第3話 ”遺跡”③

「ああもう何考えてるのあの人っ! 管理者でもないのに動かすとか、無茶すぎだよっ!」

 目の前で閉じられた転移装置の入り口を、少女は――イオラは、苛立たしげに睨め付けた。どんな自信があるのか知らないが、止めた自分を振り切って勝手に転移装置を作動させるなど危険極まりない真似だ。そんなに自分から逃げたかったのかとちょっと心が痛いところだが、とりあえずそれはねじ伏せた。まだまだ言いたい文句もとりあえず、どうにか押さえた。何故か? それはもちろん、転移装置を調べなければならないからだ。もっと言うなら、無茶をした莫迦者を助け出し、保護しなければならないためだ。

 

「もし無事だったらお説教してあげるわ……無事じゃなかったら治してからお説教よ……うふふふふふふ」

 普段が説教をされる側の彼女にとって、これはまたとない機会であるからか、その顔には少々怖い愉悦が浮かんでいた。けれどそれも、ロックが外れて扉が開くまで、だった。部屋ですらない円筒形の空間には、誰もいないのだから。


「え? ちょっと…嘘でしょ? 稼働したの? え、なんで? 管理者権限がなかったら動かないんだよ? 妖魔だからって誰でも動かせるわけじゃないんだよ?」

 その場にいない彼に思わず話しかけて、ふと思い出す。そう言えば彼の詳細プロフィールに、”統率者権限”と記載されていた、と。けれどその言葉を、自分は知らないのだ。”遺跡”の権限に於いて、最高位を持つ皇であるのに。


「……何なの、”統率者権限”って。あたしが知らないなんて……そんなの、あるはずないのに」

「イオラ様?」

 立ち尽くす彼女に、突如として背後から声が掛けられた。一瞬だけびくりとした少女が振り返ると、物理的な吹雪を纏う己の部下、メイエが妖艶に微笑んでいた。……男であるのに男装の麗人にしか見えない彼から、少女――イオラは一歩、後ろへ下がる。


「勝手に動かさないで下さいと、申し上げましたよね?」

 そんな彼女に、男装の麗人が二歩を迫る。


「ちちちちちち違うから、あああああああたしじゃないから、動かしたの!!」

 怖い。部下なのに、部下であるのに、怖い。魔王キメイエス、”探索狂”と綽名あだなした己の部下が、調査中の遺跡で勝手をされて怒っているのは非常に怖い。というか如何に”遺跡”とは言え、内部で吹雪を起こしてなんともないとか、その技術力も怖い、と後ずさりながらイオラは逃げ道を探す。


「動かし方がわかったなら教えてくださいと申し上げましたよね?」

「だからあたしじゃないってばぁぁっ」

 そんなものがあるはずもなく、イオラはがっちりと腕を掴まれた。目を覗き込まれてしばし硬直――何に納得したのか、”探索狂”からは解放された。


「嘘ではないようですね」

(怖い怖い怖い怖いやだやだやだやだなんでなんでなんでなんで(;;))

 この男以上に”遺跡”を把握出来る人材がいないのが原因だと理解はしているが、それとこれとは別である。まして人材不足というわけではなく、この男が異常なまでに”遺跡”に詳しく執着していて、巻き込まれたくないからと他の部下が逃げるせいなのは、人材とかそういう問題ではないと思うのだ。だがしかし。だがしかし、彼はあくまで自分の部下のはずなのに、どうしてこんな目に遭わされるのか。いや、だからこそ”探索狂”と己が綽名したのだけれど。


