道路で轢かれた動物達

ノリヲ

清掃センターの話し

 Aさんは68歳の男性、シルバー人材センターから市の清掃センターに派遣され、ゴミをピットと呼ばれる収集口へ投げ入れる仕事をしていた。シルバーさん達は危険な業務はしないが、当然汚物を扱ったり、臭いがきつかったり重いゴミも扱う。大抵の人は断る仕事だが、Aさんは今でも体力に自信があり、人が嫌がる事をする事で市民の役に立つ事が嬉しかった。まだ派遣されて半年余りだが大分仕事にも慣れ、社会との関わりや仲間とのコミュニケーションで充実した疲労を感じていた。

 ある日、始業前にロッカールームで着替えをしているAさんに係長が声を掛けて来た。

係「お疲れ様です。仕事はどうです?大変じゃありませんか?」

A「ああ係長。いやあ体力的には問題ないんですが、臭いには慣れませんねえ」

係「やっぱりねえ、あの臭いは私も未だに慣れませんよ」

A「そうですか」(係長は滅多に現場来ないじゃん)

係「でもAさんは頑張って真面目に仕事をしてくれていると主任から聞いてますよ、期待してますよ。」

A「恐縮です」

係「でね、もし仕事内容が大変でなければ、Aさんに一つ頼みたい事があるんですよ」

A「ええ、何でしょう」

係「簡単な事なんですが、主任には話してあるのでこの後説明させて下さい」

A「判りました」(なんだ初めから何かさせる為に話しかけてきたな、まあいいけど)

Aさんが着替え終わると係長は時事的な会話をしながら廊下を歩き、焼却炉の建屋にある一室にAさんを案内した。

係「さて、ここなんだけどね、供養室と呼ばれていて動物を供養するお地蔵様を安置してあるんだ」

係長は電灯のスイッチを点けながら手のひらで部屋の一角を示し、そこには質素だが手の込んだ細工で飾られた仏壇があり、中には木彫りのお地蔵様が祭られていた。お地蔵様はそうとう古い物なのだろう、所どころ欠けたり摩耗している様で輪郭がぼやけてしまっている。仏壇の前には仏具が並び、水が供えてあった。

A「動物を供養する?」

係「うんそうなんだ、簡単な事でね、勤務の前にここへ来てお供えの水を交換して欲しいんだ」

A「はあ・・・、しかし動物の供養とはどういうことでしょう?」

係「まあ疑問に思うよね。実はね、清掃センターは動物の死体も処理しているんですよ。Aさんも車の運転をするでしょ?時々道路に動物の死骸が落ちているのを見たことありません?」

A「ええ、車に轢かれたネコや鳥の死骸ですよねえ」

係「あれって誰が片付けているか知ってます?」

A「そういえば気にもしていませんでしたがそういう事ですか」

係「そう、道路で死んだ動物やペットの死骸なんかは管轄の清掃センターが回収してゴミと一緒に燃やすんだよ」

A「ゴミと一緒ですか⁉」

係「そっ、あまりいい気分じゃないけどね。動物は様々な菌を持っている可能性があるし、放置しておくと不衛生じゃない?だからセンターで処理する決まりなんだ。んでその動物達を供養するためにお地蔵様を祭って、年に一回、お寺の御住職にお経を挙げてもらっている訳。で、お願いしたいのはお供えの水を交換するだけ。簡単な事だけどあまり気分が良い事でもないじゃない?頼めないかなあ?」

A「まあ別に構いませんが、私の勤務は週四日で毎日の交換が出来ませんよ?」

係「ああいいのいいの、勤務の日だけでいいの。主任には話してあるから」

係長はそう言うと水道の場所を指示して「他は何もしないで良い」と言い、「お願いねえ」と手を振りながらそそくさと行ってしまった。恐らくこの場所に長く居たくないのだろう・・・。Aさんは道で轢かれた動物がゴミと一緒に燃やされている事に少しショックを受けた。そしてお地蔵様をきちんと安置している事と、「勤務の時だけでいい」と供養を簡単に済ましている事の軽さがアンバランスで少し心がモヤモヤした。

 それからAさんは勤務の日、毎回水の交換を行った。動物達の事を想って手を合わせ、「何もしなくて良い」と言われていたが性格上そんな訳にはいかず、時間があれば仏壇を磨いて仏具の手入れをし、心のモヤモヤを払拭した。そんなある日、出勤してロッカールームを出たAさんに、事務員の女の子が声を掛けて来た。

