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Rinora

01話.[グレードアップ]

 本来であれば夏休みに該当するときに田舎っぽいところから本当の田舎に引っ越してきた。

 家の裏には山、前方には畑や田んぼ、学校までは片道1時間。

 もちろんそんなの嫌だって言った、そんなところに引っ越すのは生まれてから住んでいない自分達にとっては自殺行為だと。

 だってコンビニまでなんて1時間以上もかかるんだ、スーパーも同じで。

 けど、子どもの意見なんて通るわけもなくこうなったわけだ。


「あっちぃ……」

「だらだらしてないで散歩でもしてこい」

「は? 散歩なんかしたら帰ってこれねえよ……」


 そもそも他人の家が2キロ先とかどうなってんねん。

 しかも学校までの道は帰りが上りになっているし最悪だ。

 必然的に自転車登校になるわけで、毎日汗だくで行かなければならないことは容易に想像できていた。


「せめてもうちょいマシなところに転勤しろよ……」

「しょうがないだろ、俺だって異動なんてしたくなかったわ」

「ならせめて町中にするとかさ」

「ここは比較的新しいしでかくて安くて良かったんだよ」


 それで通勤に2時間以上もかけるとか馬鹿じゃねえかよ。

 街まで行くまでそれって絶望的すぎる、楽しくない毎日だろうな。

 大体、買い忘れたら死ぬじゃねえか。


「つか、電波も怪しいぞここ」

「家で携帯をやらなくて済んでいいだろ?」

「良くねえわ……」


 あーあ、向こうに友達だっていたのによ。

 通学に合計2時間とかアホすぎるんですが。

 何時に出ればいいんだ、冬なんか凍死しそうだし。


「とりあえず、1回学校まで自転車で行ってみろよ」

「親父、俺に死ねって言いたいのか?」

「これから毎日通うことになるんだぞ」


 ……しゃあねえ、文句を言おうが親父の言う通りだ。

 幸いな点は行きだけは天国なこと。

 怖い点はガードレールがないということと、細い道のくせにたまに車が通っては爆走していくこと、帰りは上りなこと。


「他のやつらは学校まで10分ぐらいなことだ!」


 いい点ももう見つけた。

 こうして独り言を発していても誰かに見られたりしないこと。


「はぁ……下っても平坦部分で時間かかるぜ……」


 1時間というのは少し大袈裟だったかもしれないが、最速を目指しても45分ぐらいはかかりそうだ。

 引っ越しても部活をやるだなんて口にしていた自分。


「できるわけねえだろこれ……」


 大体、あいつらとできなければなにも意味がない。

 1年生の9月という微妙な時期からじゃ絶対に馴染めない。


「着いた……」


 大体、登校しようとしただけでこんななんだからな。

 それでもどうせ学校に来たならと見て回ることにした。

 意外と学校は小綺麗で古臭さは感じられなかった。

 土曜だというのにグラウンドでは野球部が元気良く活動している。

 制服を着ている人間もよく歩いているからここだけは田舎さを感じさせないような……。


「どうしましたか? 先程からずっと見ているようですが」


 なんか堅苦しそうな男に話しかけられてしまう。

 どうせ信じてもらえないだろうが9月から登校することを説明してみた結果、「ああ、なるほど」となにかを理解したみたいの反応で。


「転校生は珍しいので噂になっていますよ」

「それならあんたがただの男だって説明しておいてくれよ」

「僕が説明してもみなさんが納得するとは思いませんが」

「つか、なんか綺麗だな」

「そうですね、僕も同意見です」


 もっとやる気のない感じだと予想していた。

 部活動なんかにも適当、仲良しこよしでやっているみたいな感じで。

 休日に登校なんてさせているとすら考えていなかった。

 ただ、逆にここだけ違い過ぎて浮いているというか……。


「ま、そう緊張せず学生生活を楽しんでください」

「ま、そうするしかないからな」


 わざわざつまらなくなる方向に足を踏み入れたりはしない。

 不安があるとすれば良好な人間関係を築こうとするべきか、来てくれるのを待つかどうするかということ。

 だが待て、いまさら来た余所者に話しかけてくれるか?

 田舎はどこか排他的だとか聞いたこともあるし、なにもしていないのに物を隠されたりしたらどうする!?

 大体、この男もどこか怪しいぞ、独裁者って感じだ!


「も、もう帰るわ、家まで1時間ぐらいかかるからな」

「そんなに遠いんですか? 気をつけてくださいね」


 絶対にこいつ内で笑っているだろ!

 はぁ……なんかいまから不安になってしまった。

 まだ8月に入ったばっかりだから気は休めるが……。

 いやだからこそ早くに登校してすっきりさせたいというのはある。


「はぁ……はぁ……最悪、だろ……これっ」


 これを土日を除いて毎日しなければならないとか想像だけで死ねる。

 バイト禁止というわけでもないのにバイトもできねえよこれじゃあ。


「着いだあ……」


 いい点あったわ、カブトムシ取り放題――ってアホか!