「ですが、イオラ様でなければ誰が? まさか護衛ですとか、他の魔王ですとか、連れてきてらっしゃる?」

「連れてきてないわよ。知らない子よ、セラスって出たわ。ほら、そこに」

 興味を持ったのか、画面を覗き込むメイエから吹雪が消えた。そしてじっくりと…”詳細不明”しか乗っていない画面を、ひたすらじっくりと眺めて。


欠陥バグでしょう」

「言い切った!?」

「ありえません。管理者権限で呼び出すデータが”詳細不明”なんて。まして何ですか、この”統率者権限”とか。聞いたこともありませんよ」

「え、メイエでも?」

 実のところ、”遺跡”は詳細がわからないものが多い。基本的にはマニュアル類が用意されていて、それを参照して好きに使えということになっているためだ。そのマニュアルは書庫に全て収められているらしいが、肝心の書庫が見つかっていない。それぞれの”遺跡”にもマニュアルはあるのだが、必要最低限しか載っていないのだ。ちなみにメイエは稼働中の”遺跡”のマニュアルは見つかった限り全て読み込んで、憶えたらしい。


「ここはマニュアル自体が見つかってないですからね。……?」

 ふと、メイエは画面に目を留めた。アメイジア大陸、今の世界地図だ。


「……これは?」

「ああ、その子――セラスが出したんだよ。なんか弄ってるうちに。本物かな、これ?」

「――本物ですよ、これ。しかも、発見されてない”遺跡”が載ってます」

「え、うそ?」

 慌てて身を乗り出したイオラはようやくそのことに気がついた。自分たちでさえ見つけ出せていない”遺跡”、その位置がはっきりと記されている。


「信じていいのかな、これ」

「確かめに行く価値はありますね。……ちょっと…いやめちゃくちゃ散らばり過ぎてますが……まあ、とりあえず情報だけ貰っておきましょうか」

「あ、出来る?」

「別に今までと…………あ、れ?」

 主制御装置を操作しようとしたメイエだったが、わたわたとその周囲を巡り始めた。だよねえ、とイオラは地図に目を戻す。

 この”遺跡”は、特殊すぎるのだ。そもそもが、発見された他の”遺跡”と違いすぎる。他の”遺跡”は全て、イオラが足を踏み入れると稼働したのに、ここは蝙蝠型の端末ファミリアが目覚めて、警備をするのみだ。そのファミリアも、他の”遺跡”のものと型が違う。緊急停止命令だけは通ったが、それ以外の命令を受け付けなかった。

 そもそもがここへ来たのも、追加したファミリアから侵入者ありと通報があったためだ。何が起きたかと確かめに来たらファミリアが一機落とされていて、セラスがいて、勝手に転移装置を動かして消えてしまって。


(っと、そう言えば。あのファミリア治るかな?)

 もしかしたら何か情報が取れるかも知れない、と夢中のメイエを放置して、先の部屋に戻る。先ほど見たとおり、そこにはファミリアが落ちていた。けれどそれを手にしたイオラは眉根を寄せる。

 この”遺跡”にいたファミリアは、二つ目の蝙蝠型だ。イオラが放したファミリアは二十日鼠型。つまり、これではない。となるとこれには命令が通らない可能性があり、それを踏まえると、彼はもしかして、襲われたのだろうか。だとしたら、迎撃は当然のことだ。

 事実としては彼女の推測の通りである。扉――隔壁が開いていればすぐにわかっただろうが、そこは閉じられたままで外が見えない。いや、”遺跡”の中であることが災いし、「開くはず」という発想が彼女に湧かなかった。


「え、でも攻撃能力なんて……え、まさかこれ?」

 代わりにイオラは考える。焼け落ちた矢。レンズの一目。監視用のレンズだが、攻撃に使おうと思うなら方法はある。あるが、しかし。そもそもこの”遺跡”に、敵対する存在は入れない。いや、同朋以外は表層ですら招かないのが”遺跡”の鉄則だ。ファミリアも本来は、迷子になる同朋のための案内役でしかない。それがどうして、レーザーを撃てる仕様になっているのか。答えは一つ、誰かに改造されたから、だ。


