第65話 そこに行けない


 ウルスラがいなくなってからルーファスはウルスラを探す事を主に、街や村への調査も兼ねて動いていた。


 今はもう呪いは全て無くなったのか、視界も良好であり、言葉も普通に話せる。

 フューリズが言っていた、自分本意な考えになるような性格も多分無くなっているとは思うが、こればかりはなかなか分からない。だから常に冷静でいられるようにも心掛けた。

 

 ウルスラに呪いを解いてくれたお礼も言わなければいけないし、何より会って謝りたい。どれだけ罵られようとも構わない。とにかく会って話したいのだ。


 それは自分のエゴかも知れない。ウルスラはもう、自分の事等呆れて見限ってしまったのかも知れない。

 それでも会いたいと願ってしまう。そしてその想いは日に日に強くなっていく。


 けれど、森に行ける空間の歪みを見つける事は未だ出来ず、ルーファスは気持ちばかりが焦っていくのだった。


 あんな体でどうやっていられるのか。


 一人で大丈夫なのか。


 食事は摂れているのか。


 寂しくはないのか……


 辛い目にあっても、悲しくても泣くことさえ出来なかったウルスラを想うと、自分が迂闊に言ってしまった言葉に苛立ち、自責の念に駆られてしまう。

 なぜブルクハルトの葬送の時に、あんな事を言ってしまったのか。



「父親が亡くなったというのに、お前は泣かないのだな。唯一の肉親だったろうに、やはりお前は薄情なのだな」



 それはフューリズの性格を考えて言った言葉で、ウルスラに言った訳ではなかった。けれど、そう言ってしまった自分が浅はかで短絡的で、情けなくも思えてくる。

 真実を知ってから、ルーファスはずっとそんなふうに自分を責め続けるしか出来なかった。


 そしてフューリズの事も忘れてはいけないとも思っていて、街や村へ赴く際には住人達に変化はないか、操られていないかを注意深く見るようにしている。

 フューリズの事はナギラスとリシャルトにも任せているが、ルーファスも積極的に探すようには心がけていた。


 しかし思うようにはいかず、ウルスラもフューリズも見つける事が出来ない日々が続いていた。


 王城へは時々報告のみに帰るだけで、旅をしているような感じで、街や村の宿に泊まったり、時には野宿をしたりもしていた。


 そんなある日、夢を見た。


 森の一角で結界を張り、テントで眠っていた時だった。


 それは、ウルスラがあの森にいて生活をしている夢だった。

 

 目の前にウルスラはいる。けれど、何かに阻まれているような感じで、映像が流れているような状態で見えていて、その場所に行くことは出来なかった。


 

「ウルスラ……? ウルスラ!」



 名前を呼んでもその声に反応する事はなく、誰もいないようにウルスラは振る舞っている。


 ルーファス初めて、髪が白く瞳が空色になった状態のウルスラを見た。その姿は神秘的で、人とは思えないような程に儚く美しく、何度も触れようと手を伸ばすけれど、それは阻まれてしまって叶うことはなく、もどかしさに駆られた状態でいるしかできなかった。


 それでもウルスラを見ている時は幸せで嬉しくて、ひとときも目を離さずにルーファスはウルスラの様子を眺め続けた。


 ウルスラは外にあった切り株に座って、傍に置いてあった薬草の花を持ち上げて胸に抱き、優しく語りかけているところだった。

 そう言えばオリビアが、ウルスラはその花の言っている事も分かるようだと言っていて、時々会話していると話していた事を思い出した。



『ふふ……そうなの? そんなに朝は起きないの? じゃあ朝起こすのに、オリビアはいつも大変だったんだね』


「えっ?」



 ウルスラの言葉に、思わずルーファスは反応してしまう。その声は届かないのだが。



『そうだね。うん、夜はぐっすり眠ってた。一度だけね? 一緒に眠った事があったんだけどね? その時もね、全然起きなかったの。きっと眠りが深いんだね』


「私の事、か……?」


『眠ってる時に顔を撫でても、ちょっとつねってもね、まったく気づかないの。でも寝顔がね、凄く可愛かったの』


「そんな事……してたのか……」


『ルー、元気かなぁ……? 元気だといいなぁ……』


「私はウルスラのお蔭で元気だよ。私よりウルスラの方が大変じゃないのか? そんなに痩せて、ちゃんと食べれてないんじゃないのか?」


『幸せ、かなぁ……そうだと良いのに……』


「私の事より……もっと自分の事を労ってくれないか……頼むから……ウルスラ……」



 ウルスラが悲しそうな顔をして、それから目をギュッて瞑って上を見た。それは涙を流さないようにしているんだろうと見てとれた。

 

 傍に行って抱きしめたくて、何度も阻まれているモノをドンドンと手で叩きつけるけれどそれは何の効果もなく、これが罰だとでも言うように、ただルーファスはウルスラを離れて見ているしか出来なかった。