「ただいま……」

「おかえり、どうだった?」

「高校はそこそこ綺麗だったが坂道が死ぬ、親父責任取れ」

「まあそう言うな、なんでも慣れる!」


 車を使用できる側だとしても理解した方がいい。

 巻き込んだのなら尚更のことだろう。

 ああでも、畳に寝転ぶとなんか気持ちいい気がするかもしれない。

 風呂だってそこそこいいのが設置してある、クーラーもある。

 場所が問題なだけで結構な改良はされているのがすぐにわかった。


「俺はもう今日から仕事場に行かなきゃだからな、留守番頼むぞ」

「うぇーい」


 待て、携帯も電波が安定しねえ、周りに家もねえ、わざわざ家から出たくもねえ、友達もいねえってどうやって夏休みを過ごせばいいんだよ。

 残念ながら専業主婦の母親がいる家じゃねえし、どうしようもない。


「つか、母親いねえんだよなあ……」


 写真でしか見たことがなかった。

 どんな喋り方をするのかすらわからないまま。


「待て親父」

「なんだ?」

「俺、どうやって暇をつぶせばいいんだよ?」


 そもそも携帯を長時間弄るタイプではないから無理がある。

 パソコンがあるわけでもないし、喋り相手もいないし。


「昼寝、入浴、家事をやる、どれがいい? あ、家事は自分でやらないと飯は食えないから気をつけろ、俺は帰りが遅いからな」


 ……だったら断れよもう。

 向こうではバイトとかだってしていたのによ。

 もしかしたら仲良くしていた女子と付き合えていたかもしれねえ。

 なのに……親父のせいでこんな場所になんてな。


「食材は?」

「悪くならないように沢山冷凍庫に突っ込んである、解凍してくれ」


 過酷な上りを乗り越えたら家の中でまた動かなければならないとか最悪じゃねえか、この生活が上手くいくとはとてもじゃないが思えなかった。




 予想通り最悪な毎日だった。

 あと虫とかがひっでえ、蜘蛛とか百足とか多すぎて困る。

 外を歩けば灼熱地獄、たかが自販機すら近くにない毎日。

 親父も炭酸が好きだから結構買ってきてくれているが、暑すぎてほぼ毎時間飲んでいればあっという間に終わってしまうわけで。


「もう無理……」


 まだ学校すら始まっていないのにギブアップ宣言。

 ……誰もいないから誰にも届かない無意味なものだが。


「ちげえ……これならまだ学校が始まった方がいいに決まってる」


 暇すぎて死にそうになるって本当にあるんだな。

 無駄遣いはするべきではないとか強がってゲーム機とか買っておかなかった自分が悪い、買いに行こうにも遠すぎるから詰みみたいなものだ。


「こんにちはー!」

「あ?」


 周りに家もないし人もいないからと窓全開で寝っ転がっていた結果がこれ、なんか元気いっぱいな……こいつはあのときの怪しい奴。


「なんで家を知ってるんだよ」

「こんにちは」


 やっぱりこいつは信用ならない。

 勝手に住所を盗み見てやって来るぐらいだからな。


「つかお前、汗をかいていないがどうやって来たんだ?」

「車です」

「嫌だ嫌いだわお前」

「な、なんでですか……」


 そもそもこいつは夏休みに校門でなにをやっていたのか。

 しかも夏なのに長袖でだぞ? 狂人かなにかか?


「あの、ここだと暇すぎませんか?」

「お前の言う通りだ、もう地元に戻りたいぐらいだぞ……」

「それなら街に行きます?」

「いや行かん……」


 しっしと追い払ってまた寝転んだ。

 どうせ逃げられないんだからなるべく休ませなければならない。


「入らせてもらってもいいですか?」

「自由にしろよ、なにもねえけどな」


 にしても、畳ってのはなんか落ち着くな。

 地元のときは一部屋も畳なのがなかったからより新鮮な感じがする。

 窓がでかいから開けておけば開放感があるし、見ていて飽きない?


