ハルカを巡るサイコメトリーサスペンス

世上石亥

第1話 渋谷にて

浅倉みつるが米澤遥に声をかけたのが、ここ、渋谷センター街の入口だった。いわゆるナンパである。米澤遥は最初に警戒心を抱いたそうだが、その日は待ち合わせた友人と連絡が取れておらず、1時間以上の待ちぼうけをくらっていたことで友人と連絡が取れるまでという条件で飲み屋に付いていったという。その後に友人からキャンセルの連絡があり、怒りの感情と酒の勢いから浅倉みつると朝までを共にして、連絡先を交換して家に帰った。それが米澤遥の証言の内容だった。この日以降も何度か逢瀬を重ねたとのことだが、浅倉みつるの異常性には気が付かなかったとある。


しかしサツキは、この渋谷センター街が出発地点なのではないかと感じていた。この日以前は浅倉みつるの異常性が確認されておらず、そして米澤遥が待ち合わせたという友人からも裏が取れていなかったというのが理由だ。「そんなことあったかな」が友人の証言で、携帯のログからも証拠が出てこなかった。米澤遥のほうは怒りで消したと言い、友人の方は携帯が壊れて買い直したためログが残っていないと言う。


その程度の材料でしか無いが、浅倉みつるはただの実行犯で、裏に彼を唆した、もしくは彼を壊した人物がいるのではないか、そして米澤遥もそれに関与しているのではないかというのがサツキの立てた仮説だった。


サツキはある人物の依頼で浅倉みつるが起こした事件「三山山荘殺人事件」の調査を行なっていた。12年前の事件であり、当の浅倉みつるが既に死亡していることから、現在では週刊誌やインターネットで思い出したように触れられる程度で、大半の人からは忘れ去られている事件だった。しかし、浅倉みつるが警官を襲って射殺されたことで始まったこの事件は、その服に付いていた彼以外の大量の血から他の事件が想起され、警察が迂闊にその情報を漏らしたことで各メディアが様々な憶測と共に過熱報道をし、三山山荘という山奥の廃墟で身元不明の6人の女性の死体が発見された後に浅倉みつるの関与が発覚したところで当時の世論の中心となった事件だった。


サツキの手の中にはこの事件の捜査資料の入ったスマートフォンがあった。こんなモノが出回るはずがないのだが、依頼人が何故か所持しており、スマートフォンごとサツキに渡してきたのだった。他にも電子マネーがチャージされており、経費はそこから使って良いとのこと、捜査資料についてはそのスマートフォン以外で見ることができない設定となっているということ、位置情報が常に依頼人側で確認できるようになっているため、不要な時は電源を切ってもらって良いが調査中の時は常に電源を入れておいて欲しいということを指示された。依頼人の目的については質問不可とされた。依頼は要約すると「米澤遥と一緒に三山山荘に行って欲しい」だった。


「さてと。」


まずは米澤遥を探さなければならない。実は現在の彼女は行方不明であり、彼女の両親が捜索願いを出している。殺人犯との逢瀬が週刊誌に露見してしまい、インターネット上で特定されてしまった彼女は、社会的に殺されてしまって表舞台から逃げ出したか、人知れず死んでしまっているかのどちらかだろうと囁かれていた。何れにせよ現在には手掛かりが無いため、過去から彼女の足跡を追っていかなければならなかった。


「やろうかな。」


渋谷センター街の入口でサツキは目を瞑る。浅倉みつるが米澤遥に声をかけているシーンを強く思い浮かべ、そして目を開くとそこには半透明の浅倉みつるがいて、これまた半透明の米澤遥に声をかけている様子が目に入ってきた。そして二人はセンター街に入っていく。サツキはそれを追いかけた。半透明の二人はセンター街の中頃で立ち止まり、少しの問答をしたあと目の前のラーメン屋のガラスに突っ込んで行った。捜査資料によると立ち飲み屋に入ったとあるので、12年で店が変わり入口も変わってしまったということなのだろう。中でラーメンをススる客の横で二人が立ったまま話をしている。立ち飲み屋にしたのはすぐに友人が来ると思っていたからと米澤遥が証言していた。


サツキはこの能力を「過去視」と呼んでいた。現地に行く必要があり、かつその時の詳細を知らないと発現しないのだが、一度発現すると知らない情報も手に入るという不思議な能力だった。ただ、それが本当に正確に過去に起こったことなのか判断できないという欠陥があり、便利だが万能なものではなかった。例えばそこに視えている米澤遥は茶色のロングコートを着ているが、そのことは事件の捜査資料には載っていないため、サツキの過去視が勝手に生成した情報ということになる。サツキは過去視について実験をしたことがあり、過去視ですべての過去が正確に再生されるわけではないことを知っていた。つまり、過去の米澤遥が実際にそのロングコートを着ていたのかはわからないのである。音は聴こえない。ただ視えるだけであった。


一時間ほどして二人がガラスをすり抜けてラーメン屋から出てきた。途中で携帯を見て怒ってる姿があったので、それが友人からのキャンセルの連絡なのだろう。待ちぼうけをくらって怒っているなら電話で直接文句を言うのが普通な気もするが。


次いで二人は宮益坂にあるおしゃれな飲み屋に入っていった。ここは12年前から存続しているらしく、資料と看板の店の名前が一致していた。サツキも続いて入店する。


ビールを注文して、都合よく空いていた過去視の二人の座るテーブルに向かい、浅倉みつるの横に座って正面の米澤遥を観察した。普通の大学生、それが米澤遥の印象であり、とても人を騙す悪意や妖艶さは感じない。人は見かけに依らないとはよく言うが、内面を隠し切れるほど人の外面というのは都合よくできていないことをサツキは知っていた。いや、彼女の境遇がそれを学ばせたと言うべきだろう。サツキは米澤遥に冷酷さや腹黒さを感じなかった。