 それでも、ウルスラの姿を見られる事は嬉しかった。


 陽が優しく降り注ぐ森の中で、辺りには薬草の花が沢山生えていた。

 薬学者のキュオスティが見たら、きっと興奮するだろう光景がそこには広がっていたのだ。


 やはり、あの花はウルスラがいたから育ったのだと確信した。普通の薬草が突然変異を起こし、ハウマという希少種になるとキュオスティは言っていて、それが花を咲かすのは幻だとも言っていたのを思い出す。


 それはウルスラの力だったのだろう。


 そしてウルスラは、優しく美しい声で歌を紡ぎ出す。

 それはルーファスが教えた歌だった。


 その歌を聴いているのか、花達は風に揺られるようにゆっくりと左右に揺れている。それが何とも心地良さそうに見えたのだ。

 そうしていると花は淡く光りだし、優しく辺りを照らしていく。その光景は幻想的で、本当にこの世にある風景なのかと思える程に、ただの森の中だけれど凄く美しく見えたのだ。


 

「ルーファス殿下……ルーファス殿下、おはようございます。朝食が出来ました」


「え? ……あぁ……分かった……」



 気づくとそこはテントの中で、従者がルーファスを起こしにきていた。ここですぐに起きないと、また朝起こすのが大変だと思われるなと考え、すぐに体を起こした。


 今見た夢を忘れないように、何度も何度も思い出しウルスラの姿を記憶に刻む。

 ウルスラは白い髪がお婆さんの様だと気にしていたとオリビアが言っていた。

 髪や瞳の色がどうであっても、もし本当に老化してしまっていても、ウルスラを想う気持ちに変わりはない。しかもそれは自分が力を奪ってしまったからで、その事にも申し訳なく思っていた。


 夢で見たのは、きっと今のウルスラの状況なのだろう。あの森であの小屋で、ウルスラは一人で過ごしていた。

 

 様子を見られた事は良かった事だ。しかし、手が届かない事が歯痒くてもどかしかった。


 その日から、ルーファスはウルスラの夢を時々見るようになった。それは森で野宿をした時だったり、すぐ側に森がある村だったりして、森が近くにない場所では夢を見ることは叶わなかった。


 夢の中のウルスラは花や動物達と仲良く楽しそうに話してはいるが、いつもどこか寂しそうに見えた。


 その顔を見る度に、ルーファスの心は酷く痛んだ。


 そして時々、コップの鉢植えの薬草の花に、ルーファスの事を確認するように聞いている。

 その時、ウルスラはいつもとても幸せそうに微笑んでいて、それを見る度にルーファスの心臓は酷く脈打った。


 自分を想ってくれているであろうその表情が、その姿が可愛くて愛しくて、この腕で抱きしめたくて仕方なくなってくる。

 

 そして、時々ルーファスに語りかけるようにも言葉を投げ掛けている。


 今日もそんな夢を見た。


 夜、ベッドに座り、小さな窓から見える星を眺めて、ウルスラは一人話し出す。



『ルー、今日ね、近くに住む鹿にね、子供が産まれたの。ちっちゃいのにね、産まれてすぐに立ったんだよ? すごいよね?』


「そうだな。すごいな」



 ルーファスは聞こえていないだろうウルスラに答えるように優しく返事をする。



『私は……産んであげられなかったけど……お腹にルーの赤ちゃんがいた時ね? 凄く幸せだったの』


「そう、か……」


『ごめんね……守れなくて……』


「ウルスラが悪い訳じゃない! 私が悪いんだ! すまなかった、ウルスラ……!」


『ルー……会いたい……ルーに会いたい……』


「ウルスラ……私も……会いたい……会って謝りたい……抱きしめたい……!」


『ルー……寂しいよ……一人はやっぱり嫌だよ……ルーに会いたいよ……会いたい……』


「ウルスラ! 私はここにいる! ウルスラ! 気づいて欲しい! 頼むっ!」



 阻まれているモノを何度もドンドンと叩くけれど、やっぱりそれは効果はなく、虚しい気持ちだけが残ってしまう。

 ウルスラからは今まで一度も弱音を聞いた事がなかった。

 いつも笑顔でいようとする姿ばかりで、こんなふうに今にも泣き出しそうに何かを訴える姿を見たのは初めてだった。


 泣かないように、涙が出ないように、目に両手を握ってグリグリしている姿が痛々しくも見えてくる。そうやっていつも涙を堪えていたのかと、そう思うとルーファスは切なくなってくる。


 

「ウルスラ、必ず見つけだすから……! 待っていて欲しい! 必ずウルスラの元へ行く!」



 聞こえる訳もないウルスラに向かって、ルーファスはそう約束する。


 それしか出来なかった。


 夢の中でウルスラにそう言う事しか、ルーファスには出来なかったのだった。




 

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