「いいですね、静かな感じで」

「蝉はうるせえけどな」

「ただ、寂しいです、友達とも気軽に会えませんし」


 もっと気軽に友達と会えない人間がここにいるぞ。

 まだ1時間でも時間をかければ会えるここはマシだろう。

 しかもこいつらの家なら近くに他所様の家があるんだろうし。


「敢えてここを選んだあなたのご両親がすごいです」

「だからナチュラルに煽るな」

「えっ、あ、煽ってなんかないですよ……」


 まあいい、暇つぶしにはなりそうだ。

 地獄の夏休みもあと1週間で終わる。

 そうなればまた新たな地獄が始まって、冬になったら地獄が重なって。

 いいことなんてなにもないがマイナス思考にはなりたくないから頑張らなければならない。


「それに母ちゃんはいないからな」

「あ……すみませんでした」

「別にいい、喋り方も知らねえし」


 で、どうやらこいつはただの一般的な生徒らしい。

 裏で牛耳っているとか、お坊ちゃまとかそういうのではないみたいだ。

 名前は生駒すばる、歳は俺よりひとつ上……。


「先輩とか呼ばねえからな」

「別にいいですよ」


 俺はそのひとつ年上の野郎となにをしているんだ。

 わざわざ家にまで来るとか怖すぎる。


「あの、なにかご飯とか作れますか?」

「厚かましいな……ちょっと待ってろ」


 暇つぶしに付き合ってもらっているんだから少しぐらいはしないとな。

 奥に突っ込まれてて賞味期限が近くなっていた冷凍肉を取り出して適当に焼いておく、その間に冷ご飯を温めておいた。


「ねぎを乗っけて完成――じゃねえな」


 スープもちゃんと作って奴に渡して。

 俺は畳の部屋に戻って外を見ながら食うことに。

 目の前は坂になっていて畑が段々になっている。

 向こうの方へ視線を向ければ田んぼと車のための道。

 今日は雲も全くなくていい青空だった。

 余生を過ごすのならこういう場所も悪くはないかもしれない。

 木だっていっぱいあるし、空気も全然違ったから。


「ごちそうさまでした、美味しかったです」

「ああ、悪いが食器は自分で流しに持っていってくれ」

「洗いますよ」

「いい、俺がやるから」


 1日でも休むと怠くなって溜め癖がつきそうだ。

 いくらのんびりできるからって全てをそれにしてはならない。


「少し歩きませんか? こっちにはあまり来たことがなかったので」

「嫌だよ、汗をかくじゃねえか」

「かきましょうよ、若いんですから運動した方がいいです」

「お前は俺のなんなんだよ」

「先輩、でしょうか?」


 うざいから結局従った。

 本当に車で来たらしく家の駐車場(一台限定)に止められてた。

 しかも運転席には若い女性。

 待たせていいのかよという視線を向けても「問題ないです」とだけ。


「あれは誰なんだ?」

「僕の姉です」

「姉を使ってやるなよ……」


 こっちには細道しかないというのに。

 下手をすれば幅ギリギリすぎて落ちそうになっていたぐらいだぞ。


「春や秋はいい場所でしょうね」

「そうかもな」


 夏も冬も地獄だから素直に喜べないが。


「なるほど、住んでみたい気がします」

「やめとけ、ここから学校までチャリで約45分だぞ」


 しかもコンビニもない。

 親父に頼もうにも仕事で忙しすぎて無理。

 バイトをしていたんだから一人暮らしでもするべきだったか?

 母が生きていてくれたらまた違ったんだろうな……。


「いつでも話し相手になってあげられるじゃないですか」

「それなら学校でしてくれ、友達ができそうにないんだ」

「え……も、もしかして所謂、ぼっ――」

「ちげえ、慣れない環境だからだよ」


 時期も悪い、9月から変なのがいたら警戒もするだろう。

 そうなればより地元組で集まるようになり、俺は生駒が言うようにぼっちになってしまうかもしれない。

 まあそうなっても苛めとかがないのなら問題はないが、できれば仲がいい人間がいてくれた方がいいと考えている自分もいる。

 あとは女子か、なんか恋とか……散々好きになった異性に振られてきているから難しいだろうがな……。


「それなら9月に行きますね」

「ああ」


 ちなみに俺より暑さに耐性がないらしく生駒はもう帰るとなった。


「きっと大丈夫ですよ、あまり不安にならないでくださいね」

「ああ」

「それでは失礼します」


 結局、姉が話すことはなかった。

 それに、不安になるなってメンタルがそこまで強くないんだ。

 ぼうっと帰っていく車を見送って家の中に戻った。


「あいつ綺麗に食べてんなあ」


 ご飯粒を残さないで食べて、そのうえで美味しいと言ってくれた時点で俺の中ではいい奴にグレードアップしている。

 単純と言われればそれまでだが、これを守れる奴は意外と少ない。

 女子の中にだって残すやつはいるし、口を開けて食うやつもいる。

 いくら可愛かろうが最低限のマナーを守れる人間でなければ駄目だ。


「なんて、そもそも向こうにとっても眼中になんかないだろうけどな」


 頼むから教室で大声ではしゃぐ人間がいなければいい。

 女子特有の甲高いあの音を聞くと頭が痛くなるから。

 そうでなくても不安なところにそれがあったら行きたくなくなる。

 あとはそうだな、クラスメイトがリア充ばかりでないといいな。

 とりあえず洗い物を済ませて畳の部屋に寝っ転がる。

 天気もいいのに変に生駒が来たせいか寂しくなってしまった。

 ここでは完全にひとりだから防衛上での不安もあるのかもしれない。

 いいからとにかく早く夏休みが終わってほしかった。

 いまの自分にとってはそれが唯一の願いだ。 

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