二人は徐々に酔い始め、徐々に親密になり始めた。浅倉みつるが米澤遥の手を握り、米澤遥も握り返す。二人の目線が交差する頻度が増えて、二人は店を出た。そしてそのまま道玄坂方面に向けて手を繋いで歩き出した。途中で立ち止まって建物の陰で唇を重ねる。その度に米澤遥の顔が光悦となり、期待感に溢れた表情をする。やはり普通の若い女の子だなとサツキは思った。妖艶さか狂気がなければ人は操れない、ましてや殺人を起こさせるほど理性を壊すにはどれだけの力が必要か。


そのうち二人は道玄坂に着き、路地裏のホテルに入っていった。捜査資料と違う所在のホテルだったためサツキは何かしらの手掛かりを期待したが、すぐに二人が出てきて落胆した。満室だったのだろう。次に二人が立ち止まったホテルは資料通りの所在地で資料通りに入っていった。二人が密着していたのは資料にない情報だった。サツキは二人に続いてホテルに入り、部屋を選んでいる二人を置いて一直線に捜査資料に書いてあった部屋に向かった。そして鍵を開けて部屋に入り、二人が来るのを待った。センター街に行く前に宿泊でその部屋を取っておいたのだった。


ドアをすり抜けて入ってきた二人は、すぐに抱き合って濃厚なキスをし始めた。そしてキスをしながらお互いの服を脱がしあった。浅倉みつるは黒のダウンのコートを脱がされ、米澤遥は茶色のロングコートを脱がされた。そうして一枚一枚脱がしていき、先に浅倉みつるの上半身が顕となって、次いで米澤遥が下着姿となった。そこで浅倉みつるが米澤遥をベッドに押し倒し、首筋を舐めるようにキスをしながら米澤遥の背中に手を回してブラジャーを外した。米澤遥は恥ずかしいのか乳房を隠すように浅倉みつるの背中に手を回して抱きつき、キスを要求するように惚けた上目使いで浅倉みつるを見つめた。浅倉みつるは手で乳房を弄りながら米澤遥の唇に唇を重ねて舌を絡ませて濃厚なキスをする。喘ぎ声が聞こえてきそうなほど光悦な表情を米澤遥はしていた。やがて浅倉みつるの手が米澤遥の足の付け根に伸びる。米澤遥の体がビクッと反応する。これはもう普通の性行為だった。


「これは白かな。」


サツキは米澤遥が本心から性行為を楽しもうとしていると見て取った。そこに裏の意図は無さそうだった。


「うーん、無駄足だったかな。」


そう言って米澤遥に重なるようにベッドに仰向けに寝転ぶと、浅倉みつるが上から覆いかぶさってきた。こちらも普通の性行為を楽しんでいるようで、首を絞めるだとか狂気が見え隠れする様子はなかった。この男が人を殺せるようには見えない。サツキは目を瞑ってこの男に起こった何かに考えを巡らせると、途方もない闇に吸い込まれる感覚に陥って少しの身震いをした。


しばらくぼんやりしていると、浅倉みつるが胸に倒れ込んできた。どうやら射精したらしい。少しの後に起き上がってベッドから降り、シャワーを浴びに風呂場に入っていった。米澤遥はまだベッドにいる。「寝ようかな」と考えていたサツキだが、ふと視線を感じて横を向くと、米澤遥が真横から感情のない目でこちらを見ていた。サツキは言い様のない不安を感じてゆっくりと米澤遥から離れた。しかし米澤遥は目線で追ってくる。


「見えてる?」


思わず独りごちたサツキだったが、冷静に考えれば見えてるはずがない。しかし目線でははっきりと捉えられている。しかも表情が今までと全く違う、狂気に溢れた目をしていた。


「これはまずいか。」


サツキは頭をフル回転させてどうするか考えた。一番可能性が高いのは過去視の暴走だろう。これまでに何百回も使ってきた能力で一度もこんなことは起こらなかったが、過去の事象を正確には捉えない以上、こういうエラーが起こっても不思議ではない。


しかし、もう一つの可能性、本当に米澤遥がこちらを見ているとなると、米澤遥にサツキと同じような能力があると推測できる。それは事件の調査を進める上で確認しておかなければならないことだった。いま過去視を止めるわけにはいかない。


「(どうする?)」


サツキはまず浅倉みつるを調べた。浅倉みつるまでもこちらを見てくる仕草をするようなら過去視の暴走と結論付ける、そう決めて米澤遥から目を離さないように後ろ足で風呂場に向かった。米澤遥から目を離すのは怖かったが、風呂場のドアを開けて中を確認する。浅倉みつるはシャワーを浴びており、その様子に不穏な感じは無い。


そして再度ベッドに目を向けると、米澤遥が目の前にいてジィーとサツキの目を見ていた。


「ワッ!」


サツキの口から思わず驚きの声が漏れる。そして次の瞬間に米澤遥が右手でサツキを殴りつけてきた。その拳はサツキに届かず手前で止まり、サツキと米澤遥の間の空間にヒビを入れた。もう一度米澤遥が殴りつけると空間が砕け散り、サツキの目の前から過去視の米澤遥が消えてただの静かなラブホテルの一室となっていた。風呂場にいた浅倉みつるも同様に消えていた。

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