事「お早うございます、寒くなりましたね」

A「ああ、お早うございます」

事務員の女の子は、先月定年退職した年配の女性に代わり今月から配属された20代前半の若い子で、シルバーさんにもきちんと挨拶してくれる好感の持てる子だった。

事「あれ?Aさんはこのままピットへ行かないんですか?」

A「うん、作業前にお供えの水換えをね」

事「お供え?何ですかそれ」

どうやらこの子はお地蔵様については知らない様子だった。まだ配属されて日も浅く、色々と覚えている最中なのだろう、Aさんは説明がてら供養室へ事務さんを案内した。

事「そうなんですか、動物も燃やすんですね・・・」

A「ええ、恐らくそういった業務は我々の知らないところで正規職員がやってくれているんでしょう、私も知りませんでした」

Aさんが初めて事を知った時以上に事務さんはショックを受けている様子だった。話しを聞くと、小さい頃に犬を飼っていて、その犬が死んだ時はとても辛かった事を思い出したそうだ。

A(悪い事を思い出させてしまったなあ、落ち込んだりしなければ良いけど・・・)

 しかし、その後の事務さんは普段と変わらず仕事に励む日々を送っていた。変わったと言えば、Aさんが供養室へ行くと時々仏壇に花やお菓子がお供えされている事があった。

A(きっと事務さんだな、優しい子だなあ)

 数カ月経ったある日、Aさんは風邪を引いた。仕事を休むため事務所へ連絡をしたら電話に出たのは事務さんで、Aさんが休んでいる間、お供えの水を交換しておいてくれるとの事。Aさんは気を回してくれる事務さんに益々好感を持った。


 Aさんが仕事復帰した日、事は起きた。

出勤時にロッカールームから出てきたAさんに、主任が「話がある」と声を掛けて来て、そのまま会議室へ案内された。主任は女性ながら仕事が出来ると評判だがいつも表情は冷たく、シルバーさん達には挨拶もせず突き放す様な態度がありAさんは嫌いだった。会議室には課長も来ており、物々しい雰囲気がAさんを緊張させた。

課「Aさんすまんね、今ちょっと問題が起きていてね、少し話しを聞きたいんだ」

A「はあ・・・問題ですか・・・」

主「Aさん、事務さんが供養室に出入りしているのをご存じでしたか?」

三人だけの会議室に係長の声が響き渡る。

A「はい、知っていましたがそれが何か・・・」

主(溜息)「係長からは供養について話があった時に説明されたでしょ?」

主任の声は少し強みを増している。

A「何の事なのか、説明と言っても動物供養のために行う事と水道の場所ぐらいしか説明を聞いていませんが・・・」

課(溜息)「やっぱり・・・、主任、後は任せたよ」

課長はそう言うと会議室を出て行った。

A「すみません、私には事情が判りません。何かしてしまった様で恐縮ですがどんな問題があったのでしょうか?」

主「何も聞いていないならもう結構、事情を説明する義務もありません、このまま自宅で待機をして下さい」

A「えっ、いきなりそんな」

主(溜息)「こちらとしては派遣のAさんに納得をしてもらう必要はないんです、これは上長からの命令です、すみやかに自宅待機をして下さい、今後の事は人材センターを通じ追って伝えます」

主任は事務的な言葉と険しい表情でAさんを牽制し、目線を合わせる事なく会議室を出て行こうとしている。

A「待ちなさい‼」

Aさんの強い口調には目上の者に対する無礼な物言い、そして普段シルバーさん達を雑に扱う主任に対する恨みがこもっていた。主任は不意な大声に一瞬動きが止まり、ゆっくりとAさんの方を振り返った。

A「私は責任を負うことが出来ない立場なのは重々・・・、でも主任がお怒りの様子を見ると重大な事が起きているんですよね?当事者として知っておく事も責任の一端を担うことになると思います、是非仰って下さい」

Aさんはあくまでも丁寧な口調は崩さず、厳しい表情で怒りを表現した。

主「あっっ、そっ、そうですよね・・・」

主任はさっきまでの強気な態度ではなく、少し怯えてしまっている。Aさんは申し訳ないと思いながらも事情を乞う。

主「じゃ、この後お寺のご住職が来ます。その時に一緒に・・・」

A(ご住職?一体何が起きているんだ?)