「メイエ!」

 鋭く声を上げると、顔を引き締めた彼が現れた。こういうところは頼もしいね、とイオラは笑みを浮かべる。


「これ、調べて。あたしが知らないファミリアだから」

「承りましょう――ってうわっ!?」

 思わず素を出したメイエに驚くが、イオラも慌てた。壊れているように見えたそれが、光線を放ったのだ。


「ちょっ…、これ収束レーザー光ですよ!?」

「ああもうやっぱりっ!? 捨ててっ」

「”遺跡”に当たりますって!?」

 手の中でジタバタと暴れるファミリアに翻弄される時間はさほど長くは続かなかった。いきなりひょいっとそれをかっ攫う手が現れたのだ。


「なーにを、遊んでるのかなぁ? ねー、メイエ? あんまり長時間は持たないって、言ったよねぇ?」

 朴訥とした声と共にガコン、と地面にたたき付けられたファミリアにイオラが呆気にとられ、メイエが固まる。闖入者はまったく彼を相手にせず、壊したそれを拾い上げた。


「ちょ…、ラース!? なんでここにいるの!?」

 メイエと同じく魔王の一人、マラクスだ。彼と違ってごく普通の男性に見えるが、”植物学者”と綽名されている。普段は自分の住まいとした<植物園>に籠もっていて、こんな”遺跡”へ出てくるなど聞いたことがないものだから、イオラは驚いた。


「メイエに頼まれて移動通路開いたから。……へぇ、収束光用の球体レンズだねえ。これが使えるファミリアなんていたっけ……あ、違う。これ無理矢理乗せてあるんだ」

「頼まれた? え? 無理矢理?」

「うん、ここ。えっとー」

 マイペースのラースは、ファミリアを両手で掴んだ。ばき、と音を立ててファミリアが開かれる。いきなりの暴挙にイオラは思わず彼を見るが、気にする様子はない。開かれた内部には基板が仕込まれていて、そのレンズには不自然な数の線が繋がれていた。


「こっちが魔素用のバッテリーだね。んで、こっちも同じもの。重量考えると、ここは空洞のはずなんだよね。たぶんこれを使って、収束光に使えるだけの出力、賄ってるんじゃないかなあ?」

「……なんで分かるのよ? ってなんで壊しちゃうのよ!?」

 イオラの叫びはもっともだと、メイエもうんうんと頷く。けろりとした顔で、ラースは応えた。


「だってこれ、自己修復型だよ。壊さないと勝手に情報持ってくし、暴れるから。いま、危なかったでしょ?」

 もっとも、どうやら充填型のようなので多分、殺傷能力まではいかなかっただろう。せいぜいが、軽い火傷程度で、自分たちであれば跡も残さずに治せる程度のはずだ。いちばん厄介なのは、やはり情報を持って行かれることだろう。後で解析器にでもかけて、情報の送信先が盗めないかなとラースは内心で考えた。


「あと、なんで分かるかだっけ? 僕、<植物園>は自分で手入れメンテナンスしてるよ。だから温室が使えるし、水やりも自動で出来るんだよ?」

「私も手伝いましたけどね」

「うん、助かったよ。みんな僕より技術高いはずなのに、メイエだけだもんね、憶えてくれたの」

「まあ、私は逆にほかのものを触れないですからね。それに、転移通路はとても助かりますし」

 意外な話を聞いて、イオラはちょっとびっくりしていた。彼が住み着いた<植物園>は、”遺跡”の中でも古い施設である。転移通路があるとは聞いていたが、まさかここへ繋がるものだとは思っていなかった。


「ところでさ、メイエ。そろそろ時間なんだけど?」

「え、もうそんな時間です?」

「移動中に消えると怖いからね。あ、ほら。聞こえない?」

 ピコーン、ピコーンと音が響く。にっこりと、ラースは笑った。


「あと三分でーす」

「……え?」

「早くおいでね?」

 ラースの姿は消えた。何がと思ったが、移動術である。…が、メイエはファミリアの残骸を持っているので、その手が使えない。結果、彼は慌てて走り出し、釣られてイオラも走り出し、赤く光るランプの点滅が早まったと同時に、二人は通路へ飛び込んだ。


「あれ? 妖皇陛下も来たの?」

「え?」

 あれ、とイオラは周囲を見回した。そこが<植物園>だと知って慌てて振り向くが、時すでに遅し、移動通路は閉じられていた。


「ああああああああ!?」

 彼女は別に、己の妖力だけで転移装置が使えるのだ。

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