第5話 ゲノム
◇
『……以上、ゲノム解析の結果からして、この生物の分類階級は動物界・節足動物門・多足亜門・ムカデ上綱・ムカデ綱・オオムカデ目の一種ではないかと思われます。また、さきほどの鳥類らしき生物のように地球の生物とよく似た野生動物も発見されており、地球の種が外来種として帰化した可能性が挙げられます。一方、地球とは多少異なるDNA情報を持つ動植物も見つかっており、言うなればふたつの世界が融合した結果、このような生態系が生まれたものと推測されます』
「ふーん、つまりなんだ? まったく違う生態系を持ったこの地に地球産の生物が引っ越してきて、ここで新たな種になったと?」
『あくまで仮説です。現在判明した事実を以って、過去にも転移があったと証明し、地球と関係があると断定することはできません。その可能性があるというまでです。ただしその場合、今回の異常転移が一方通行で起きていることの証左にもなってしまい、帰還できる可能性が激減したとも言えますが』
ウーラが導き出した推論。
それは今回俺に起きた現象が過去の地球でも起きていたという仮説だ。
しかも、かなりの広範囲で起きたか、それとも過去幾度となく起きたのか……。
いずれにせよ、地球の種がこの地に根付き、新たな種を生み出すほど時が経っており、逆に地球上にはこちらの種が存在しなかったことを考えれば、一方通行でしかこの現象が起きていないと考えるのが妥当だという話だ。
ただ、そうなると過去地球で起きていたことが、何故今回は宇宙空間で起きたのかという疑問が残る。
「事実だと断定できないのはわかった。ただ、どうせ俺たちでは事の真偽を判別できまい。これからは地球種ということで話を進めてくれ」
俺としては過去に転移があったかどうかはあまり重要視していない。
結局のところ、それは学者連中が議論を交わす内容でしかなく、俺やウーラにはどうしようもない話だからだ。
しかも人類が文明と呼べるものを持つ前に起こった出来事を論議したところで、そこに解決の糸口が見つかるとも思えなかった。
むろん、この現象が作為的に起こされたものならば、そこに帰還の鍵があるということは充分念頭に入れておくべきだろうが。
今、考えなければならないのは帰還の可能性が極めて低いこと。そして、この地に人類、あるいはそれに類する生物が存在する可能性が出てきたことだ。
今はそちらのほうがよほど重要な事項のように思えた。
『了解しました。それではこちらのスクリーンをご覧ください。これはさきほどピットBが発見した生物の記録映像になります。対象の生物は二足歩行をしており、右手には槍のような道具を所持。頭部には保護用と思われる物体も装着しています。今のところ、はっきりとした言語を喋っている様子はありませんが、道具の使用や行動パターンから推測すると、一定以上の知能レベルを有しているものと思われます』
スクリーンに映りだされた映像。
そこに映っていたのは明らかに人間とは異なる生物だった。
全身が体毛におおわれ、手足は短く、
頭部は何か殻のようなものに隠されていたが、人間ではないとはっきりわかるほどの
大まかな身体的特徴のみで言うのなら、どこか見覚えがある野生動物というだけの話だろう。
すでに他にも地球種と思われる野生動物は発見済み。だが、その野生動物が二足歩行で移動し、槍のような道具まで所持しているとなると話は大きく変わってくる。
「ほう、こりゃすごいな……。この記録映像で一儲けできそうだ。史上初の地球外知的生命体ってことで大騒ぎになるぞ。体長はどれくらいになる?」
『観測結果では体長が108センチメートルとなっております』
「人間で言えば4、5歳ぐらいの背丈か? だが、あれだな。意外性がないというかなんというか。俺はもっとこう、俗っぽい宇宙人像をイメージしていたんだが。既視感があるというか、何かに似てるよな? 短い足でよたよたと歩く姿はペンギンに近いが、外見はちょっと大きなカワウソってところか……。どちらにせよ地球種のように見えるが?」
『外見上の特徴に類似点が多いことからみて、地球種である可能性は否めません。ただし、霊長類以外の動物が二足歩行できるまでに進化し、道具を使用できるだけの知能を持つに至るには、さまざまな要因が重なる必要があり、確率的にいえばかなり低いものかと。対象から体組織を採取し、ゲノム解析を試みれば多少判断が付くものと思われますが、いかがなされますか?』
体組織を採取と言っても、体毛一本あれば済む話だ。ただし、そのためには対象に接近する必要がある。
睡眠中に採取、それとも多少大胆な方法になるが麻酔性ガスを使ってみるか?
いや、駄目か。現在所持しているタイプは噴霧式だ。
屋内での制圧用に使用するものであって、屋外では効果のほどが知れている。
「難しいところだな。対象がどの程度の知能を持っていて、どれくらい凶暴性があるのかもわからん。あれ一匹なら何とでもなりそうだが、群集性がある生物だった場合どうなるかわからん。むやみに近づいて敵対行動だと捉えられてもな。まあ、見るからに能天気そうで危険はなさそうだが」
『ピットでしばらく観察を続けますか? 上空からある程度近づいても反応を見せないことから、ピットBはこの生物の認識外なのかと。ある程度行動パターンを把握すれば、危険度の判断目安にもなると思われます』
「そうだな。それが無難な選択だろう……。いや、やっぱり俺が行って、直接この生物と接触してみる。対話が可能なようなら、もしかしたらこの惑星の生物と友好的な関係を築けるかも知れん」
ウーラと話してる最中いきなり翻意したのは、自分がどこか弱気になっているような気がしたからだ。
安全に配慮することはもちろん大切だろう。しかし、レッドになると決めたとき、多少の危険など覚悟のうえだったはず。
死にかけたせいで知らず知らずのうちに俺は臆病風に吹かれているんじゃないか?
そんな疑念が心を掠める。もしかしたらそういった自嘲めいた想いが、自ら行動を起こすほうへ気持ちを傾けさせたのかも知れない。
『船長自らが動かれるのは危険かと。ドールに任せたほうがよろしいのでは?』
「危険なのは重々承知だ。だが、安全が確認されるまで俺にずっとウーラアテネ内に引きこもっていろと? それは半年か? それとも1年以上か? 仮に惑星全域を調査するとなれば、かなりの時間がかかるはずだ。それに実際に相手の懐に飛び込んでみなければわからないこともある。どこかで行動を起こさなければならないのならば、今でも同じことさ」
『わかりました。ならばせめてドールを同道させて下さい』
正しかろうが間違っていようが、善だろうが悪だろうが、最終的な判断は機械ではなく人間がしなければならない。
そういった考えから人工知能は判断権限を持たない。
もちろん基本的にモラルや人間の安全を優先するような思考回路にはなっているものの、それとて相反する命令が下されれば、命令のほうに従うようになっている。
俺自身の選択が正解かどうかもわからないような状況下で強く反対されれば反論のしようがなく、こういうとき人工知能があまり
「もちろんそうするさ。それに毎度毎度この俺が矢面に立とうって話でもない。今回に関してはこいつの周りに仲間らしき姿もないことだし、率先して俺が行くことに決めたってだけだ。その間、ウーラは調査範囲を広げて更なる情報収集にあたってくれ。けっこう簡単にこいつが見つかったんだ。他にも知的生命体が存在すると考えたほうが自然だろう」
『承知致しました。くれぐれもお気をつけ下さい』
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