主任は少し腰をかがめ鶏の様に頭を上下させている。もはやいつもの冷静な主任はい

ない。

主「それじゃあこのままここで待っててもらってもいいですか?」

そう言うと主任はそそくさと会議室を出て行った。

 暫くして、課長、寺の住職、係長、主任、そして事務さんが会議室へ入ってきた、皆表情は暗い。皆が各々席に着くと課長が演台の前に立った。

課「Aさん、事務さん、今回の事をきちんと話しておらず申し訳なかった、お詫びします。」

係長も一緒に頭を下げた。

事「あのっ、私は何をしてしまったんですか?」

どうやら事務さんもまだ事情が判っていない様子だった。係長は項垂れ、住職は黙って腕組みをして目を閉じている。

課「今から事の経緯を説明します・・・、ただ、非常にショッキングな内容なんです・・・。事務さん、我々には今後の事をご住職も交えてしっかり話し合う用意がることを忘れないで下さい」

事「やだ、何・・・」

課「Aさん、あなたも当事者として話を聞くとの事ですが本当によろしいですね?我々としては事の外側に居てもらいたかったのですが・・・」

A「お願いします」

課「判りました、まあ当然でしょう・・・。では本題に移ります、今回なにが問題になっているのか・・・、それは事務さんが供養室へ出入りしていた事に問題がありました、なぜなら・・・、あの供養室は祟られているんですよ・・・」

A、 事務「!?えっ?」

課長はAさんや事務さんが何かを言おうとしているのを遮る様に話を続ける、

課「私が言っている事はにわかに信じられないでしょう、急に突拍子の無い話しをしていますからね・・・、が、これは本当の話しなのです」

一旦間を開けた後、課長は話を続けた。

課「今から順を追って過去にここで起きたある事件をお話しします、そしてその後の経緯、なぜ供養室があるのか・・・、信じられないままで結構ですから最後まで聞いて下さい・・・。今から4・50年ほど前、日本は高度成長期でした・・・。人口が増え、経済活動がより活発になり新しい道路が各地に出来ると、それに伴い車に轢かれた動物達が清掃センターに沢山持ち込まれる様になりました。また、人々の生活が豊かになるとペットを飼う余裕がある家庭が増え、死んだペットも持ち込まれる事が増えました、そのせいか清掃センターの職員達から変な噂が立ちました、動物の霊が出ると・・・。始めは噂程度で面白がる職員もいました、しかし、犬の当吠えを複数の職員が聞いたり、廊下で蛇がとぐろを巻いているのを見たと言う職員が次々と現れ、さらには奇妙な事故が起き始めました。誰も乗っていない車が動いて職員が轢かれ大ケガをしたり、回収した紙の束が急に燃えて火事になったり・・・、次第に奇妙な事故は回数が増え、それに伴うケガや事故も増えて行きました。場内は動物の祟りだと騒ぎが大きくなり業務に支障が出たり、辞めていく者も出てきてしまいました。事態を知った市は事を収めるために動物の供養碑を清掃センターの敷地内に建てました。そして、可哀そうな動物達を想った心優しい女性職員が供養碑に毎日手を合わせる様になりました」

事務さんが顔を挙げた。

課「そう、事務さんと同じです・・・。しかし、形ばかりの供養碑では効果が無く、事態が解決しないまま月日は流れて行きました。そしてその女性職員は結婚し、妊娠、出産をしたのですが、生れてきた赤ん坊が・・・、犬の様だったんです」

事「ひっ!」。

課「当時、今と違ってまだエコーで胎児の様子を検査する時代ではありませんでしたから、出産まで様子が判らなかったのでしょう・・・、後からご家族に聞いた話しだとその赤ん坊は死産だったそうですが、口は尖り犬歯が生え、耳が垂れ下がり、尻尾があったそうです・・・。女性職員はショックでそのまま退職をして行きました」

