔をしたらいいのか分からなくなる。


「ねぇ、まつりちゃんもそう思うでしょ?」

「こいつがカッコいい? それ、本気?」


 だが、内野之優子は聞いていない。


「すごいよねぇ! 怒ってる大学生の男の人と話して、平和にしちゃうんだもん! 私、怖くて何にも出来なかったから、憧れちゃうなぁ!」


 夢中になると完全に自分の話しかしない奴だと理解したが、どこか愛嬌があって憎めないのは、低身長でクリックリの髪型と言う可愛らしい容姿故か、それとも無邪気さを感じずにはいられない、その性格のためか。

 いや、褒められた僕が良い気分になっていただけかもしれないけれど。


「ね、そうでしょ? まつりちゃん! ねえってば!」


 武雅まつりはスンッとそっぽを向いていた。


「べ、別に。助けてって頼んだわけじゃないし。宝田が勝手に助けに来ただけだし」


 確かに、頼まれてはいなかったけど、正直、ありがとうの一言くらいは欲しい。

 と言うか、今になって急に恥ずかしくなってきた。

 教室にいた他のクラスメイトもチラチラこっちを見ているじゃないか。

 内野之、頼むから大声でそんなことを言わないでくれ。

 目の前に僕がいるんだぞ?


 と、ここでふと、伊藤巻を思い出す。

 そして気になったのは、伊藤巻と歌玉の、二人が欠席していることだった。

 あの後、薬師谷先輩に連れていかれたけど、何かあったのかもしれないと少し心配にもなる。

 もちろん、ここで僕が勝手に心配してても仕方がないので、なるべく考えないようにしたのだけれども。

 ともかく、目下の問題は、教室以外の場所で友達を作ることだ。

 部活か、あるいは学校にあるそれ以外の場所で。



 そんなわけで、その日の放課後は図書室に行く事にした。

 なぜ図書室なのかはちょっとした理由があるのだけれど、それはともかく、僕はそこで、この昼休みに内野之が大きな声で僕を褒めたたえたことの余波が、思わぬ出会いを生んだことを知るのだ。

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