事務さんは泣きそうな顔をしている。

課「女性は清掃センターで起きている動物の祟りのせいだと泣き続け食事も摂れない日々を送っていたそうで、困った家族はこちらのお寺に相談したそうです」

そうして課長は住職の方を向いた。

住「ここからは私が話そう。当時はまだ先代のオヤジが住職をしていてな、オヤジは職業柄、霊とか妖怪に興味があって古い文献を集めたり、地方の老人に話しを聞きにいったりしていて、それを知った家族が相談に来たらしいんだわ。オヤジは少し霊を感じる事が出来てな、清掃場の供養碑を見に行って、てこれじゃあダメだと思ったらしいんだわ。碑は有っても儀式が出来ていないから、逆に動物の霊を集めて力が強まってしまうんじゃないかって。理不尽に死んだ動物ってえのは生への執着があってな、特に車に轢かれて一瞬で死んでしまうと自分が死んだと認識出来ていないから体を欲しがるんだそうだ。そしてな、女ってえのは子を産むだろ?新しい命を作り出す事が出来る力があるんだ、生命エネルギーってえのかなあ、そおゆうのが強いんだってさ。そんで件の女性職員が頻繁に供養碑を訪れて霊を引き寄せてしまい腹の子にって事じゃないかって・・・。ただね、動物霊が一体では大した力は無いそうだから普段はあまり気にする必要は無いそうだ、自然界では動物の死骸が大量に集まるなんて事は起こらないからね。でもここは違う、日々死骸が回収され大量の霊が供養碑に集い強い力を持ったんだろうねえ」

課「そして先代住職の指示で、成仏を促すお地蔵様を用意して霊の力を弱め、近づく者を限定し易い様に部屋を設えて男性職員が秘密裏に日々の世話をし、年に一回お経を挙げてもらう様にし、今も後を継いだご住職に引き続きお願いをしていたんです」

事務さんは真っ青な顔をしてガクガクと震えている、し方がない事だ。Aさんも知らなかったとは言え自分で「責任の一旦を担う」と言ってしまったがため、やり場のない感情に苛まれていた。すると、事務さんが嗚咽をし始めた。すぐさま主任がハンカチを取り出し事務さんの口元へ当てると、連れ添いながら退室していった。

係「Aさん、決まりを説明せず済みませんでした。私はにわかにこの話が信じられず、形だけで済ませば良いと思って軽率に仕事を振ってしまって・・・」

課「当事者意識が備わっていない係長は供養を面倒だと考え、軽い気持ちでAさんにお願いしてしまいました。事情を知らなかったAさんに責任はありません。ただ、この事は部外秘になっていて、事を知ってしまった以上残念ですがこのまま仕事を続けて頂く訳にはいかなくなりました。」

係「済みません」

課長と係長は深く頭を下げた、要するにクビだ。ただ派遣のAさんにとってクビはそれほど重要ではなかった、今重要なのは事務さんの事だ。

A「ご住職、今の話は本当なんですか?」

住「ああ本当だよ、信じられないだろうけどね。件の女性職員は家族に連れられて何度も寺に来ていて、修行中だった俺もオヤジと一緒に経をあげたよ」

Aさんは冷や汗を掻きながら縋る思いで聞いた。

A「その後、その女性職員さんは・・・」

住「その後、もう一度妊娠したんだけどやはりダメだったよ・・・。オヤジが言うには大量の霊が妊娠を順番待ちしている状態じゃないかって、何回妊娠してももうまともな子供は産めないだろうって・・・。女性は自ら命を絶ったよ・・・」

A「お祓いは出来なかったんですか!」

住「動物霊の力は相当強くてな・・・、それに坊主ってえのは仏に仕える身であり霊媒師じゃないんだ、だから祟りを沈めたりってえのは本来やらないんだ。ここの事も古式に則ってお地蔵様を置いてお経をあげたら何も起こらなくなったもんで続けているだけなんだわ」

A「じゃあ霊媒師を探せば!」

住「本物がいりゃあな、オヤジは何人か自称霊媒師と会ったことが有るけど本物は見たことがないんだと、だからここの事を坊主のオヤジが引き受けたんだ」

A「そんな・・・、事務さんは⁉あの子は大丈夫なんですよね!」

住「判らん・・・、あのお地蔵様が霊をどれだけ成仏させているのかも判らんし」

A「でも、何も起こらなくなったなら効果は有るんじゃ」

住「それは実際にあの子が身ごもってみないと何とも・・・」

住職は視線を下に落とした。

住「子供を産むとなるとクジを引くとは訳が違う、どうなるか判らんがとりあえずって訳にはいかんからなあ・・・、覚悟はして貰うよ」

A「ああ・・・」

もうAさんには住職達の声は届いていない。鳥肌が立ち頭の血が引きながら取り返しのつかないどす黒い絶望のなか立ちすくむだけだった。


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